David Cameron首相

2010年5月初めの総選挙の結果、英国で誕生したDavid Cameron首相率いる新内閣は、Becta(英国教育工学事業団)を年内に廃止する計画を発表した。内閣が進めている"事業仕分け"のターゲットとなった格好だ。Bectaは教育におけるICT推進のための機関としてデジタルデバイド縮小プログラムなどを展開してきたことから、廃止については反対意見が多く聞かれる。旧政権との違いを印象付けたい新政権だが、少なくともBecta廃止については逆効果となりそうだ。

Becta(British Educational Communications and Technology Agency)は、学校など教育機関におけるICT活用支援を目的に、児童、学校および家庭省の下に1998年に設立された。教育におけるICTの重要性を認め、eラーニングをはじめICTの効果的な利用について学校にアドバイスをしたり、各種プログラムを展開するほか、教育機関のICT調達に関するフレームワークも提供してきた。

Cameron内閣は発足後、財政赤字削減を最優先課題に掲げ、2010年から2011年までの間に約62億ポンド(約8184億円)の歳出削減を目標にすることを明らかにしている。Bectaは旧政権下でもコスト削減を課せられており、新政権でも何らかの縮小が予想されていた。しかし、廃止という決断は、Bectaおよび学校関係者にとってショックとなったようだ。

反対派はコスト削減を理由にBectaを閉鎖するという新政権の判断を「短絡的」と見る。

政府案はBectaの年間運用コストを6,500万ポンド(約85億7,423万円)とし、Bectaを廃止することで8,000万ポンド(約105億5,000万円)を削減できると見積もる。Bectaは240人のスタッフを抱えており、初年度だけでも1,000万ポンド(約13億1,911万円)を削減できるとしている。

だが反対派は、Becta閉鎖によるコスト削減よりも、Bectaを失うことによりコストが増加すると指摘する。Bectaによると、Bectaの調達フレームワークがもたらす節約は年間2億5,000万ポンド(約329億円)、これは自分たちの運営コストを上回っているという。たとえば2002年、Bectaは約15億ポンド(約1,978億円)分のICT調達をアレンジしたが、これにより教育機関が節約できたコストは総額2億2,300万ポンド(約294億円)にのぼるという。IT情報サイト、THINQによると、ある高等教育機関はPCの買い替えにあたり、Bectaのフレームワークを利用して3校で共同調達することで、総額約12万ポンド(約,1582億円)を削減できたとのことだ。そういったことからも、元Becta関係者によると、実際のところBecta廃止によるコスト削減は2,000万ポンド(約26億3,822万円)程度にとどまるのではないか、という。

Bectaは数字では図れない効果ももたらしていたようだ。Bectaが政府機関として学校とICTベンダの間に存在することにより、学校はICTについて第三者の視点と専門知識や意見を得られ、単独の判断や交渉力に頼ることなく調達できた。オープンソースなどの最新技術の受け入れが遅いなどの指摘はあったが、Bectaはコンピュータスキルのない教師向けのプログラム、教師間の情報交換、学校が自分たちのICT利用を評価できるプログラムなどを展開しており、その役割を果たしているという点では一定の評価があったようだ。Bectaがなくなると、学校単独の力に依存することになり、各校のICTに格差が生じるかもしれない。

格差は別のところでも指摘されている。デジタルデバイドだ。BectaはICTにアクセスできない貧しい子供たちが取り残されるデジタルデバイド問題の解消を目指し、「Home Access」というプログラムを持つ。家庭にコンピュータがある場合とない場合の成績の差に着目し、ICTにアクセスできない低所得層の子供たち20万人にノートPCとブロードバンドアクセスを提供するというものだ。地区を限定してのパイロットから、やっと全国展開を始めようとしていた段階だった。政府は2011年3月まで、読み書き支援ソフトウェアなどを含む学習ソリューション「Assistive Technology」を継続するとしているが、「貧困層を保護する」というCameron首相の発言と矛盾するとの指摘もある(ちなみに、Cameron首相の出身校でもある名門Eton College(イートンカレッジ)は、入学前にノートPCを揃えるよう保護者に指示しているとのことだ)。

Cameron政権が進める"事業仕分け"ではこのほか、Tim Berners-Lee氏らが率いるセマンティックWebの研究プロジェクト、Institute of Web Scienceも廃止計画が発表されている。

毎年1月に英ロンドンで開かれる教育とICTのイベント「BETT」。教育に活用できないかと教師やベンダが集う(写真は2006年のBETTにて)