国内大学の変化を予測するうえで、「デジタリゼーション」というキーワードは外せない。

デジタリゼーションとは、「IoT(モノのインターネット化)」や「AI(人工知能)」の台頭に代表されるように、ビジネスのみならず世の中のありとあらゆるモノがデジタル化を遂げていくことだ。デジタリゼーションによって私たちの生活はおろか、無意識のうちに醸成される価値観すらも大きく変わるかもしれない。

筆者が所属するアクセンチュアでは、今後、グローバルレベルであらゆるビジネスがデジタルビジネスになると予測しており、企業活動の戦力としてデジタルテクノロジーが最大限活用されることで、ビジネスモデルや業界構造が変わり、労働力の在り方にも大きな影響を及ぼすと考えている。詳細は、世界のテクノロジートレンドに関して弊社が発行した最新調査レポート「テクノロジービジョン2016」をご覧いただきたいが、注目すべきは、「"ひと"を最優先にする企業が、今日のデジタル時代の勝者になる」、「これからの労働力には、"学習の速さ"や"対応の柔軟さ"といった流体的な能力が求められる」という予測を示している点である。

アクセンチュアが提唱する「テクノロジービジョン」の図。内側から2013年、2014年、2015年、2016年と進んできており、2016年版では、デジタル世界における"ひと"の重要性に焦点を当てた5つのトレンドが提示されている

筆者なりの理解を加えると、企業活動の大半がデジタルテクノロジーを駆使した運営に変わることで、企業活動の中で"ひと"が介入する業務は企業変革を起こすためのより高度なものにシフトし、これまで以上のスピードで企業変革が進展していくことを示唆している。またその結果、企業活動の主役である"ひと"には、変化の渦中にありながらも常に新しい変化を巻き起こすスキルが求められ、そのスキルは今とは比較にならないほど多岐に亘っていくという方向性を指している。

デジタリゼーションで変わる大学の定義

デジタリゼーションは、既存市場の定義も変えるものであり、大学においては、「教育(Education)から学習(Learning)への転換」が始まると考えられる。

より平易な言い方をすれば、デジタリゼーションによる中長期的な企業・経済の変化の煽りを受けるかたちで、国内大学の教育は従来型のマス教育(大人数の学生に画一的な講義を提供する教育システム)から、個の教育(個人の要望や状況に合わせて個別に作り込まれたコンテンツを学生個々が選択し、学習できる教育システム)に転換が進むということだ。

個の教育への転換には、現在の国内大学が有する教育システムから大きく2つの観点で抜本的な変革が必要になる。

1つ目は選択肢の幅である。「他大学との単位互換」や「ダブルディグリー(複数学位)」の制度などの環境整備は進みつつあるものの、主要な教育システムは今なお大学内に閉ざされ、所属する学部や学科、コースにおいて定められたカリキュラム(必修科目と選択科目)で構成されていることがほとんどである。個に転換を図るためにはこのカリキュラムの存在が障壁になると考えられ、所属する大学内外の授業から学生自身の希望するキャリアや志向を踏まえて自由に選択できるカリキュラム体制を構築することが、本質的な個の教育の実現につながると考えられる。

2つ目は教員が担う役割である。少人数教育を謳う大学も増えてきているが、今なお、大勢の学生に対して1人の教員が知識を提供する座学型の授業が大学カリキュラムの大半を占めている。教員の視点から見ると、大半の時間は講義形式の授業に充てられ、学生個人の特徴や志向を踏まえた個別指導の場が限られている状況である。個への転換にはこれを改善する必要があり、教員の主な役割をティーチング(学生に教えること)から、学生の履修する授業やキャリア実現に向けたアドバイスまで、深く踏み込んだコーチング(学生から答えを導き出すこと)に切り替えていく必要があると考えている。

教育提供モデルの転換

この実現の手助けとなるのが"デジタル"になると考えられる。

デジタリゼーションによって大学内の事務業務の自動化が大きく進むことは当然であるが、同時に教育提供モデルの転換が進むと予測される。特に座学的な講義の多くがデジタルを活用したオンライン教育に移行し、学生はデジタルコンテンツを用いて基礎的な知識習得を行う方向に転換していくのではないだろうか。

オンライン教育であれば時間や場所の制約を受けず、学生個々が腹落ちするまで何度でも同じ講義や説明箇所を見返すことができる。これによって、個人のペースで確実に習熟しながら学習することができ、リアルの授業では得られない学習成果を得ることができる。当然、大学側にも利点がある。普遍的な知識であれば講義の再利用ができるだけでなく、視聴データを分析することで講義内容や教材の改善点を科学的に導き出すこともできる。また、物理的な壁が取り除かれることによって、国内外の著名人に講義を担当してもらうことも今まで以上に容易となる。急速な成長が期待されるAIや3Dなどのテクノロジーを活用することで、言語や受講場所の壁も取り除かれ、入学する学生すらも地理的制約を超えてグローバルに広がっていくことも期待される。市場飽和によってグローバル化が叫ばれる国内大学にとっては、まさに一石二鳥である。

