衛星を使った位置情報システム「GPS(Global Positioning System)」は米軍のシステムで、カーナビゲーション(カーナビ)に広く使われてきたが、これに代わる民間利用を目的とする「GNSS(Global Navigation Satellite System)」が各国で開発が進んでいる。基本特性としてGPSよりもGNSSの方が位置精度は高い。

このほどスイスの通信用半導体ファブレス企業u-bloxは、慣性センサと組み合わせて屋内やトンネル内でもクルマの位置を追跡できるGNSS+GPS対応チップ「EVA-M8E」のサンプル出荷を日本でも始めた。今年の暮れには量産に入る計画だ。

GPSは米軍仕様のため、位置精度を±数百メートル、とわざと緩くしている。このため実用上は、地上に参照局を設置し、衛星からの信号と参照局との信号の差を取り精度を高めるディファレンシャルGPS方式をとっている。このためトンネルや屋内など参照局からの信号も入りにくい環境になると、位置精度はとれなくなる。そのため、もともとの衛星からの位置精度の高い信号を送るシステムが望まれていた。

GNSSは世界各地で開発されており、欧州では「GALILEO」、ロシアでは「GLONASS」、中国では「北斗(BeiDou)」、日本でも準天頂衛星測位衛星「みちびき(QZSS)」が開発されている。ただ、現在商用化されているものはGLONASSだけであるが、これは衛星を4個以上打ち上げなければならないためだ。衛星による位置測定では、地上のX、Y、Z方向の位置(緯度、経度、高度)を測定し、さらに衛星との時間tのずれがあるため、4つの変数を解く方程式、すなわち4元連立方程式を解かなければならないため、最低4個の衛星からの信号が必要になる。日本ではすでに1基は打ち上げられているが、残りも打ち上げない限り本当の実用にはならない。今はGPSと連動しながら使っている。

同じGNSSでも受信装置が小型になればなるほど、アンテナも小さくなり感度は落ちやすくなる。取り付け場所の違いでも電波が入りにくいところだとやはり感度は下がる。衛星からの信号だけでは、高層ビルや狭い道路などが多い場所だと電波が入りにくいうえに、入るとしてもビルの壁に反射して、時間差で受信されるマルチパスが発生し信号の遅延があり精度が劣化する。さらにトンネルに入ってしまうと電波はまったく入ってこない。このため、慣性センサと一緒に使うことで、精度の劣化を補ったのが、u-bloxの製品だ。

u-bloxはトンネル内だけではなく、衛星からの信号が入りにくくマルチパスが起きやすい高層ビルが集まっているシンガポールや東京で実証実験をしている(図1)。慣性センサとの組み合わせで、トンネル内や高層ビルでの精度はより高まっている。

図1 従来のGNSSモジュールと比べ精度が上がった (出典:u-blox)

u-bloxが使った慣性センサは、3軸(X、Y、Z)の加速度センサと3軸のジャイロセンサからなる合計6軸センサである。加速度はX、Y、Zの直線方向、ジャイロスコープはそれぞれの面における回転方向を検出するセンサ。これを使えば、トンネルに入る直前のクルマの位置からどれだけずれて行ったかをこの2つのセンサで追跡する。直線だとX-Y面での方向、道路が曲がっていればジャイロでどの程度曲がっているかを検出できる。トンネルの出口では衛星からの信号による位置も加味すれば、追跡経路とスムーズにつなげることができる。

u-bloxは今年の2月にGNSSエンジンチップと慣性センサを1パッケージに入れた製品「NEO-M8U」を発売していたが、今回はセンサを外し、チップだけの「EVA-M8E」という製品のサンプル出荷を始めた(図2)。チップを慣性センサと別にすることで取り付けの自由度が増し、取り付けた後のキャリブレーションがしやすい。センサを外付けする方がボード上にフレキシブルに部品を置けるとしている。今回はLGAパッケージに封止した7mm×7mm×1.1mmのチップであるが、別チップにしたことで、純正品市場だけではなく、クルマのアフターマーケットも狙える。プロフェッショナルグレード(産業向け環境に設計・テスト済み)を満たしているという。

図2 2016年2月に発売したモジュールと同じチップだが、慣性センサを外付けにした (出典:u-blox)

チップのエンジニアリングサンプル出荷と同時に、評価キット「EVK-M8U」とアンテナを内蔵したリファレンスデザインボード「C93-M8E」(図3)も販売する。ただ、今の段階では水晶発振器ベースのシステムだが、量産時にはTCXOベースのシステムにする計画だ。

図3 評価キットやリファレンスデザインで設計を容易にする。写真はリファレンスデザインボード「C93-M8E」 (出典:u-blox)

同社は、今回のチップはデフォルトでGPSとGLONASSの受信にセットされているが、他の組み合わせも可能だという。地域によっては、例えば中国・ロシア向けにBeiDouとGLONASSとの組み合わせも可能だとしている。それもソフトウエア無線(Software-defined radio)でモデム方式を切り替えることができるようだ。

もともとu-bloxは、1997年にスイス連邦工科大学チューリッヒ校をスピンオフして誕生した大学発ベンチャーであるが、当初のGPS製品から派生してWi-FiやBluetooth、さらに3GやHSPA、LTEなどのモバイル無線へと手を広げてきた。2012年にはLTEのソフトウェア無線のIPベンダである英Cognovoを買収し、2014年にはBluetoothを手がけるスウェーデンConnectBlueを買収するなど、買収によって自らのポートフォリオを広げてきた。このため、ソフトウェア無線技術も持っている。

ソフトウェア無線技術は、異なるモデム方式をソフトウェアの切り替えで簡単に変えることのできる技術。ソフトウェアはフラッシュメモリなどに格納していればよいため、国や地域でモデム方式が違ってもソフトの切り替えだけでモデムを変更できる。周波数の違いに対しても広帯域のRF回路とフィルタを用意しておけば、これも周波数が国や地域で変わっても簡単に切り替えられる。

GPSやGNSSはL1/L2バンド(周波数1.5GHz/1.2GHz)の周波数帯を使うが、この周波数帯を使ったクルマの応用として、u-bloxは衛星位置検出に加え、盗難防止の車両警報システムやドライブレコーダー、スピード測定用のレーダー探知機、ETC(自動料金収受システム)などへの応用もあると見込んでいる。