ドイツのプレミアムブランドであるBMWの一部車種で、フロントマスク中央の「キドニーグリル」が大きくなっている。スマートなイメージもあったBMWがなぜ、このようなデザインを取り入れ始めたのか。直近の状況やライバルの動向を踏まえながら考えてみた。

  • BMW「iX」

    BMWのトレードマーク「キドニーグリル」が巨大化! なぜ?(写真は電気自動車の「iX」)

相次ぐキドニーグリルの極大化

BMWのフロントマスクといえば、バンパー上の中央に「キドニーグリル」(キドニーは腎臓の意味)を据え、両脇に合わせて4灯のヘッドランプを並べる顔つきで親しまれてきた。

ところが、最近日本で発売となった一部の車種、具体的には2020年の「4シリーズ」、2021年のスポーツモデル「M3」「M4」、そして電気自動車(EV)の「iX」では、グリルがバンパー下端近くまで伸び、ナンバープレートがその中に収まる形になった。

  • 「4シリーズ」の2ドアクーペ

    「4シリーズ」の2ドアクーペ

「拡大」という表現では不足だと感じるので、この記事では「極大」という言葉を使わせていただくことにする。

振り返ると、以前からBMWのグリルは成長しつつあった。2019年にマイナーチェンジした最上級セダン「7シリーズ」、同じ年に発表となった最上級SUV「X7」はともに、バンパー中央を一段下げることでグリルを縦に伸ばした。7シリーズはグリルの面積を約40%拡大したと具体的な数字まで出していた。

  • BMW「X7」

    最上級SUV「X7」のグリルも縦に伸びていた

しかし、この2車種でさえも、一応グリルはバンパーの上で完結していた。ところが4シリーズやiXでは、その一線を超えてきたのである。

伏線はあった。2018年発表の「ビジョンiNEXT」、翌年お披露目された「コンセプト4」という2台のコンセプトカーは、いずれも極大グリルを備えていたからだ。この2台の市販型が、iXと4シリーズになる。

  • BMWのコンセプトカー「ビジョンiNEXT」

    BMWが2018年に発表したコンセプトカー「ビジョンiNEXT」。市販EV「iX」の原型といえるクルマだ

コンセプトカーの役目のひとつに、市販予定のデザインを事前に公開することで反響を見るというものがある。その結果、デザインが見直されることもある。しかし、ビジョンiNEXTとコンセプト4のグリルは、ほぼそのまま市販車に受け継がれた。肯定的な意見も多かったということなのだろう。

4シリーズの発売を伝えるプレスリリースではBMWのクーペの歴史の解説をしており、その中で「縦長のキドニーグリル」という言葉が何度も出てくる。

確かに、最近のキドニーグリルが横長だったのに対し、第2次世界大戦前の代表作であるスポーツカー「328」、世界一美しいクーペといわれた初代「6シリーズ」などは縦長だった。その頃のイメージを蘇らせたというのがBMWの主張だ。

  • BMW「328」

    BMW「328」は縦長のグリルだった

ただし、昔のキドニーグリルはヘッドランプとの間が空いており、グリル自体の幅は狭かった。また、グリルがフロントマスク下端まで伸びていたのは戦前の車種だけで、戦後は一貫してバンパーの上で完結していた。どちらも縦長だが、顔に占めるグリルの比率で見ると、初代6シリーズと現行4シリーズは大きく異なる。

「4シリーズ」と「iX」では理由が違う

さらにプレスリリースには、表情豊かなフロントビューによって独自のキャラクターを表現したとあり、大型化の理由として、大量の冷却用空気が必要なパワフルなエンジンの存在を挙げてもいる。

M3/M4は専用の高性能エンジンを積んでいるので理にかなった説明であるが、4シリーズのエンジンは3シリーズと基本的に同じであり、冷却性能の向上よりも、個性の強調が理由だったのではないかと考えている。

縦長のキドニーグリルという表現は、iXのプレスリリースにもある。ただし、EVでは冷却用の空気がわずかな量で済むことは認めており、グリルと呼んではいるものの穴は開いていない。その代わり、BMWではここにカメラやレーダーといった先進運転支援機構のための各種センサーを内蔵しており、「インテリジェンスパネル」と名付けている。センサー用のヒーターやクリーニングシステムもグリルに一体化されている。

  • BMW「iX」

    「iX」のグリルはセンサー類を内蔵する「インテリジェンスパネル」だ

これらのセンサーはBMWにとって新世代のもので、将来さらに広範囲にドライバーを支援する可能性も持たされているとのこと。「自動運転への道を切り開く」という表現もあり、将来の自動運転まで見据えたグリルといえそうだ。

つまり、4シリーズとiXで極大グリル採用の理由は違うし、7シリーズやX7の大型グリルとも異なっていることになる。

筆者はこうした理由とは別に、今後も成長が見込まれる中国などのアジア市場で、「大きく見えるデザイン」が好まれることが関係していると考えている。2021年のBMWとミニの販売実績を見ると、中国だけで84万6,237台、アジア全体では106万5,141台に達しており、ヨーロッパ全体の94万8,087台を上回っているからだ。加えて中国は、EVの世界最大の市場でもある。BMWはドイツのブランドだが、地域別で世界一となったマーケットの嗜好を取り入れるのは自然なことだろう。

通常サイズのまま進化する車種も

ただ、直近の状況を見ると、BMWには戸惑いがあるようにも感じている。その後に極大グリルを採用したのは2021年にドイツで発表されたEV「i4」くらいで、iXと同時に日本で公開されたEV「iX3」や、ドイツで発表された新型「2シリーズクーペ」は従来と同等のサイズだからだ。

  • BMW「iX3」

    「iX3」のグリルは従来通りのサイズといった感じ

i4は4シリーズ、iX3は「X3」のEV版という成り立ちなので理解できるとしても、4シリーズの弟分というべき2シリーズクーペが極大グリルにならなかったのは不思議だ。

BMWに先駆けてグリルを拡大したプレミアムブランドであるアウディとレクサスは、既存の車種もマイナーチェンジの際に造形を変えて、あっという間に全車をシングルフレームグリルやスピンドルグリルに統一した。しかし2021年にマイナーチェンジしたBMW「X3/X4」のグリルの大きさはほぼそのままだ。

理由として考えられるのは、アウディとレクサスはシングルフレームグリルやスピンドルグリル以前は特別な顔を持っていなかったのに対し、前述のようにBMWは戦前からキドニーグリルを採用していたことだ。歴史が長い分、この顔に馴染みのある人は多い。それが性急な転換を留まらせているのかもしれない。

フォルクスワーゲンの「ワッペングリル」のように、ブランド全体に展開しようとしたが人気が得られず、短期間で消滅した例もある。

BMWの極大キドニーグリルも、現時点では4シリーズとその派生車種、iXくらいにしか採用していないところが気になる。個人的には初代6シリーズのようなスマートな姿が好みなので、これ以上極大化に走ってほしくないという気持ちだ。