カーエレクトロニクスは、これまでの「走る・曲がる・止まる」といったクルマの基本機能や便利・快適などの居住性から、賢いクルマ、すなわちスマートカーへと進化し続けている。最終的には事故を防ぐことができるようになる。クルマを賢くするには人間と同様、記憶するメモリやストレージを多用することになる。そこで、Western Digital(SanDisk部門)は、NAND型フラッシュメモリがこれからはクルマ分野に使われるだろうとみている。「第10回 カーエレクトロニクス技術展」ではSUPER GT 2018年シリーズのオフィシャルスポンサーであると訴求していた(図1)。

  • クルマがNANDフラッシュの新市場であると訴求していたWestern Digital
  • 「第10回 カーエレクトロニクス技術展」で訴求のために展示されていた看板
  • 図1 クルマがNANDフラッシュの新市場であると訴求していたWestern Digital

「これまでは、応用機器に合わせてチップを設計するだけだった。しかし、クルマの世界では、クラウド、ネットワークインフラ、クライアント、IoTという広い範囲にわたって端から端までチップが必要になってくる」と同社Embedded & Integrated Solutions部門Product Marketing, Senior DirectorのOded Sagee氏は語る(図2)。

  • Oded Sagee氏

    図2 Western Digital,Embedded & Integrated Solutions部門Product Marketing, Senior DirectorのOded Sagee氏

ところが、クルマの情報処理にはリアルタイム性が求められる。クラウドとネットワークとクルマはつながるとはいえ、ミッションクリティカルな処理はリアルタイムがマストである(図3)。そのために必要なメモリやストレージは手元に置きたい。だからクルマにストレージがもっと多く必要とされるのである。

  • クラウドではリアルタイム処理は難しい

    図3 クラウドではリアルタイム処理は難しい (出典:Western Digital)

NANDを製造するWestern Digital(旧SanDisk)は、設計から製造、アセンブリ、テストまで1つの会社が手掛ける垂直統合(IDM)の企業である。シリコンウェハのプロセスは日本の工場で、アセンブリはアジアで行うが、すべての工程を自社内で行っている。OSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)には依頼していない。また、NANDを動作させるための独自のASICを開発し、フラッシュメモリを制御してきた。垂直統合だからこそ、品質や信頼性を社内で管理できるとする。

自動車用のオートグレードとは、もちろん品質と信頼性が第1であり、いろいろな標準規格に準拠することも多い。また環境試験の中では特に温度が重要で、使用温度範囲をもっと広くしたいという要求も強い。さらに例えば低温で書き込み、高温で読み出す場合のデータインテグリティも重要になる。書き換え回数、すなわちエンデュアランスもアプリケーションごとに違ってくる。

NANDのクルマ応用はこれから

クルマは、信頼性・品質管理に敏感であり、またサポートも重要だ。クルマの市場は、NANDにとって、これからが有効な機会になりうるという。データがますます増えていき、クルマは外とつながり、自律的に動くようになるからだ。そうなるとデバイスのデータが価値の中心になってくる。加えて、これまではモバイルがイノベーションをけん引していたが、これからはクルマがイノベーションをけん引するとみる。

その理由をSagee氏は次のように語る。「クルマの市場でデータが大量に発生するとなると、データを保管する必要が出てくる。それがフラッシュメモリだ。ただし、車載と言っても製品ポートフォリオは広い。自動車グレードの製品から、少し緩い信頼性レベル、あるいは産業用並みの製品もある。しかしフォームファクタ(形状)は同じである」。

Western Digitalにおけるストレージ製品のクルマ市場の比率はまだ低い。コンピュータ用途や組み込みシステム、特にモバイルが最大の市場であるが、これからは自動車が大きくなることを同社は期待している。特にコネクテッドカー市場になると、組み込み、SSD、クルマ用途、HDDなどではフォームファクタがまったく違ったものになるという。

クルマのストレージは2019年に1TBへ

今の車載のストレージではHDDが圧倒的に多いが、今後は端から端までフラッシュメモリが使われるようになるとみている。しかも現在の車載のストレージはカーナビゲーションが主体だが、「2019年には最大1TBのストレージが組み込まれるクルマが出てくるだろう。カーナビだけで実現されるのではなく、メータークラスタやADASシステム、ADASのブラックボックス(記録装置)、ゲートウェイなどのストレージを合計する形での実現となる」とする。

将来のクルマ市場におけるストレージについての期待は大きい。「クルマはいくつかの次元で進化していくだろう。初期のレベル3か4のコネクテッドカーは、まだ自動運転とは言えないが、それでも生み出されるデータの量から考えればストレージへのニーズが高まってくる。そこからさらに完全自動運転になると、リアルタイムでデータを分析するわけだが、その際、大量のデータを捕捉し、保存しておく必要も出てくる。さらにクルマを別の軸でみると、消費者向けの乗用車(マイカー)と、商用の輸送車両(フリート)に分けられ、それぞれが自動運転に対応することになる。フリートは1日あたり最大20時間分の走行データが生じ、それを使ってマネタイズする必要がある。こうなると1TBを超えるデータが簡単に発生するだろう」と同氏は語る。

