クルマの先進運転支援システムADASの最終目標は自動運転だろう。その時は、運転免許証は意味を持たなくなり、自動車学校は廃校になる。警察の仕組みが変わり、クルマ情報のサービスプロバイダが活躍する。個人がクルマを持つのではなく、いつでもどこでもクルマを借りられるレンタカーシステムが中心になるかもしれない。自動運転車は、技術的に力ずくで開発すればできるだろうが、上で述べた社会的な問題が山積しており実現する日はそれほど近くない。技術はむしろ、コスト的に見合う方法で、しっかり築いていけばよい。このような状況で、ルネサスエレクトロニクスは、ADASシステムに向けた新しいシステムLSIを発表した。

画像合成・認識・グラフィックス描画を同時処理

この新製品「R-Car V2H」は、サラウンドビューモニターから一歩進んで、周辺の人間やバイク、自転車などを自動的に認識・検出、ドライバーに警告を与えることができる。それも時速50~60kmで走らせながら、クルマを斜め上から常に見て人間や走行中のバイクをリアルタイムで検出できる(図1)。このLSIは、4台のカメラからの映像を合成するだけではなく、視点変換、人間やバイクなどの画像認識、画像描画をリアルタイムで同時に実行する。

図1 クルマの周囲の人間・バイクを検出 (出典:ルネサス エレクトロニクス発表資料)

このチップでは、外を歩いている人やバイクなどの物体を画像認識し、四角などで囲むという描画も含まれているが、その認識のアルゴリズムを採り入れるのに、オープンソースのソフトウェアライブラリ「OpenCV」を利用する。これに準拠した画像認識用ライブラリを揃えることで、ソフトウェアの開発効率を上げることができる。

GreenHillsのRTOSを採用

このシステムLSIを動かすOSには、マルチコア設計ツールで実績を持ち、セキュリティのしっかりした、GreenHillsのRT(リアルタイム)OS「Integrity」を採用している。Integrityは信頼性・セキュリティが高く、しかも自動車用機能安全規格「ISO26262」を取得している。自動車向けのOSとしてはピッタリの特性を持つ。

図2 開発環境とソリューション。緑色の部分をGreenHillsが提供 (出典:ルネサス エレクトロニクス発表資料)

しかもGreenHillsは、マイコン用ソフトウェア開発ツールである「MULTI」もサポートしている(図2)。このソフトはコンパイラの最適化ができ、デバッグ能力も高いと言われている。さらに、IntegrityはBSP(Board Support Package)というボード上のメモリの初期化やシリアルインタフェースやEthernet、フラッシュメモリのプログラミングなどボード上のデバイスもサポートしている。このため、これらのソフトウェアも合わせた統合開発環境をGreenHillsが提供する。このツールを使いR-Car V2Hのソフト開発を効率よく行うことができ、開発期間の短縮が可能だ。

このR-Car V2Hチップには、ARM Cortex-A15のデュアルコアや、画像認識コア「IMP-X4」、3次元グラフィックスコア「POWERVR SGX531」、視点変換コア「IMR」、H.264やMotion JPEGのビデオコーデック、6チャンネルのビデオ入力回路、EthernetAVBインタフェースなどを集積している(図3)。

図3 さまざまな機能のコアを集積 (出典:ルネサス エレクトロニクス発表資料)

それぞれのコアの性能も上がっている。例えば、画像認識のIMP-X4コアは最初のIMPであるSH77650と比べると性能は24倍と高く(図4)、4画面同時認識が可能となっている。さらにOpenCVに対応した画像認識ライブラリは当初のIMPが236関数だったのに対して、IMP-X4コアは400関数にもなっている。このライブラリを使ってユーザーが使いたいアルゴリズムを実装することができる。

図4 前世代とは4倍、最初の世代とは24倍も高性能に (出典:ルネサス エレクトロニクス発表資料)

視点切り替えるサラウンドビューモニター

サラウンドビューモニターでは4台のカメラからの映像を合成するが、カメラでは死角をなくすために魚眼レンズを使って視野を広げる。その場合は歪んだ画像を直交座標に変換する必要がある。そのアルゴリズムも実装されている。これまでのサラウンドビューモニターでは、クルマの真上から見るように視点を定めているが、クルマの真上ではなく、後ろ35度から眺めたり(図5)、前35度から眺めたりするように視点を変換する機能もある。

図5 後ろ35度から見たクルマ (出典:ルネサス エレクトロニクス発表資料)

ルネサスはこのチップの発表会において、従来のサラウンドビューモニターと映像を比較するデモを行った。従来の映像は、SH7766チップを使い、VGA(640×480画素)映像でアナログ接続のNTSC信号である。これに対して、今回のチップではHD(1280×720画素)カメラで、デジタルのLVDSインタフェースで映像をモニターした。モニターには3つの画面を写し出し、それぞれ10秒ごとに視点を切り替える映像を映した。カメラには160度見渡せる魚眼レンズを用いて座標変換している。カメラの出力をEthernetではなくLVDSを用いたのは、まだEthernetインタフェースを持つ小型カメラがないからだという。

このチップは、TSMCの28nmデザインを利用する。上記のデモを行うのに消費した電力はボード上で5~6W、チップだけなら1.75Wだとしている。

130社以上のエコシステム

ルネサスの執行役員常務兼第一ソリューション事業本部長の大村隆司氏によると、R-CarシステムLSIの開発には、サードパーティも含め、130社のパートナー企業がいるという。こういったパートナー企業と一緒に開発するエコシステムを利用した製品をプラットフォーム戦略と呼び、仲間の企業同士でウィン-ウィンの関係を築いていく。これぞ、世界の半導体企業の勝ちパターンである。ルネサスは、クルマ用の半導体市場において、着実に地歩を固めている。