米国政府のシステムに不正侵入した英国人ハッカーが、祖国で裁かれることを求めて長い戦いを続けている。インターネットにより、犯罪も国境を越えるようになった。祖国で裁くべきか、不正侵入された国が裁くべきか?

Gary McKinnon氏(43歳)は、UFOの存在を信じているという自身の発言から、"NASAハッカー"とも呼ばれている。McKinnon氏は自身をコンピュータオタクと称しており、アスペルガー症候群と診断されている。

McKinnon氏は、2001年から約2年の間、繰り返しハッキングを行った。対象は、米国防省、米軍、米航空宇宙局(NASA)など、いずれも米国政府のもので、超機密とされるシステムだ。その数も半端ではない。16台のNASAのコンピュータや90台以上の米軍のコンピュータなどに侵入したといわれている。サイバー空間では"Solo"というニックネームを使っていたMcKinnon氏、次第にハッキングに夢中(本人は「中毒状態」と語っている)になり、昼夜問わずコンピュータに向かって大西洋の向こう側のシステムに侵入していた。米国政府がこれに気がつかないはずはなかった。

2002年、英国警察はMcKinnon氏をコンピュータ不正利用の容疑で、ロンドンで逮捕した。だが、英国検察はMcKinnon氏をその後釈放、今度は米国側がMcKinnon氏を起訴し、身柄の引渡しを求める。米国側は、McKinnon氏の不正侵入行為により米軍のコンピュータ2,000台に障害を来たすなど、70万ドルの損害を与えたと主張している。米国政府はMcKinnon氏を「史上最悪」のシステム侵入者と呼んでおり、米国で裁かれると、最悪の場合、70年の禁固刑と200万ドルの罰金が課されるといわれている。

このような米国政府の主張に対し、McKinnon氏は不正侵入行為を認めつつも、テロ行為ではなく、米国政府が握っていると確信しているUFOに関する情報を探していたこと、実損害は米国政府の主張ほど大きくないことなどを主張している。

McKinnon氏は米国に渡って裁きを受けることを拒否するが、2006年、英国政府はMcKinnon氏の身柄引き渡しを認める見解を下した。McKinnon氏はこれを不服として、高等法院に控訴したが、むなしくも却下された。2007年、上院が控訴を認める。2008年に聴聞会が開かれたが、結局はここでも引渡しは可能という見解が下された。McKinnon氏は次に欧州人権裁判所に助けを求めるが、ここでも訴えは却下された。

2008年10月、当時内務大臣を務めていたJacqui Smith氏は、McKinnon氏が申し出た引渡しへの抗議を却下、2009年2月には、英国で告発をというMcKinnon氏の要求を控訴局が退けた。だが、その直後、内務大臣の決断についてレビューを求める要求が受け入れられ、6月にレビューを行うことになる。持ち札が尽きかけた矢先のニュースに、当時McKinnon氏は母親や弁護士とともに、喜びの記者会見を開いている。

そして、6月9日と10日、予定通りレビューが行われた。決断は留保となり、いつ発表になるのかは触れていない。同時に、McKinnon氏を英国では裁かないとする控訴局の決定に対するレビューを7月14日に行うことが決まった。2つのレビューの結果は、ほぼ同じ時期に出ると予想されている。

McKinnon氏のケースは複雑だ。McKinnon氏は英国人で、一連のハッキング行為は北ロンドンにある自室で行われた。ハッキングされたのは米国にある米国政府のシステムだ -- どちらの国が裁くのか? また、McKinnon氏らはアスペルガー症候群の考慮も求めている。アスペルガー症候群の説明については省略するが、発達障害の1つとされる同症候群と診断されているMcKinnon氏に責任能力はあるのか。McKinnon氏の弁護士は、McKinnon氏は重い刑罰に耐えられない、自殺する可能性もあるなどという専門家の見解を主張している。

このような状況に対し、市民からはMcKinnon氏を支持する声が出てきている。

2005年に立ち上がった"Free Gary"という支援サイトでは、McKinnon氏の状況に関する認知と理解を深める情報提供のほか、デモも展開している。ミュージシャンが支援コンサートを開いた例もある。Sting、Peter Gabrielなどの著名人が支援のコメントを寄せており、Gary氏を英国で裁くよう英首相に陳情する電子陳情には4,000人以上の署名が集まっている。

ロンドン市長も2009年1月、Barack Obama氏が米大統領に就任した後、引き渡しの要求を中止するよう求める書簡を新聞に掲示した。

およそ6年にわたって戦ってきたMcKinnon氏、現在も保釈条件の下で夜間は外出禁止、インターネットに接続されたコンピュータを使うことも禁じられている。

なお、McKinnon氏によると、米国政府のシステムに不正侵入するのは驚くほど簡単だったという。