ストレージの増大を招くデータの増大

さらにこれからのクルマを考えると、コネクテッドカーや自動運転車などが登場し、IoT機器としてインターネットにつながることで、クルマとクラウドがつながり、そのうえでさまざまなサービスが行われることとなるため、クルマとネットの間を膨大なデータが行き来することになる。さらに、それらの情報はクルマの中でも独自に処理される必要がある。クルマの各ECUの目的は違っても、自動運転車や自律ドローン、セキュリティカーなどは、演算能力が上がれば、より高度な判断をリアルタイムで処理できるようになる。同時にストレージ容量が増大するためにバイト単価は安くなる。インフラのクラウド側でビッグデータを活用し学習・分析し、クライアント側(クルマ)で推論を実行するようになる。こういった考えはクルマのデータ増大とストレージの増大につながる。

しかしネットワーク越しにクラウドで大量のデータを分析しようすれば、通信帯域の問題が生じることとなり、どうしても限界が出てくる。そのため、クルマの「走る・止まる・曲がる」という基本操作をリアルタイムで実行し続けるためには、クラウド側ではなくクルマ側でストレージ(フラッシュメモリ)を持つ必要が出てくる。そうすることで、クラウドやインフラの限界を解決できる。これまでのクルマにおけるローカルアプリケーションは、レイヤは1つで単純であったが、端から端まであらゆるレイヤのデータをカバーするとなると、レイヤごとにデータを扱わなければならなくなる。つまり、ここでもデータは増えていく。

車内のデータはすべてのクルマで平等に生まれてくるから、それを走行判断に使うほか、お金を稼ぐビジネスモデルに使ったりするビジネスの誕生も期待できるようになる。そのようなデータをいちいちクラウドに上げるわけにはいかない。だからローカル、すなわちクルマでのストレージはますます増加することになる。

現在のクルマでカーナビを設計する場合は、せいぜいADAS(先進ドライバ支援システム)やクラスタ、OTA(Over the air)、ゲートウェイなどに対応すればよい。しかし完全自動運転になると、ストレージ容量はさらに増大する。例えば、安全性を重視した商用車の自律システムを考えた場合、1つのソリューションごとに冗長性も持たせたものにする、という方法をとる必要があれば、さらにストレージは増える、といった具合だ。

テクノロジーとコストとの間に生じるギャップ

将来の自動車では、ミッションクリティカルなシステムが複数含まれるようになる。ADASや自動運転でそうした要求が出てくるため、基本的なテクノロジーと新しいテクノロジーとの間にギャップが生まれるようになる(図4)。

一方で、いまだに量産車市場は安くしたいという要求が強い。クルマメーカーはさまざまな利用シーンを想定し、クルマのコストを考えるわけだが、ストレージの容量を増やすのか、あるいは冗長性を高めるのか、常にコストを見積もりながら最適解を見つけなければならない。クリティカルではない部分では冗長性は必要ないが、ユースケースとコストについて市場とともに議論し協力して最適解を見つけなければならない。

  • クルマ仕様の厳しい要求とコストとの間にギャップが存在する

    図4 クルマ仕様の厳しい要求とコストとの間にギャップが存在する (出典:Western Digital)

将来のソリューションを実現しようする場合、アプリケーションレベルとNANDレベルの間に大きなギャップができても、Western DigitalはNANDのことを熟知しているうえに、システムレベルのASICやファームウェアも理解しているという強みを武器に、最適な解をカスタマに提供できるという(図5)。例えば、使用する容量としては64GBで十分であっても、冗長性や素子寿命を考えれば128GB分の容量を用意しつつ、64GBとして提供しなければならない場合もありうる。このような場合、カスタマの要求とコストとのギャップを理解しているからこそ、冗長性がどの程度必要なのか最適解を見つけることができるとする。

  • ギャップを埋めるのがWestern Digitalのストレージ技術

    図5 ギャップを埋めるのがWestern Digitalのストレージ技術 (出典:Western Digital)

これからのクルマにはエレクトロニクスがますます使われるようになる。例えば、消費者が乗る乗用車は1日2時間程度だが、上述のように商用の運送トラックだと1日20時間の走行となり、それぞれにマッチした使われ方の最適化も考えなければならない。

さらに、クラウド、インフラ、ネットワークそしてクルマがつながり、それぞれからどういったデータの使われ方をしているのかがわかれば、性能、パッケージなども定義することが可能となる。時にはSSDとHDDのスタックといった解もありうるだろうし、将来のクルマシステムでは、そうした使われ方と仕様との最適化をできる企業が先端を行く可能性が高い。

垂直統合からエコシステムへ

自動車産業は、これまでOEM、ティア1、ティア2/3といった垂直構造だったため、部品メーカーはECUなどのティア1メーカーとディスカッションをすることでビジネスを行ってきた。しかし、今は未来のクルマを見据え、エコシステムを構築する時代に入ったといえる。サービスプロバイダがテクノロジーを定義し、サービスを提供する。彼らはストレージも理解しなければならない。一方でOEMもサービスを提供するビジネスモデルを考えているかもしれない。エコシステムでのディスカッションは、自社を最も有利な地位に導くカギとなるだろう。