ネット動画配信サービスのHuluというと、2011年に日本でもサービスを始め、最近では少しずつ認知度も上がってきた、といった印象があるが、そのHuluの米国本体の身売りに関する話題がこのところチラホラと目立ってきている。



HuluはもともとYouToubeなどに対抗すべく、ABC(ウォルト・ディズニー傘下)、Fox(ニューズコープ傘下)、NBC(現コムキャスト傘下)の大手テレビ局3社が一緒に立ち上げたサービス(註1)。そういう寄り合い所帯だから、なかなか簡単には物事が進まないようで、他社への売却もしくは切り離しの話も、数年前に一度出たことがあった。だが、購入希望者(社)の提示した金額が親会社3社の希望に届かず、結局その時は話が立ち消えになったという。現在出ている新たな売却の話は、そうした経緯を踏まえての「仕切り直し」となるが、ただしこちらも具体的な売り出しの条件がまだ完全には固まっていないなどの話もあり、「親会社には本当に売る気があるのか」といった疑問の声も残っているらしい。

さて。そういう「但し書き付き」のHulu売却で、現在までに獲得に名乗りを上げているとされるのは次の各社。

  • ヤフー
  • グッゲンハイム・デジタル・メディア(GDM)
  • ピーター・チャーニン・グループ
  • タイム・ワーナー・ケーブル
  • ディレクTV(DirecTV)
  • コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)
  • シルバーレイク・パートナーズとウィリアムモリス・エンデバー

ヤフーについては、若者に人気の高いブログサービス「Tumblr」を11億ドルで買収すると発表したことが記憶に新しいが、グーグルから移ったマリッサ・メイヤーCEOの下、まだまだ「お買い物モード」にあるようだ。

2番目のグッゲンハイム・デジタル・メディアは、以前の話でも触れたことのある投資会社、グッゲンハイム・パートナーズの一部で、業界紙のビルボードやハリウッドレポーター(THR)、Adweekなどを保有するするほか、昨年グッゲンハイム・パートナーズが手に入れたディック・クラーク・プロダクションズのデジタルビジネスにもかかわっているという。この会社で今年初めから経営責任者を務めているのが、元ヤフーの暫定CEOだったロス・レビンソーンだ。

ダニエル・ローブ(註2)というヤフーの大口株主がマリッサ・マイヤーを正式なCEOに連れてきたことで、レビンソーンは結果的にヤフーを離れることになったが、このレビンソーン、元々はニューズ・コープがマイスペース(Myspace)を2005年に買収したときに、ニューズ・コープ側でこれを主導した幹部として一気にその名を知られるようになった人物である。

そのニューズ・コープで長年ルパート・マードックの右腕として活躍してきたのが、3番目のピーター・チャーニン。出版畑を振り出しに、テレビ、映画といろんな分野を経験している人物で、20世紀フォックスのトップ在任時には『タイタニック』や『アバター』といった歴史に残る大ヒット作の誕生にも貢献した、とWikipediaにはある。ニューズコープで、総帥のルパート・マードックから実子ジェームズへの部分的な「代替わり」があった2009年に同社を離れたチャーニンは、自分の名前を冠した投資会社兼メディア企業を創業。前者の事業ではツィッター(Twitter)、タンブラー、フリップボード(Flipboard)、そしてネットラジオのパンドラ(Pandra)などに投資。後者のほうでは、ちょうど公開中のトム・クルーズ最新作『オブリビオン』の制作などにも一枚噛んでいるという。

4番目のタイム・ワーナー・ケーブルは、コムキャスト(NBCユニバーサルの親会社)に次ぐ米国第2位のケーブルテレビ事業者で、今年初めにはグッゲンハイム・パートナーズが筆頭オーナーとなっているMLBロサンゼルス・ドジャースと総額約70億ドル(契約期間25年)という破格の条件で放映権契約を結んだことが話題となっていた。

