計測機器や検査機器などを利用して半導体ICを測定し、評価する作業の多くは、エンジニアにとって難しいことではありません。難しい、いや厳密に表現すると厄介なのはむしろ、その前の段階にあります。評価仕様を満足する計測機器と検査機器を用意し、測定ベンチを構築するには、いくつかの制約条件を満足する必要があるからです。

まず最初に、社内に所望の計測・検査機器が利用可能な備品として存在していることが前提となります。そしてエンジニアが希望する時間帯で、所望の計測・検査機器を使用できるかどうか。運良く誰も使っていなかったり、使用予約が入っていなかったりすれば、第1希望の時間帯で測定ベンチを構築できます。しかし実際には、第1希望が通るとは限りません。

その理由は、エンジニアの人数に比べると大抵の場合、計測・検査機器の台数が少ないからです。少ない計測・検査機器を多くのエンジニアが奪い合うような状況が日常化していることがあります。そして測定ベンチの構築に必要な計測・検査機器は1台あるいは1種類ではないことが、第1希望の実現を難しくしています。

例えばICに交流のテスト信号を入力して出力を観測する作業を仮定しましょう。少なくとも信号発生器1台、オシロスコープまたはロジックアナライザが1台、直流電源が1台の合計3台の計測・検査機器が必要となります。これはすなわち第1希望の時間帯に測定ベンチを構築するためには、希望の時間帯に3台とも予約が入っていないことが前提となります。言い換えると、どれか1台の利用予約ができない場合は、希望する時間帯を遅らせる、つまり、第2希望ないしは第3希望へと予約時間を動かさざるを得ないということです。

計測・検査機器を購入するエレクトロニクス企業の視点に立つと、高価な計測機器や検査機器などを購入する台数は、なるべく減らしておきたいのが本音です。なるべく自由に計測・検査機器を使いたいエンジニアとは、利害関係にずれがあります。

エンジニア1名に1セットのテストソリューションを

エンジニアの理想とする計測・テストソリューションは、好きなタイミングで好きなだけ使えて、しかもコストがあまりかからないソリューションです。こういった理想のソリューションに少しでも近付けようとのコンセプトで登場したテストソリューションがあります。半導体テスターの大手メーカーであるアドバンテストの子会社Cloud Testing Service(CTS)(本社所在地:神奈川県横浜市)が提供しているテストソリューション「Cloud Testing Service(クラウドテスティングサービス)」です。

クラウドテスティングサービスの核となるのは三つ。一つは、パソコンとUSBインタフェースで接続するハードウェアモジュールです。もう一つは、クラウドサービスで提供されるテスティングソフトウェア群です。そして三つ目は、ソフトウェア群を利用する対価を月決めで支払う、月額料金制であることです。

クラウドテスティングサービスのテストベンチは以下の三つの要素で構成されます。

  1. パソコンおよび、パソコンにインストールされたテスティングソフトウェア群
  2. ハードウェアモジュール(パソコンとはUSB接続、測定治具とはコネクタ接続)
  3. 測定治具

ここでテスティングソフトウェア群を「CloudTesting Lab」、ハードウェアモジュールを「CloudTesting Station」と呼びます。

クラウドテスティングサービスにおけるテストベンチの構成例。(図はCloud Testing Serviceの資料を一部編集したもの)

USBモジュール計測器との違い

パソコンとUSBモジュール、計測ソフトウェアで構成する計測ソリューションは、それほど珍しいものではありません。デジタルオシロ(デジタルオシロスコープ)やスペアナ(スペクトラムアナライザ)などのUSB接続計測モジュールはふつう、Windowsパソコンで利用することを前提として開発されています。計測ソリューションのコストを下げようとすれば、ユーザーが所持しているパソコンを利用することは自然な流れだと言えます。

このようなUSBモジュール計測ソリューションと、クラウドテスティングサービスの大きな違いは、機能の豊富さにあります。USBモジュールの計測ソリューションはたいてい、単機能です。デジタルオシロの計測ソリューションとスペアナの計測ソリューションでは、異なるUSBモジュールを使います。またテスト波形の発生器や直流電源などは、ユーザーが用意しなければなりません。

ところがクラウドテスティングサービスのハードウェアモジュール「CloudTesting Station(以下「ステーション」)」は、1台ですべてを賄うように設計してあります。「ステーション」は、測定治具から見るとテスト波形の発生器であり、直流電源であり、測定機器なのです。このことはテストベンチを構築する手間が、大きく省けることを意味します。

ステーションにはチャンネル数の違いにより、3種類のモデルがあります。32チャンネル搭載の「CX1000P」、128チャンネル搭載の「CX1000D」、256チャンネル搭載の「CX1000D S2-LINK」です。CX1000Pは、外形寸法が幅10.7cm×高さ19.8cm×奥行きが40cm、重さが約6kgとなっています。このフォームファクタをデジタルオシロの代表機種であるテクトロニクスの「TDS3000Cシリーズ」と比較してみます。TDS3000Cシリーズの外形寸法は高さ17.6cm×奥行き14.9cm×幅37.5cmなので、CX1000Pとかなり近い大きさです。

CX1000PとTDS3000Cのフォームファクタにおける大きな違いは、重量にあります。TDS3000Cが約3.26kgであるのに対し、CX1000Pは約6kgとかなり重いのです。実際にCX1000Pを持ち上げてみると、決して軽くはありません。移動するときには、注意を払う必要があります。

少し残念なのは、持ち運び用のハンドルがCX1000Pには装備されていないことです。TDS3000Cは3.2kgの重量で持ち運び用のハンドルを備えています。今後の改良を待ちたいところです。

左が32チャンネル搭載の「CX1000P」、右が128チャンネル搭載の「CX1000D」

これらのステーションと、パソコンにインストールした基本ソフトウェア「CloudTesting Lab」、各種機能を構成するさまざまな「テスティングIP」を組み合わせることで、波形発生器や電源、測定などの各機能を実現しています。これらのテスティングIPはソフトウェアIPであり、解析ソフトウェアを「アナリシスIP」、測定ソフトウェアを「アルゴリズムIP」と分類・呼称して提供しています。計測機器分野でソフトウェアを「IP」と呼ぶのは少々なじみが薄いところではありますが、次回以降、同社の呼称に従って説明を行っていきます。

次回は、基本ソフトウェア「CloudTesting Lab」を紹介するとともに、クラウドテスティングサービスを利用するための条件や最低限度の手続きなどをご説明します。