騙されない投資家になるために……。投資の初心者が知っておくべきこと、勘違いしやすいことを、できるだけ平易に解説しようと思います。

  • 格付けの利用法方法を理解していますか?

前回に続き今回も「格付け※」を取り上げます。※格付けは「格付」とも表示されますが、本稿では格付けで統一します。

格付けの利用方法

個人の投資家は、どのように格付けと付き合えば良いのでしょうか。巨額の資金を運用する金融機関等であれば、売買・保有する様々な債券やそれに類した金融商品(以下、債券等)を格付けごとに分類し、体系的な分析を行うことでポートフォリオの構築に役立てるでしょう。

しかし、個人の投資家はそこまでできないし、する必要もありません。ただし、以下のような点は知っておくべきでしょう。

一般に、格付けは高いほどローリスク・ローリターン、低いほどハイリスク・ハイリターンだと言えます。リスクとリターンはトレードオフの関係にあるので(第2回「リスクとリターンの関係」をご参照)、どの程度のリスクとリターンの組み合わせを選択するかは投資家自身の判断ということになります。

格付けとの関係で言えば、期待されるリターン(=債券等の利回り)が同じであれば、格付けの高い方を選び、格付けが同じならば期待されるリターンの高い方を選ぶのが理に適っています。

投資適格と投機的

格付けは、AAAからBBBまでの「投資適格」と、BB以下の「投機的」に分けることができます(S社方式、以下同じ)。ただし、格付けが高いほど投資に適しているという意味ではありません。

上述したように、ハイリスク・ハイリターンを承知のうえで投資するのであれば、BB以下の低い格付けが投資目的に合致しているケースもあるでしょう。

一般的にはBB以下を「投資不適格」とも呼びますが、格付け会社はそうは呼びません。あくまで「投機的」です。

投資に適しているかどうかは、債券等の性質だけで決まるものではなく、投資目的やリスク許容度などの投資家の属性次第だからです。もちろん、投資経験の浅い投資家は低い格付けの債券を避けた方が無難でしょうが。

「投機的」格付けの債券は「ジャンク債」とも呼ばれます。また、ネガティブなイメージを嫌って「ハイイールド債(高利回り債)」と呼ばれることもあります。

格付けの変更

格付けは変更になる場合があります。一般に、格付けが引き上げられれば債券等の価格は上昇し(利回りは低下し)、引き下げられれば価格は低下する(利回りは上昇する)と考えられます。

また、ある債券の格付けの引き上げ(引き下げ)が噂されていたのに、変更がなかった場合は、価格は低下し(上昇し)、利回りは上昇する(低下する)でしょう。

とりわけ、格付けが「投資適格」から「投機的」、あるいは「投機的」から「投資適格」に変更になる時は注意が必要です。

「投機的」格付けの債券には投資しないといった社内ルールを決めている機関投資家は少なくありません。したがって、保有する「投資適格」の債券等が「投機的」になれば、売却しなければなりません。多くの機関投資家が当該の債券等を一斉に売却すれば、価格は大きく下がるでしょう。

逆に、ある債券等が「投機的」から「投資適格」になれば、巨額の資金を持つ機関投資家にとっての新たな投資対象となりうるため、価格は上昇する可能性があります。

ソブリン・シーリング

ソブリン格付け(国の格付け)が変更になる時は、様々な影響が出ます。ソブリン格付けが引き下げられると、その国の企業が発行する社債の格付けも引き下げられる可能性があります。

一部の例外を除いて、その国の中では政府(国)の格付けが最高であり、社債の格付けはそれを上回らないという原則があるからです。これをソブリン・シーリング(国の格付けが天井という意味)と呼びます。

また、ソブリン格付けが変更になれば、その国の株価指数や為替相場にも影響が出る可能性があります。先進国の場合はそれほどでもありませんが、外国の資金への依存度が高い新興国の場合には格付けが投資判断に影響する傾向が強いようです。

日本の格付け

現在(1/17時点)の日本のソブリン格付けはA+で、最上級(AAA)から4つ下、「投機的」の最上級(BB+)の6つ上です。近隣国との関係でいえば、韓国の2つ下、台湾の1つ下、中国と同じです。

日本の格付けは低すぎると感じる方もいるでしょう。2002年5月にM社が日本の格付けをAa3(S社方式のAA-)からA2(同A)へ2段階引き下げた時、アフリカの小国ボツワナと同じになったとして大きな騒ぎとなりました(現在、ボツワナは日本より下)。当時、財務省が格付け会社宛てに抗議の意見書を提出したと記憶しています。

実際、当時を含めて過去の格付け引き下げのケースで、日本の国債や円が大きく売られたケースはなかったように思います。現在でも、日本の長期金利(10年物国債利回り)はスイスを除くどの国よりも低く、また投資家がリスクを回避して安全を求める場面では円が買われるケースが頻繁にみられます。

日本の国債が安全な理由として、(1)日本は世界最大の純債権を保有していること、(2)国債のほとんどが国内で消化されていること、(3)政府の債務残高を超える個人金融資産があることなどが挙げられます。

しかし、今後もそれらの要因が日本の国債の安全性を担保するとは限りません(第9回「日本国債は大丈夫か、オオカミ少年の教訓」をご参照)。

少子高齢化が進むなかで、日本の財政は一段と悪化するかもしれません。M社が日本のソブリン格付けを最後に引き下げたのは、2014年12月1日。これは日本政府が消費税の10%引き上げ延期を決定した直後でした(その後、日本政府は16年6月に再延期を決定)。

前回ご紹介したように、格付けはあくまで格付け会社による「相対的な信用リスクに関する今後を展望した意見」です。格付け会社が想定するような、あるいはそれより悲惨な未来が来ないという保証はないでしょう。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクエア 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして活躍。 2012年、マネースクウェア・ジャパン(現マネースクエア)入社。「投資家教育(アカデミア)」に力を入れている同社のWEBサイトで「市場調査部レポート」「スポットコメント」「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、動画サイト「M2TV」でマーケットを日々解説。