ついに決まったアリアン6の構成

産業界からアリアン6.1、6.2の案が発表された後、2014年9月に欧州宇宙機関(ESA)とフランス宇宙研究センター(CNES)、ドイツ航空宇宙センター(DLR)、そしてエアバス社とサフラン社は話し合いの場を持ち、アリアン6の構成がある程度固められた。そして同年12月2日に開催されたESAの閣僚会議において、アリアン6の開発が正式に決定された。

最終的に決定されたのはA64とA62と呼ばれる構成だ。A64もA62も、第1段にはヴァルカン2ロケットエンジンを、第2段にはヴィンチ・エンジンを持つ。そして第1段の下部に固体ロケットブースターをA64は4基、A62は2基装備する。基本的にはエアバス社とサフラン社が出したアリアン6.1、6.2案をなぞった形となり、かつての固体ロケットの第1段と第2段を持ち、「ロケット1機につき衛星1機」の方針を採っていたCNES案は、跡形も無く消えている。アリアン5を設計し直したようなロケット、あるいは日本のH-IIAロケットを大型化したようなロケット、と言った方が例えとしては適切かもしれない。

打ち上げ能力は、A64が静止トランスファー軌道に10.5tで、これは中型の静止衛星を2機、あるいは大型と中型の静止衛星で2機の同時打ち上げが可能な性能だ。一方のA62は静止トランスファー軌道に5.0tで、中型の静止衛星1機か、もしくは地球低軌道や太陽同期軌道への打ち上げなどに適した性能を持つ。

打ち上げ費用は、A64が8,500万ユーロで、衛星の2機同時打ち上げが可能なことから、衛星1機あたりはおよそこの半額となる。一方のA62は6,500万ユーロを目指すという。実現すればファルコン9と十分戦える価格だ。初打ち上げは2020年に予定されている。

アリアン6のA64の想像図 (C)ESA

アリアン6のA62とA64の想像図 (C)ESA

左から、アリアン5 ME、アリアン6 A62、アリアン6 A62 (C)ESA

フランス主導からフランス単独での開発へ

このアリアン6を巡る動乱においては、ロケットの姿かたちの変化と同じぐらいに注目すべきことがある。それは開発と運用体制の変化だ。

これまでのアリアン・ロケットは、開発費負担に応じて、欧州の各国に開発を分担させる仕組みが採られていた。例えばアリアン5は、フランスを筆頭にドイツ、イタリア、スイスの企業が開発や製造に参加しており、さらにその下請けの部品製造まで含めると、英国、オランダ、スウェーデン、ベルギーといった国々の企業も関わっている。

各国から開発費を集めて造る以上は当然のことではあるが、同じ欧州の中とはいえ、異なる国がいくつも集まって1つのものを造るというのは難しく、設計に必要以上の余裕を持たせたり、あまり高い技術を必要としない設計にしたりといった配慮が必要になる。当然、高性能さも追求できない。

例えばアリアン5の第1段エンジンのヴァルカンは、比較的構造が簡単なガス・ジェネレーター・サイクルと呼ばれる仕組みを採用している。ヴァルカンだけでも8カ国に分かれた企業が開発に参加していたため、性能よりも開発のしやすさを重視せざるを得なかったのだ。ちなみに、日本で同時期に開発されたH-IIロケットの第1段エンジンのLE-7は、二段燃焼サイクルと呼ばれる仕組みを採用した。これはガス・ジェネレーター・サイクルよりも開発は難しいが、高い性能が出せる。LE-7は日本国内の、それも三菱重工業と石川島播磨重工業の2社が主に開発を手掛けたことで、ヴァルカンのような配慮は必要なかったわけだ。

余談だが、H-IIの開発を指揮した五代富文氏の著書によれば、欧州側の専門家が「もしアリアン5にLE-7を装着できたなら」という仮定で計算したところ、打ち上げ能力が2割も向上することが分かったという。

こうした無駄の多い開発体制では、ファルコン9に勝てるような国際競争力のあるロケットは造れないというのが、産業側の考えであった。エアバス社とサフラン社が立ち上がった背景にはこうした事情がある。

また最近の報道では、エアバス・サフラン・ローンチャーズ社は現在、アリアンスペース社の株のうち41%を保有しているが、CNESが持っている34%を買い、最終的にアリアンスペース社を買収する計画だという。そうなればアリアン6の開発も、製造も、そして運用も、エアバス・サフラン・ローンチャーズ社が行うということになる。エアバス社もサフラン社もフランスの企業で、エアバス・サフラン・ローンチャーズ社ももちろんフランスだ。つまりアリアン6は、「欧州のロケット」と言うより、「フランスのロケット」と言った方が適切な機体になるだろう。

