前回は、日本国内で大騒ぎになったサイバー攻撃事件を切り口にして、防衛産業界における情報保全の問題について取り上げた。

表沙汰になると国家安全保障の見地から見てマイナスになる種類の情報を保護の対象にするのは当然のことだが、その一方で限られた範囲とはいえ、情報を開示していかなければ不利になる話もある。その例として、パッと思いつくのは、予算をとるために議会向けに説明するなんて場面だが、そればかりではない。

モノを外に出せば情報も出てしまう

情報の開示が問題になる典型例が、他国への武器輸出である。第59~60回で取り上げたF-Xも例外ではない。

自国で開発したものを自国で製造して自国でだけ使用していれば、情報を他国に開示しなければならない場面はあまり発生しないのだが、それでも皆無にはならない。例えば、他国と合同演習や合同作戦を展開することになれば、通信システムの相互接続・相互運用性という課題が出てくる。そして、通信に使用するプロトコルや暗号化において、某かの情報を開示しなければ、相互接続も相互運用もあったものではない。

ましてや、「他国に装備品を輸出する」あるいは「さらに一歩踏み込んでライセンス生産を認める」場面になれば、程度の差はあれ、情報の開示が発生する。だからこそ、米議会はF-22Aラプター戦闘機の保有による自国の優位を維持するため、他国への輸出を禁じる条項を盛り込んだ。それによって生産数量が減って価格が上がり、自国の経済的負担が増えることになるが、それと輸出に伴うメリットとデメリットを天秤に掛けた結果、輸出禁止のほうが良いという意見が勝ったわけだ。

実際、まず少数の「サンプル」を輸入してリバースエンジニアリングしてしまい、それを自国内で製造を始めて、あまつさえ「国産品」「わが国の独自技術で開発・製造」と言い出す某国もある。これは極端な例だとしても、他国に装備品を輸出したり、共同開発に参画したりすれば、多かれ少なかれ情報の開示は必要になるという一例にはなる。

そこで問題になるのは、設計図や製造技術だけではない。前回でも触れたソフト的な部分、例えばコンピュータで使用するソフトウェアのソースコード、電子戦機器で使用する脅威ライブラリ(脅威となるレーダーなどに関する情報を集めたデータベース)など、データやノウハウに関わる部分の開示が必要になると影響が大きい。こうしたソフト的な情報は大抵の場合、身体を張って手に入れた、おカネを積むだけでは買えない種類の情報と位置付けられるからだ。

このほか、自国製の兵装を他国製のプラットフォームと組み合わせる場合、あるいは、その逆の場合も情報の開示が必要になる。というのは、兵装と射撃管制システムやミッション・コンピュータとの間で情報をやりとりする必要があり、そこでは当然ながら「すり合わせ」の作業が必要になるからだ。そこで情報の開示を行わなければ、すり合わせも何もあったものではない。

つまり、情報の開示をできるかどうかが、輸出商談の足を引っ張る可能性につながるという話である。そのことを逆手にとって、情報の開示をアピールポイントにしたのが、F-Xで「ノー・ブラックボックス」を掲げたユーロファイター・タイフーンというわけだ。

輸出はしたいが秘密は守りたい、さあどうする

結果的にどうなるかはともかく、「ノー・ブラックボックス」というアピールが通用するという考え方が成立するのは、情報を開示したくない部分をブラックボックス化して輸出する例もあるからだ。

例えば、輸入した電子機器の匡体に「開けるな」と注意書きをしたうえで封印してある場合がある。開けたからといって爆発したり、煙を吐いて自動的に消滅したりするようなことはないだろうが、開けたことがわかってしまうような仕掛けぐらいはしてあっても不思議はない。

そういえば、航空自衛隊向けにF-15Jのライセンス生産が始まった当初、国産化率は55%程度とされていたが、この数字は70%とされていたF-4EJよりも低い。アメリカはF-15Jのライセンス生産に際し、電子戦システム(TEWS : Tactical Electronic Warfare System)の提供を拒否したほか、ミッション・コンピュータも国産化を認めていなかった。仕方がないので、前者は国産品を開発して搭載する方法で解決、後者は当初こそ輸入品を使用していたものの、後になって国産化が実現している。

海上自衛隊のイージス護衛艦が装備しているイージス戦闘システムは、日本独自の仕様が加わっているが、基本的には輸入品である。米軍の調達情報を見ていると、今でも技術サポート業務契約をロッキード・マーティン社のミッション・システム&センサー部門に対して、米海軍が発注していることがわかる。

なぜ、海自向けなのに米海軍の契約になるのかというと、これがFMS(Foreign Military Sales)案件だからだが、FMSについては本連載の第16回を参照していただくとして、ここでは解説を割愛する。ともあれ、製造元の米国企業に納入後の「お守り」を担当させるのも、自国で情報を囲い込む手法の1つと言える。