漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

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イイテーマだ。大体このコラムのお題は「そんなことを俺に聞いてどうするんだ?」というものばかりなのだが、こう見えて私は歯医者と敗者には詳しい。

しかし、そんなものは何の自慢にもならない。「婚活歴30年の大ベテラン」「俺は消費者金融各社の金利には一家言ある」と言っているようなものであり、詳しければ詳しいほどダサい。

一番イケているのは「歯医者童貞」である。

そういう意味で言うと私は、今は亡き松方弘樹や梅宮の辰兄いに並ぶほどの歯医者性豪であり「乳歯の段階で通う」という早熟ぶりであった。

ちなみに今の歯医者は、基本的にまず患者を麻薬漬けにする治療方針だと思う。

もちろん麻薬というのは麻酔のことだ。字が半分同じだから大体同じようなものである。 つまり、ちょっとした治療でも今はとりあえず麻酔を打ってから削ったりすると思うが、四半世紀前ぐらいは、そんなにカジュアルにヤクは打たなかったような気がする。

つまり、多少の虫歯なら、ノー麻酔で歯を削られていた。

そんなもの、刃牙の愚地独歩とかがやることである。小学校低学年にやることではない。よって歯医者というのは昔よりもっと恐ろしい場所であった。

しかし、せっかくそんな恐怖体験をしてきたのに何故か「歯を大切にする」ということを学ばなかった。

ドブネズミですら電流とか流せば学ぶというのに、どうなっているのだろうか。

来世はドブネズミみたいに賢く美しく生きたい、リソダリソダ。

結果として、ここでも何度も書いているが、20代で入れ歯を勧められ、結局100万円以上のインプラントを含む治療費や、1年以上の通院をする羽目になってしまった。

すでに私には自前の歯がほとんどない、という歯だけサイボーグ状態である。せっかくだからサイコビームを出せるようにするとか、最低でも前歯4本に「F」「U」と「C」「K」という特に意味のないアルファベットでも彫ってもらえば良かった。

そうすれば、笑うだけで、コミュニケーションを断絶という形で完結させることができる。

「痛み」では学べなかった私も100万円という経済的制裁を受けて、やっと反省し、今は電動歯ブラシを購入したり、3カ月に1回定期健診を受けに行ったりと、昔に比べれば格段に歯に気を遣うようになった。

しかし、作り物の歯だって半永久というわけではない。定期的にまた治療が必要になってくるだろう。そのたびに時間と金がかかる。

全て自前の歯を大切にしておけばいらなかった出費だ。

よって私はコラムでも再三「歯は大事にしろ、そして映画デビルマンを見ろ」と啓蒙し続けているのである。

しかし、漠然と歯を大事にしないと大変なことになると言っても伝わらないと思うので、具体的にひどい目にあった話をしよう。

ぜひ歯医者童貞の人は、歯医者という名の女体がどれだけ恐ろしい物か知って、一生入らないようにしてほしい。

昔の歯医者は痛かった、と言ったが、正直「今でも痛い」のだ。

確かに、今の歯医者はすぐ患者をヤク漬けにするので治療中は痛くないのだが、まず麻酔の注射だって結構痛いのである。

そもそも歯茎に針を刺すこと自体正気の沙汰ではない。

そして、麻酔が切れたら当然痛みだす。「切れた時が地獄」というのは麻酔も麻薬も同じである。

インプラントもなかなかだったが、私が今まで受けた中で一番地獄度が高かった歯科治療は「フラップ手術」だ。ダントツで痛かった。

この「フラップ手術」というのは識者に言わせると「20代でこの手術をされるなんて幼稚園児がドモホルソリソクノレを勧められるようなもの」らしい。口の中というのは大事にしないと20代で70歳ぐらいになってしまうのである。

詳しいことはわからないが、とりあえず、歯茎を切り取り、歯根を露出させ、歯石など取り除き、歯茎を縫う、という手術だそうだ。

考えた奴は変態なのではないかと思うが本当にそういう治療法があるのだ。

だが当然、麻酔が切れた時が痛い。むしろ歯茎を切り取って痛くないならもはや死んでいると思う。

どのくらい痛かったかというと、歯医者に貰ったロキソニソだけでは足らず、カバンにあった何かよくわからない薬を全部飲んでしまったほどだ。

何かよくわからない薬とは何だ、と思うかもしれないが、部屋が汚い奴のカバンには何かよくわからない薬の1つや2つ入っているものなのである。

つまり痛みのあまり「狂った」ということだ。

大事にしないと、金を100万単位、時間を年単位で失い、発狂までしてしまうのが「歯」というものである。それが「磨く」という単純作業で守られるなら安い物ではないだろうか。