ファルコン9を迎え撃てるか

アリアン6は、すでに設計が古くなりつつあるアリアン5を代替する意味でも、また現在のアリアンスペース社、ひいてはフランス・欧州の、宇宙開発や商業打ち上げ市場における地位を維持するためにも重要なロケットとなる。しかし、その未来は磐石ではない。

現在、質量が6t以上もある大型の静止衛星の打ち上げができるのは、アリアン5の他にはロシアのプロトーンMロケットしかない。だがプロトーンMは近年失敗が続いており、信頼性は失われている。一方、価格面を中心に最大のライヴァルとなるであろうファルコン9は、3tから5tほどの中型の静止衛星を打ち上げられる能力しかない。つまり大型の静止衛星に関しては、アリアン5やアリアン6の独壇場となる可能性が残されている。

しかし、それは確実ではない。スペースX社にはファルコン・ヘヴィという、ファルコン9の第1段を3基束ねた超大型ロケットの開発構想がある。ファルコン・ヘヴィは静止トランスファー軌道であれば10t以上の打ち上げ能力を持ち、順調に行けば2015年中にも初打ち上げが行われる見通しだ。もしファルコン・ヘヴィが完成し、静止衛星の2機同時打ち上げを行うようなら、アリアン5 MEやアリアン6のA64構成と真っ向勝負することになる。

また、ファルコン9もファルコン・ヘヴィも、さらなるコストダウンを狙い、機体を再使用するための研究が行われている(詳しくは「隼は舞い降りられるか? - 再使用ロケットに賭けるスペースXの野望と挑戦」を参照)。もしスペースX社がロケットの再使用と低コスト化に成功すれば、アリアン6に価格面で勝ち目は無い。もし仮にファルコン・ヘヴィの開発がうまく行かなくても、静止衛星の市場のトレンドは、ファルコン9に適合した大きさと質量の衛星へと一気に流れるだろう。もちろんファルコン・ヘヴィと、再使用による低コスト化の両方の実用化が成功すれば、さらに状況は悪くなる。

ファルコン9ロケット (C)SpaceX

打ち上げ後、地球に帰還したファルコン9ロケットの第1段機体(想像図) (C)SpaceX

もっとも今年に入り、CNESはロケット再使用化の開発を始めている。ESAやCNESは以前から再使用ロケットの検討を進めてはいたが、このタイミングで本格的な開発に乗り出した理由は、ファルコン9の再使用化に対抗したものだろう。ただ、アリアン6が実際に機体の再使用を行うかは分からない。

もちろんファルコン9の再使用化がうまく行かない未来もあり得るが、それは単にアリアン6が、再使用しないファルコン9と対等になれるかもしれない、ということしか意味しない。あるいは、アリアン6は再使用化に成功するも、ファルコン9は失敗する、という未来もあり得るだろうが、そんな可能性はごく僅かしかない。

果たしてアリアン6は、ファルコン9やファルコン・ヘヴィに勝てるのだろうか。もっとも、例え勝てなくても、フランスや欧州にとっては独立した宇宙輸送手段を持ち続けることに大きな意義があるため、アリアン6が不要ということにはならないはずである。しかしアリアンが、商業ロケットの雄の座から引きずり下ろされることになれば、一つの大きな歴史の転換点となるだろう。

かつてアリアン・ロケットは、ヨーロッパ・ロケットの開発失敗による混迷から抜け出す際に、フランスにとって文字通りのアリアドネーの糸として機能した。しかし今度もまた、その糸が通用するとは限らない。もっと言えば、例え迷宮から抜け出せたとしても、その先が安住の地である保証もないのだ。

参考

・http://www.cnes.fr/web/CNES-en/11591-ariane-6.php
・http://www.esa.int/Our_Activities/Launchers/Launch_vehicles/Ariane_6
・http://www.esa.int/About_Us/Ministerial_Council_2014/Media_backgrounder
_for_ESA_Council_at_Ministerial_Level
・http://spacenews.com/42699esa-members-agree-to-build-ariane-6-fund-station-through-2017/
・http://spacenews.com/with-eye-on-spacex-cnes-begins-work-on-reusable-rocket-stage/