Sports Illustratedに掲載された手記より

ジェイソン・コリンズというNBAのベテラン選手がゲイであることを告白した手記が、Sports Illustrated誌(SI)のウェブサイトで米国時間4月29日の午前に公開された。米国の4大プロスポーツ(NBA、MLB、NFL、NHL)の現役選手がカミングアウトしたのはこれが初めてとあって、それ以来米国のさまざまなメディアはこの話題で持ちきり。NBAのコーナーがあるNYTimesESPNあたりは当然として、そうした常設コーナーのないWall Street Journal(WSJ)Bloombergのような一般・経済系のニュースサイト、さらにはABCのニュース番組あたりでも、このカミングアウトに関する話題が大きく取りあげられていたようだ。

ジェイソン・コリンズという選手は今年でプロ入り12年め。チームの柱(よく「フランチャイズ・ビルダー」などと呼ばれる)として活躍したとか、オールスターに選ばれたとかいった派手な経歴の持ち主ではない。「ジャーニーマン」と呼ばれることが多い、いくつかのチームを渡り歩き、行く先々で自分に与えられた役割をしっかりこなす「名脇役」といったタイプの選手だが、本人の人柄や努力に加えて、幸運にも恵まれたのだろう、強かった頃のニュージャージー・ネッツ(ブルックリン・ネッツの前身)や復活を遂げた名門のボストン・セルティクスといった強豪チームに在籍した期間が長く、チャンピオンリングこそまだ手にしたことはないものの、NBAファイナル(決勝戦)を2度経験したこともある。また高校時代にはカリフォルニア州の選手権で2度優勝、スタンフォード大学時代にもNCAAのトーナメントでファイナル4まで勝ち進んだことがあるというから、間違いなくバスケットボール界のエリートである。

そして何より感心するのは、競争の極めて激しいNBAで、この選手が10年以上に渡って一軍に身を起き続けてきたという点。各チーム15人、全チーム合わせても450人分しかない一軍枠(世界のバスケットボールの頂点)であり、しかもそこに毎年60人もの有望な新人がドラフトで選ばれて入ってくる……そんな世界で12年も生き残ってきたというのは、それだけでも大した実績だと私には思える(得点やリバウンド数、出場時間などの数字があまりふるわないにせよ)。

米国でプロのアスリートがカミングアウトした例は、サッカーや女子バスケといった比較的マイナーなスポーツでは過去に何件かある。またNBAやNFLの選手が引退後に名乗り出たケースもなくはない。ただしこれまでは、選手生活を続けられなくなるリスクさえ想定されるような現役選手の場合は話が別、ということだったらしい。



さて。そんなコリンズという選手の手記を読むと、「若い頃には女性とデートしたこともあったし、婚約したことさえあった」「女性と結婚して、子供も育てなくてはいけないと考えていた時期もあった」「自分はいつも空の色が青いと知っていたけれど、それでも『空は赤いんだ』と自分に言い聞かせてきた」などとあり、秘密を守り通すことの辛さが読む側にも伝わってくる。また、やはりNBAで10年ほどプレイしていた双子の弟ジャロン・コリンズは、昨年夏にジェイソンからゲイであることを打ち明けられたとき「身近な人間の中でも一番驚いていた」という。自分の双子の兄弟にさえ話すことができないような大きな秘密を十数年近くも抱き続けるというのは、どんな感じなのだろうかと思いを馳せずにはいられない。

ジェイソン・コリンズが世間にカミングアウトする決心をしたのは、例の「ボストン・マラソン爆破事件」がきっかけだったという。「人生いつ何時どんなことが起こるかわからないのに、いつまでも真実を隠しながら生き続けていてどうするんだ」といった心持ちになったらしい。また、それ以前から告白したい気持ちがうずいていたらしく、大学時代のルームメイトだったジョー・ケネディ3世(1968年に暗殺されたロバート・ケネディ=“ボビー”の孫、今年から米連邦下院議員)から、昨年ボストンであった「Gay Pride Parade」に参加した、と聞いたときには、自分でも驚くほど羨ましさを感じていたとある(ケネディ自身は女性と結婚しているので、おそらくは同性愛者への差別撤廃を主張する立場から参加したのだろう。いかにも「東部のリベラル派」的な匂いがする)。このジョー・ケネディに対しては数週間前にゲイであることを伝えてあったそうだが、その際に6月8日に予定されている今年のパレードに参加しないかと訊ねられたコリンズはこの打診を承諾したとある。ゲイであることを隠し続けてきたせいでこれまで「夜も熟睡できなかった」というコリンズにとって、この行進がどれほど心浮き立つものなのであるかは想像に難くない。

今回の一連の話のなかで、コリンズがここ数年付けていた「98」という背番号が、実は「1998年にゲイであることを理由に誘拐・殺害されたある青年にちなんだもの」だったと知り、このタブーの重さといったものを改めて思い知らされたようにも感じている。近年、とくにハリウッドやニューヨーク(ファッション関係の世界など)では、自分が同性愛者であることを隠さない有名人も珍しくはなくなっているが、それでも実情はまだまだこれから……といったところなのだろう。そうでなければ、この問題が大統領選で大きな争点のひとつとして採り上げられることもなかったはずだ。


[Obama Pride: LGBT Americans for Obama]
[昨年の大統領選でオバマ陣営が製作していた動画。「LGBT」とは女性同性愛者(Lesbian)、男性同性愛者(Gay)、両性愛者(Bisexuality)、性転換者・異性装同性愛者(Transgender))の頭文字をあわせたものという説明がWikipediaにはある]


後編に続く