3D点群処理エンジニアの歴史と人口

前回まで紹介した「3D点群処理が実現できる事の多さや利点」ですが、コンピュータビジョン界隈のエンジニアでさえも、「そもそも知らない」「知っていても使いこなせるレベルにはない」方が多いのが現状です。なぜなら、安価なデプスセンサーが登場するまでは3Dコンピュータビジョンとはマイナー技術で、センサーの購入にお金もかかるので、エンジニアや顧客の人口も少ない技術であったのが理由です。従って、Kinect登場以前は3D点群や距離画像を用いた処理のビジネス応用は、限定的なものでした。かつては非常に高額な3Dセンサーしか市場には存在しなかったので、その需要は高額の投資ができる大企業や大学の研究室など限定的で、近年価格帯は下がってきたものの、一般の人の目にはなかなか触れない技術でもありました。

Kinect登場以前から3D点群が活用されていた分野の例としては、建築土木などでの測量や、工場用機械・ロボットの眼としてのマシンビジョン、また医療用の3Dスキャン(MRIやCT)などがあげられると思います。これらの応用先においては、たとえ3Dセンサーが数百万円以上の非常に高価なものであろうと、「製品や広い空間を3Dで広範囲にかつ精密に測ることでメリットが出る分野」であり、3D画像センシング技術は活用されてきました。ここ10年で、レーザーレンジファインダーの低価格化や高性能化・安定化が始まり、Kinect前後登場の前後から、数十万円台の3Dセンサー(ステレオカメラやレーザーレンジファインダーにプロジェクターカメラなど)の応用先も増えています。ただ、これらの3Dセンサーも、一般の消費者向けの応用は過去ほとんど存在していなかったので、私のように計測業界の会社で仕事をしたことがある人でもないと、実際の3Dセンシングの活用イメージや技術の使い方を知り得なかった時代が、Kinect登場までは続いていました。

Point Cloud Libraryとモバイルタブレットで始まる3Dセンシングの民主化

Kinectと同時期に登場した「Point Cloud Library」という、業界初のオープンソースの点群処理ライブラリの登場が、点群処理ソフトウェアの開発を容易にし、参入の敷居を一気に下げています。OpenCVの3D点群版とも言えるPoint Cloud Libraryについて、私は登場時からWebで技術情報を積極的に発信していた事もあり、2年ほど前から3D点群処理を活用したい企業に、技術的なコンサルティングを行っております。また、Point Cloud Libraryの入門セミナーの講師としても登壇させて頂いており、ブログやメルマガなども含めて、点群処理が必要なエンジニアの学習サポートにも力を入れております。

「Point Cloud Library」の公式Webサイト

旧来からの、B2B寄りの高価な計測器を用いて精度の高い点群を取得する用途においても、無料でオープンソースの点群処理ライブラリ「Point Cloud Library」の登場によって、点群処理アプリケーションの生産性が飛躍的に改善しています。OpenCVのようなオープンソースの大規模ライブラリが存在しなかったのがこの3D点群処理分野であり、個別に各3D点群処理を実装していく必要がありました。それが、Point Cloud Libraryにはフィルタリング、平面推定、点群間の位置合わせ、特徴量の計算、各種デプスセンサーとの簡単な接続など、基本的な点群処理が揃っており、3D点群処理ソフトウェアを開発するための敷居が、初めて大きく下がったと言えます。これまでも3Dセンシングを活用してきた計測分野寄りの皆様が、私のPoint Cloud Libraryのセミナーに毎回多くお越しいただいているのを見ると、まずは旧来からのB2B分野ではPoint Cloud Libraryによるソフトウェア開発への移行が始まっています。

一方、これまでのKinectなどの安価なデプスセンサーは、すでに本連載でもとりあげてきたように、ディスプレーの前に据え置きで用いる用途が主流でした(もしくは主な想定でした)。それに対して、2015年にGoogleから登場する予定のTangoセンサーを用いたタブレットや、以前本連載でも紹介した「Structure Sensor」など、モバイル向けのデプスセンサーが登場し始めています。今後モバイルでのデプスセンサーの普及も進めば、B2C向けのデプスセンサーのビジネス用途も拡大するはずです。ただし、旧来の計測的な需要を安価なデプスセンサーで置き換える用途はさておき、B2C向けでは点群のビジネス活用例がまだまだ少ないのが現状です。とはいえPoint Cloud Libraryとモバイルデプスセンサーで、参入の敷居が下がる事は確かなので、今後少しずつ3D画像センシングの需要が一般ユーザー向けにも拡大していくと、個人的には思っております。

以上で、3D点群編の導入は終わりとします。次回以降、まずは昔から点群処理が応用されている分野での、3D点群処理の応用例を紹介していきます。その後、現在の安価なデプスセンサーを用いた3D点群処理の話へと進んでいきたいと思います。点群処理のご興味のあるエンジニアの方は、私が後方支援しておりますPoint Cloud Consortiumの活動もチェックしていただければ幸いです。

林 昌希(はやし まさき)

慶應義塾大学大学院 理工学研究科、博士課程。
チームスポーツ映像解析プロジェクトにおいて、動画からの選手の姿勢の推定、およびその姿勢情報を用いた選手の行動認識の研究に取り組み中。(所属研究室が得意とする)コンピュータビジョン技術によって、人間の振る舞いや属性を機械学習・パターン認識により計算機で理解する「ヒューマンセンシング技術」全般に明るい。技術商社でエンジニアをしていたこともあり、海外のIT事情にも詳しい

一方、デプスセンサ等で撮影した実世界の3D点群データの活用を推進するための「Point Cloud コンソーシアム」での活動など、3Dコンピュータビジョンのビジネスでの普及にも力を入れている。また、有料メルマガ「DERiVE メルマガ 別館」では、コンピュータビジョン・機械学習の初~中級者のエンジニア向けの、他人と大きな差がつく情報やアイデアを発信中(メルマガでは、わかりやすい理論や使いどころの解説込みの、OpenCVの初心者向け連載なども展開中)。

翻訳書に「コンピュータビジョン アルゴリズムと応用 (3章前半担当)」。