ITは人で成り立っている。いろいろな企業の経営者と話していると、ITは人だということに気がついている人も多い。そこで今回は、IT技術者の特性について述べたいと思う。

ガソリンの価格が高騰しているせいもあると思うが、移動手段としてのバイクやスクーターが見直されている。ボリュームいっぱいのシートにまたがった若者が、サングラス姿で颯爽と道を走っている姿をよく見かけるが、しかし、過去を振り返ると日本国内でのバイク全盛時代は1980年代であったように思う。

2ストロークで白煙を上げながらかっとんで行くカワサキのバイク、ファクトリーのようなヤマハのモトクロッサーなど、さまざまなバイクが存在した。なかでも異色だったのは、トライアルという競技用のバイクであった。このバイクは、道なき道を走行できるように設計され、立ったまま走るのでシートも申し訳程度、段差の上り下りに適するように、超軽量に作られていた。名前が似ているので、トライアスロンと間違えられやすいが、まったくの別物である。

競技としては、セクションと呼ばれるコースを足をつかずに走破するという単純なもので、足を1回つくと1点減点、止まってしまうと5点という減点法であった。このトライアル競技と他の競技、たとえばロードレースやモトクロスなどと決定的に違うのは、コースを走破する速度を競うものではないということ。極論すれば、他の競技は、速度は遅くともコースを完走することができるが、トライアルは岩を乗り越えないと先に進めないという競技である。つまりコースを完走できるかどうかも怪しい。この岩を乗り越える場面を、日本では「ステアケース」と呼び、トライアル競技の華なのでテレビなどでご覧になった方も多いと思う。

このトライアル競技の世界大会(実は毎年日本でも見ることができ、今年は6月1日に開催された)を観戦していと、ほぼ全員が超えることのできない絶壁のような岩に直面する。多くの人がジャンプして岩にとりついても、めくれるようにバイクごと落っこちる。誰も先に進めない状態だ。ところが、何度か工夫をして誰かが超えてしまうと、全員が同じラインを辿って、いとも簡単に次々と登っていく。今まで誰もが登れなかった岩とは思えないような状態となる。

さて、そのトライアル競技とIT技術者にどんな関係があるかというと、この「乗り越える」という行為である。IT技術者は日進月歩の最先端の技術に接している。新技術を乗り越えるということは、技術を理解するということと同じである。この技術の理解は、相手の性格がわかったときの人と人とのつきあい方とよく似ている。人間関係は「こう言うとどう返ってくるか」「こうしたらどう思われるか」を常に考えて行動することから始まる。あらかじめ相手の性格がわかっていると、安心してつき合えるし、心の許せる友ともなりうる。

相手が考えたことをそのまま口にする妖怪「やまわろ」。あなたの周りにもこういう人、いませんか?

ところが対人関係でも、理解できない振る舞いの人がいると混乱することとなる。いきなり逆上する人、こちらの話題に関心を示さない人、など、どうすればよいか途方に暮れることもある。昔話に「やまわろ」という人の心を読む妖怪がいて、「おまえは今怖いと思っただろう」と、人が考えたことをすべて当てていたのだが、人間がいろりに入れた栗がたまたま爆ぜてひどく驚き、「人間は恐ろしいやつだ。考えてもいないことをやる」と逃げてしまう話があるが、思いがけないもの、理解できないものには誰しも恐怖を覚える。

IT技術者にもまったく同じことがあてはまる。機能の構造化、オブジェクトなど、わかってしまえば自然に使いこなすことができる。ところがITにおいても、まったく理解できない技術的な絶壁のような断層にしばしば遭遇する。オブジェクトまではわかっても、マルチタスクを実現するためのリエントラント、リカーシブ構造のプログラムがどうしてもわからない、リスト構造が理解できない、など、人それぞれだが「超えられない技術の壁」が存在するはずである。しかしそれがいったんわかってしまうと、何事もなかったかのように使えるようになる。それは、理解したというよりも腑に落ちるという表現のほうが適切かもしれない。

若いうちの段差は、何となく、勉強や日々の会話で乗り越えることができる。ところが柔軟な頭を失った老体には、乗り越えることがきわめて困難になる。むしろその絶壁に近づくこと自体が恐怖となる。

メインフレーム育ちの筆者は、恥ずかしながらGUIを持ったUNIXが出てきたとき、ファイル構造すら理解できず、越えられない段差を感じた。しかし時代はよくなったもので、今では自分でUNIXを立ち上げて容易に触ることができる。触ってみれば段差は思ったより小さかった。そしていったんわかってしまえばノイマン型のコンピュータはどれも同じになってしまった。

このように段差に対する恐怖心をいかに押さえ、段差を確実に乗り越える能力が、IT技術者に求められる特性のひとつだと思う。乗り越える手段は人それぞれだし、そのやり方もさまざまだ。それゆえ、乗り越える手段のオプションを多く持っていることが、IT技術者として長く生きられる条件のひとつとなるだろう。経営者層のIT理解についても同じような断面がある。ただし経営者の場合、段差を乗り越える際にブルドーザーのような力を発揮する人が多い。それゆえ、経営者として生き残っているのだ。IT技術者はこれを見習ったほうがよい。

大きな段差を乗り越えたときの爽快感は、スクーターで夏の海辺を闊歩しているときとまさに同じだ。北海道のようにどこまでも続く平地を快走するのはもっと気持ちいい。ただし、ITの場合、いつその段差が出現するかはわからない。もしかしたら段差ではなく、深い穴かもしれない。技術者は、乗り越えるべき段差に備えることが常に必要なのだ。

何度乗り越えようとしても越えられない壁には、アプローチの方向を変えてみると驚くほどうまくいく場合がある。自分のやり方にこだわりすぎると、越えられるはずの壁も越えられなくなるのでご注意を

(イラスト ひのみえ)