一方、大学で物理的に行われる授業は、ゼミやプロジェクトワークなど、知識を応用する少人数の実践教育が中心となり、大学の役割は、教員が個々人の習熟度や志向に合わせて個別にフィードバックを行うためのLearningの場として変化すると考えられる。

読者の中には教育のデジタル化に懐疑的な見方をされる方もいるかもしれない。しかし、我々の目から少し離れた場所ですでに変化の予兆は存在している。

皆さんは「MOOC(Massive Open Online Courseの略称)」という言葉を耳にしたことはあるだろうか。主に海外での活用が目立つが、知識習得を主とした大学などの講義をオンラインで無償提供するサービスであり、著名な例としてはスタンフォード大学の「Coursera」や、MITとハーバード大学が中心に立ち上げた「edX」が存在する。これらのサービスを活用することで、人々は場所や時間を気にせず、思いのままに知識を習得することができ、CourseraとedXへの登録者数だけでも、すでに世界で合計2,000万人1)を超えている。このほか、「Khan Academy」も有名なMOOCの1つで、初等教育から対応したサービスを提供してる。また2014年にはハーバード・ビジネススクールが初めてオンライン教育「HBX」を開講し、ここでは受講生同士のコラボレーションに重点が置かれたデジタルコンテンツが提供され始めている。

国内も例外ではなく、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長をしているのが「受験サプリ」である。リクルートマーケティングパートナーズが受験対策を中心に予備校と同等以上のクオリティで講座や教材を無償または有償で提供するオンライン上のサービスである。有償と言っても月額980円で5教科8科目のすべての講義を受講できるため、予備校に通う費用と比較すれば雲泥の差になる。ここで注目すべきは会員数であり、2011年のサービス開始以来、累計会員数は150万人を突破した。2014年度には約30万人の会員を集めており、これは大学受験生の約半数にあたる2)。大学受験生の大半はデジタル化を当然のように受け入れ、スマートフォンやパソコンを利用して知識を習得することが当たり前になっている世代なのだ。

デジタル化が急速に進む現在、競争戦略を考えるうえで地域的なアドバンテージは薄れ、戦いの場がバーチャルな世界を含めたフィールドに拡大しつつあるといっても過言ではない。優秀な学生が海外大学はおろかデジタルの力を最大限活用したオンライン大学に流出する日が到来するのは、そう遠いことではないだろう。

今後、さまざまな業界でデジタリゼーションが進むことで、斬新なアイデアや最先端の商品/サービスがより短期間で生み出され、市場を席巻していく日も近い。そして市場環境はより不確実性を増している。

こうした中、企業や組織が成功するためには、変化を巻き起こすか、予兆に敏感に反応して先回りすることが重要となる。そして、雇用される側の人材には、「時代を読み解き、自分で考え、行動を起こす」という共通的なパーソナリティに加えて、他者に真似のできない唯一無二の知識とスキルを養い続けることが求められるだろう。

我が国が今後こうした人材をより多く育成していくためには、人材輩出の源である国内大学が、今までのような"受け身型"で画一的な講義やカリキュラムを提供するのではなく、学生の能動的な"学び"を引き出せるように、「個に焦点を充て、個の要求を促し、受け入れられる教育システム」を確立していく必要がある。すなわち、Learningへの転換である。

国内大学も、デジタリゼーションの波に乗り遅れないように、デジタルテクノロジーを教育システムの中に取り入れ、EducationからLearningへの転換を進めてみてはいかがだろうか。

次回予告

本稿ではデジタル化の背景を受けた国内大学の教育モデル転換の方向性を述べてきた。その姿は、大学教育におけるリアルとバーチャルの融合である。

しかし、この転換にはコストと労力が大きな壁として立ちはだかる。言わずもがな、個別教育はマス教育に比べて圧倒的に大きなコストと労力が求められ、ヒト・モノが固定的になりつつある国内大学においてはその捻出すらも危ぶまれる。次号では「経営モデルの転換」と題し、企業的な視点からみた国内大学の経営モデルの転換の必要性とその内容について紹介をさせていただく。

参考

1) http://www.u-tokyo.ac.jp/ext01/mooc_j.html
2) http://www.recruit.jp/company/csr/contribution/rmp/

著者プロフィール

根本武(ねもとたける)
アクセンチュア株式会社 公共サービス・医療健康本部 マネジャー
入社以来、数多くの大学改革案件を主導。
経営戦略や教育改革、組織・業務・IT改革に至るまで幅広い分野に精通。
保有資格は中小企業診断士、システムアナリスト、テクニカルエンジニア(ネットワーク)など