インテルのモバイル戦略失敗の歴史

インテルはデジタル機器プラットフォームの中心がPCからタブレット、スマートフォンに移っていることはとうの昔に気付いていた。ただし、年間3億台確実に出荷されるPC(スマートフォンは10億台)のキーコンポーネントであるCPUを独占に近い地位でもって長年牛耳っていたのだから毎四半期の儲けと利益の蓄積は半端ではない。

私は、Wall Streetの証券会社の市場アナリストのレポートで"インテルが販売するCPUのASP(平均価格)から察するに、インテルCPUの利益率は米国造幣局が1ドル紙幣を発行するより高い"、というレポートを見て驚愕したのを覚えている。要するに、インテルはCPUを製造(半導体の製造プロセスは基本的には印刷技術であるというのがまた皮肉な事実である)することでドル紙幣を印刷するより儲けられる、ということだ。

1ドル紙幣と半導体チップ(ここに置いてあるチップはAMD製)(C)@ママカメラ

そこにきて、インターネットの爆発的な普及によりクラウド側のデータセンターに設置されるサーバーの台数も飛躍的に伸びてゆく。インテルはこのPCサーバーのCPUの独占企業である。PCサーバーの世界市場での総出荷台数は毎年1000万台強であるが、PCサーバー用のCPU(Xeonなど)の平均単価はCPUの10倍以上だ。PCの台数がタブレット、スマートフォンなどに浸食されて減っていったとしても、インターネットにアクセスする全てのデバイスから発せられる膨大なデータのトラフィックを集中して制御・管理するデータセンターに使われるサーバーのCPU(半導体製品で最も利益率の高い製品)で儲けられるのだから、直近のビジネスの数字を表層的に見る限り問題は発見されない(インテルの幹部は勿論何が起こっていたかは分かっていた)。

余談だが、PCのデジタルプラットフォームとしての凋落には唖然とする。筆者は今年の4月からある大学に学士入学し、通常の3学年生としてほぼ毎日大学に行っているが、今の学生でPCをもっていない者が多いのには驚いた。話には聞いていたが、論文もスマートフォンで書く学生もいる、今までのワード、パワーポイントなどのアプリも使われてはいるが、PCを持ち歩いて教室に入ってくる学生は1割にも満たない。最近、日本の大手電機メーカーが数社集まってPC部門を統合しようとしたが失敗した、という記事を見たが、総数が減っているのだから仕方のないことだろう。

さてインテルであるが、PCの将来性に暗雲が見える中、ただ手をこまねいていたわけではない。幾多の手を打ってモバイルデバイス(携帯電話、スマートフォン、タブレット)に進出しようとしていた。主にM&A(企業買収)によるものである。以下にそれを列挙する。

  1. Level One Communications買収:DSLモデムチップの雄、約2500億円
  2. DSP Communications買収:イスラエルに本社がある携帯電話モデムチップの雄、約2000億円
  3. DEC(Digital Equipment)から買収したARMコアベースの低電力CPU XScaleを開発するも、2000億円以上の投資の後Marvell Techonologyに700億円で売却
  4. 独Infenionからモデムチップを含むワイヤレス技術を買収:1600億円

(C)@ママカメラ

これらの目を見張る大型買収にもかかわらず、インテルはまだモバイル市場の蚊帳の外にある。何が起こっているのだろう?

モバイル市場に関しては門外漢の私であるが、競合会社から察するインテルのジレンマに関する洞察は以下のものである。

  1. インテルの企業カルチャー:今までのインテルの買収は1つも成功していない、なぜならあまりにも強烈なインテルの企業カルチャーが外部出身者の活躍を許さない。技術を吸い取るだけ吸い取ったらポイ捨てにするので技術がうまく根付かない。
  2. インテルのCPUの$100という半導体製品の中では異常に高額なASP(平均単価)を支える開発、製造サポートのコスト構造が、ASPが高々$20-30と言うモバイルチップには全く向いていない。
  3. モバイルでの成功は、食いぶちのPC市場の駆逐を意味するので慎重にならざるを得ない。
  4. PC市場でいかんなく発揮したWintelの睨みが全く効かない。マイクロソフト自身がモバイル進出に四苦八苦しているし、アップルがCPUも含めてモバイル市場のアジェンダをすべて決めている。それに加えて今までに想定していなかった新たな敵Google、Amazonなどがモバイルデバイスのハードウェア、あるいはデータセンターのハードウェアにまで独自のCPU製品を持ち込もうとたくらんでいる。

これらの問題は、インテル幹部はとっくの昔にわかっていたことなのだが、この6-7年のインテルは、未だに横綱ではあるけれどいつまでもウォーミングアップのテッポウを"どすこい、どすこい"、と続けるばかりにしか見えない。先日目にしたUSの記事で、"インテル大規模レイオフを引き起こした張本人"、と言うタイトルで現CEOのブライアン・クルザニッチではなく、先代CEOのポール・オッテリー二の写真が掲載されていたのは誠に印象的であった。 最近亡くなったアンディー・グローブだったらどんな手を打っていただろうと思うと、"嘗てのインテルはどこに行ったのだろう、どうしたインテル?"、と思ってしまう。

サンノゼにある半導体博物館に展示されている1970年代の半導体チップの回路拡大写真。まるで抽象画かアラビア製タペストリーのようだ。多分これは10ミクロンくらいの微細技術。これからインテルが挑戦する10ナノメーターの世界はこの1000倍以上の微細加工という事だ。

(次回へ続く)

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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