当コラムもついに連載100回目。というわけで、今回のテーマは「100回を振り返って」である。

この連載、担当の一身上の都合(異動)とやらで、開始から3分の2がクリエイター的なお題、後半の3分の1がIT用語をお題とした内容になっている。今やっているIT用語コラムの場合、10回に12回は用語の意味が1ミリも理解できない、という事故は起こるものの、少なくともこちらでIT用語の意味から考え出さなくていい。

しかし、こうして「このコラムについて書け」と言われると、突然手がかりゼロになる。何故なら当コラム、1回も内容があったことがないからだ。0に100をかけても0であり、無から有を生み出すのは不可能である。

執筆業における2年の変遷

それにしてもまず、100回も続いていたとは我ながら驚きだ。

世の中には2種類の連載がある。人気があって続くもの、なくて終わるもの、存在感がなさすぎて、終わらせるのさえ忘れて続くものだ。つまり、当コラムは3種類目である。そして、編集長などに存在を思い出された瞬間終わりを迎えるのであるが、まだ当コラムは忘れられたままのようだ。

1回目の日付を見ると2015年の3月、つまり約2年前になる。2年というのは、人がこの世から消えるにはちょうどいい月日、と言われているが、(周囲にとって)恐ろしいことにまだこの世にいるうえに、現状がびっくりするほど何も変わっていない。

まず、兼業漫画家の「兼業」は未だに取れていない。仕事の内容で言えば、漫画の仕事よりこのような文章の仕事の割合の方が増えてきたのは変化と言えるが、基本的にタダでなければどっちでもいいと思っているし、なんなら漫画や文章でなくてもいい。「金を払うから殴らせろ」と言われたら、相手の体格にもよるが、千円から「要相談」である。

それに漫画家やライターという仕事は、いかにもクリエイティブなように見えるかもしれないが、実は完全なルーティンだ。

漫画なら、話を考える→担当に見せる→担当に対する殺意→今月も殺せなかった後悔(ここが一番長い)→作画という一連の工程を締め切り内でやる。日々その繰り返しであり、全部の締め切りを終えたら1カ月が過ぎていて、もう次の締め切りが来ているという按配だ。

「今月は担当を殺すところから始めていい」というボーナスステージがないのはもちろん、「今回はトーンを貼るところからはじめよう」というイレギュラーはまずない。白紙にトーンから貼り始めたら、その漫画家は休ませたほうがいい。

ビジネスと「指毛の数え合い」

連載2年ということは、このコラムの担当との付き合いも2年になるのだが、驚くべきことに私も担当も存命である。毎月の工程が「担当に対する殺意→本当に殺す」だったら、担当は24人ぐらいになっているだろうし、返り討ちに遭う可能性もあるので、私が24人目の犠牲者になっていたかもしれない。何にしても、お互い気が長すぎるような気もする。

コラムを順に読むと、途中からブラウザゲームの「刀剣乱舞」にハマり、それについて書くときはやたらイキイキしているということが見てとれる。勢い余って30を過ぎてから同人誌発行デビューをしてしまったのだが、その処女作をイベントで売るにあたって、この担当に完全にプライベートで手伝ってもらったことがある。

同人誌というのは商業誌と違って、5億%自分さえ楽しければいいものを描いて良い場である。よって同人誌は「性癖の職務経歴書」と呼ばれ、同じ趣味の者にならいくらでも見せていいが、親兄弟、会社の人間等に見られたら、自ら命を絶つしかないという禁断の書である。

その担当には、私の描いた同人誌を渡した。平素から私は自分の本に関して「買って燃やして、また買え」と言っているので、担当も教えに従い、その同人誌を読まずに燃やした可能性は大いにある。燃やしていないなら、「貴様、何年俺の担当をやっている」と猛ビンタも辞さないが、何かの事故で(親を人質に取られるなど)読んでいる可能性もある。また、担当も「そちら方面」がわからない人間ではないようだ。だとすると、私は担当に指毛の本数さえ把握されたのと同じ状況にある。

ここまで読んで、担当とはさぞ打ち解けているのだろうと思われるかもしれないが、結論から言うと「会うと割と他人行儀」である。

つまり何が言いたいかというと、ビジネスシーンで仕事相手と打ち解けようとし、先方に指毛の数をそっと伝えたり、相手に自ら指毛を数えさせたりしても、そんなには仲良くなれない、ということである。むしろ距離が開く可能性の方が高い。

それよりは、取引先が語る天気、暑い寒い、嫁、子供、孫の話といった話を、つまらないとわかっていながら笑顔で聞いたりできる人間の方が、ビジネスマンとしては有能である。

この連載はまだ2年だが、兼業漫画家生活はもう8年だ。「そろそろ売れて会社を辞めないと死んでしまう」と年始に言い、年末に「売れなさすぎる」という生活を何年も続けてきたが、最近では「いくら何でも死ななさすぎる」と思うようになった。


<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集「ブス図鑑」(2016年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2017年2月28日(火)掲載予定です。