7番目のシルバーレイク・パートナーズというのは、IT系のニュースではよく名前を目にする投資会社で、一昨年には出資先のSkypeを85億ドルでマイクロソフトに売却してかなりの利益を上げていた(註3)ことや、現在ちょうど揉めに揉めているDellの上場廃止計画でも、創業者のマイケル・デルに軍資金を調達する役回りで名前が登場していたりする。

一方、ウィリアム・モリス・エンデバー(WME)は、クリエイティブ・アーツ・エージェンシー(CAA)などとならぶハリウッドの大手タレント事務所だが、1年ほど前にシルバーレイクが約3割の株式を持つ少数株主となっている。Wikipediaのページにある所属タレントの欄をみると、アデル、レディー・ガガ、ジャスティン・ビーバー、リアーナ、テイラー・スウィフト、アリシア・キーズ、ブルーノ・マーズといった現役ばりばりの若手ミュージシャンに加えて、ジャネット・ジャクソンやイーグルスといった大御所の名前も並んでいる。さらに、スポーツ選手の欄には、女子テニスのセレーナ・ウィリアムズ、先頃引退を決めたNFLのレイ・ルイス、それにNBAではケヴィン・ガーネットやドワイト・ハワードといったスーパースターが名を連ねている。

なおこのWMEは、2009年にウィリアム・モリス・エージェンシー(WMA)とエンデバー・タレント・エージェンシー(ETA)のふたつが合併して現在の形になっているが、100年を超える老舗のウィリアム・モリスを実質的に併合していま同社の経営を取り仕切っているとされるのが、エンデバーを1995年に仲間と立ち上げたアリ・エマニュエル(Ari Emanuel)という共同CEO。長兄のエゼキル(医療改革の議論などで論争を巻き起こした医師、学者)、次兄のラーム(現シカゴ市長、オバマ政権で最初の首席補佐官)とともに、米国では有名な「エマニュエル3兄弟」の一人でもある。

WMEのもう一人の共同CEO、パトリック・ホワイトセルのクライアントには、ベン・アフレック(最近ではむしろ監督としての方が有名か)、マット・デイモン、ヒュー・ジャックマン、ジュード・ロウ、デンゼル・ワシントンといったスター俳優が勢揃いしている。また、映画監督のエージェント業も好調なようで、バズ・ラーマン(『華麗なるギャッツビー』ほか)、ロバート・ロドリゲス(『シン・シティ』『レジェンド・オブ・メキシコ』ほか)ダニー・ボイル(『スラムドッグ$ミリオネア』『127時間』ほか)といったヒットメーカーを擁していることから、Hulu用にオリジナル作品を制作するといったこともWMEがその気になれば比較的簡単そうにも思える。

Netflixが自前で制作・配信したテレビドラマシリーズ『ハウス・オブ・カード』(デヴィッド・フィンチャー監督、ケヴィン・スペイシー主演)あたりが大きな話題を呼んだ今年、Hulu獲得に名乗りを上げたWME幹部らの頭の中にそうしたイメージがあったとしてもちっとも不思議ではない。またHulu獲得に当たっての懸念材料の1つとされるテレビ局3社からの番組供給契約についても、そうしたオリジナル番組制作の可能性があればいくぶん有利に交渉が進められるかも知れない。

すでに一部では10億ドルを超える買値も出たとされるこのHulu争奪戦、この先の展開がとても面白そうだ。




参照元

註1

ケーブルテレビ(CATV)最大手のコムキャストがGE(ゼネラル・エレクトリック)からNBCを買おうとした際、「Huluの運営にはタッチしないこと(株式は所有し続けても良い)」という条件を米政府から突きつけられていた。

註2

サードポイントというヘッジファンドの経営者。最近ではソニーに対して「映画・音楽部門を切り離したほうがいい」と進言して、日本でもだいぶ知られるようになった。

註3

シルバーレイクはスカイプに9億ドル投資して、18カ月間で29億ドルに増やした。