ルネサス テクノロジが8月末に発表した、カーナビゲーション向けマルチコアプロセッサは65nmという最先端のプロセス技術を使っている。これまでのカーエレクトロニクスでは最先端のプロセス技術で作られた半導体ICはほとんどなかった。自動車は高い信頼性を要求するため、枯れた技術を使うことが多い。特に、エンジン回りでは最先端の微細なチップは今でもほとんど使われていない。

今回の65nmプロセス採用プロセッサは、カーナビという命に係るわけではない応用にまず入り込んできた。カーナビが使われる環境は真夏の室内温度に耐えるようなICでなくてはならない。クルマ応用では命にかかわるミッションクリティカルな機器では、冗長構成をとることが多い。全く同じシステムを一つのECU(電子制御ユニット)の中に搭載し、一方が故障してももう一方が正常に動いているという状態を作り出す。こういった冗長構成システムは銀行業務や鉄道業務などミッションクリティカルなコンピュータシステムではよく使われている。コストダウンが要求されるカーエレクトロニクスの世界でも当面は冗長構成で、安全が確認されたらシングル構成に設計変更するということも行われている。

カーエレクトロニクスの世界でも最先端の半導体技術を使う時代になってきた。用途はカーナビゲーションだが、ここに最先端の技術を採用したデュアルコアプロセッサ「SH7786」をルネサスが10月からサンプル出荷する。最先端技術には65nmプロセスだけではなく、対称型・非対称型の両方に対応するマルチコアアーキテクチャや、最高速のDDR3のDRAMインタフェース、PCI Expressバスインタフェースも含んでいる。

今回ルネサスが発表した最先端プロセス採用のデュアルコアプロセッサはエンジンルームではなく室内近くに設置され、しかも命にかかわらない用途で使われるため、65nmという最先端のプロセスが使われた。ただし、このプロセッサは後述するかなりの高機能を含むため、カーナビというよりカーコンピュータの頭脳と位置づけられる。

ルネサスはこの最先端デュアルコアプロセッサだけではなく、同じ車載用途でもこれほどの高性能を必要としないボディ系には16ビットのR8Cフラッシュマイコンで対応する。車載センサは取り扱わないが、センサからのインタフェースやA/DもしくはD/Aコンバータなどのミクストシグナル回路などはマイコンやSoCに取り込み、ソフトウェアも含めて車載のシステムソリューションとして顧客の開発システムをサポートする考えだ。これにより、車載用半導体で現在世界市場シェア4位からさらに上を目指す。

「SH7786」の発表会に登壇したルネサス テクノロジ 業務執行役員マイコン統括本部副本部長 三木務氏

今回、発表されたSH7786は、ハイエンドのカーナビ用デュアルコアプロセッサであって、カーナビで地上デジタル放送や携帯音楽プレーヤ、CD/DVD、SDカード音楽・映像再生といったマルチメディア機能だけではなく、ETC(自動電子課金システム)やBluetooth、これからのWiMAX(無線LANのデータレートを維持したままカバー範囲を数kmまで広げる新しい通信方式)などとの接続性、さらにはパーキングアシスト情報やカメラの死角改善、画像認識などの運転支援機能などにも使える。

すなわちこれからのカーナビはナビゲーション専用というよりカーコンピュータに近づいていく。マルチコアを使い、カーコンピュータの処理能力を高めることは、より安全なクルマを指向する使われ方になる。例えば、WiMAXを利用し、渋滞情報や故障車情報、緊急車両接近情報、路面情報などに関する映像を道路から走行中のクルマにリアルタイムで送ることができる。これにより道路情報をリアルタイムで映像として知ることができる。その映像処理に今回のSH7786は威力を発揮する。従来のプロセッサの能力では、ここまでの情報は処理できない。

スーパースケーラ型のパイプラインアーキテクチャに加え、デュアルコア方式にして並列度を上げた。性能としては、533MHzの周波数で960MIPS(million instructions per second)の性能を持つSH-4コアを2個搭載し、1920MIPSを実現している。対称型のマルチコアアーキテクチャは、OSを共用し共有メモリを使うが、非対称型の応用ではCPUコアは決まったメモリしかアクセスできないようにアクセスを監視している。

画像や映像の大量の表示や転送には、高速のデータレートが必要となるが、533MHzで動作する専用の32ビットバスを搭載しているため最大4.27GB/秒と高速のDDR3メモリにも対応できる。この結果、高精細な高画質を表示できる。

「SH7786」のシステムイメージ

また、PCI Expressインタフェースも搭載しており、最大800MB/秒の高速データを外部とやりとりできる。特にPCI Expressインタフェースを搭載した外部グラフィックスLSIとやり取りできるため、カーナビのディスプレイにリアリスティックな3次元画像を素早く表示できる。

チップの外部にFPGAなどでPCI Expressインタフェース回路を設けると、DVDやHDDから3次元映像や画像データをPCI Expressバスを通してグラフィックスICからディスプレイに表示できる。実際の映像に加え、3Dグラフィックス画像も高速に表示できることは、交通情報を表す手段が幅広くなる。

PCI Expressとは、全二重方式の高速シリアルインタフェースで、差動信号のペアを1レーンとして送信、受信を分離する。PCI Express 2.0では1レーン当たり2.5Gbps、送受信合計で5Gbpsの高速伝送ができる。このレーンを2個束ねた2レーンだとデータレートはその2倍となる。このチップでは、マルチレーン構成が可能で、4レーン+1レーン構成か、2レーン+1レーン+1レーン構成を選択できる。

現在のクルマは、ワイヤハーネスが数十kgにも及び、燃費を悪くしているため、ワイヤを少しでも軽くしたい。高速映像、高速画像伝送に数十本もの並列配線などはもってのほか。2本のワイヤで済ませるに越したことはない。だから2本のシリアル伝送ができるPCI Expressがクルマ内の通信に必要となるのだ。これまでのCANやLINなどは遅すぎて映像、3D画像などは送れない。FlexRayでようやく10Mbpsだからこれでも遅い。PCI Expressは車内通信にもってこいの規格ともいえる。