「コンベアF-102デルタダガー」は米空軍の戦闘機だが、日本では比較的なじみが薄い機体だ。なぜなら、本来任務がアメリカ本土の防空で、海外配備の事例が多くないためである(皆無ではない)。今回、そんな機体を取り上げたのは「システムとして戦う戦闘機の嚆矢」だったからだ。(詳細は、米空軍博物館Webサイトの解説記事をご覧いただきたい)。

コンベアF-102デルタダガー 写真:(左)(U.S. Air Force photo、(右)Photo courtesy of John Rossino, Lockheed Martin Code One

防空のシステム化

第二次世界大戦では、爆撃機が昼間だけでなく夜間にも飛来するようになった。すると、爆撃機にとっては夜間に精確な航法を実現するという課題が生じる。一方で、それを迎え撃つ側にとっては、夜間に飛来する爆撃機を見つけ出して交戦するという課題が生じる。

そもそも、どうして夜間爆撃をするようになったかと言えば、「暗くて目視できないから、敵の戦闘機などに見つかりにくい」というからである。ということは、目視以外の手段で捜索すれば交戦できる可能性が出てくる。そこで、地上に対空監視レーダー網を構築して爆撃機の飛来を知り、そこに味方の戦闘機を差し向けて接敵・交戦させるという流れができた。

戦後、ジェット化と核兵器の登場という二大ブレークスルーがあり、従来より速く、しかも昼夜・天候に関係なく爆撃機が飛来する可能性が高まった。しかも、核兵器を積んでいたら一発で大被害が出るから、確実に要撃できないといけない。

そこで、アメリカにしろ旧ソ連にしろ、対空監視レーダー網を全国的に展開することになった。アメリカの国土は広いが、旧ソ連の国土はもっと広いから、これが結構な経済的負担になったのは確かだ。

レーダーで探知した爆撃機に戦闘機を確実に差し向けて交戦するには、戦闘機に「上がれ」と指示を出すだけでは不足で、無線を使って行くべき場所を指示する必要がある。そして戦闘機自身も捜索や射撃管制のためのレーダーを持ち、全天候下で接敵・交戦できないといけない。

ということで、「対空監視レーダー」「無線機」「飛行機」「レーダー射撃管制システム」「ミサイル」で構成される1つのシステムとして造られた防空戦闘機がF-102だったというわけだ。

データリンクの導入

後に1960年台半ばになって、もう1つの要素が加わった。それがSAGE(Semi Automatic Ground Environment)システムとのデータリンクである。

SAGEとは、レーダー網とコンピュータをつないだ全国規模のネットワークを構築して、「飛行物体の探知」「脅威度の判断」「要撃の指令」を自動的に行おうというシステムだが、それと戦闘機をデータリンクでつなぐことには、飛来する爆撃機に向けて戦闘機を確実に誘導しようという狙いがある。

つまり、口頭で針路の指示を受ける代わりに、地上でSAGEシステムが要撃のためのコースを算定して、それをデータリンクでF-102に送る。それを受けたF-102の自動操縦装置が、会敵点まで機体を自動的に連れて行く。最後は機上レーダーで敵機を確認して交戦するという流れになる。

これがアメリカに限らず一般的なやり方となった。F-102は暫定版の迎撃戦闘機だったが、後に完成品としてF-106デルタダートに発展する。日本でも、BADGE(Base Air Defense Ground Environment)やJADGE(Japan Aerospace Defense Ground Environment)といった防空指揮管制システムを導入しているが、基本的な考え方は共通する。

もちろん、妨害や干渉を受ける可能性があるから、地上と機上を結ぶデータリンクにはできるだけ高い信頼性が求められる。地上や機上で使用するコンピュータは言わずもがなだ。

ところが、SAGEシステムで使用するAN/FSQ-7というIBM製のコンピュータは真空管のオバケで、真空管の予防交換を毎日のようにやっていたという。そんな調子だから、機上で使用するコンピュータも、信頼性や耐久性の確保に難渋したであろうことは想像に難くない。

ネットワーク化、システム化の嚆矢

ともあれ、こうなると戦闘機はそれ単体で交戦するというものではなく、防空指揮管制システムに組み込まれた持ち駒の1つという位置付けになってくる。つまり「飛行機としてのスペック」「それを操るパイロットの腕前」だけでなく、「他の構成要素も含めたシステムとしてどうか」という視点が求められるようになったわけだ。

現代では、軍用機はいうに及ばず民航機でも、本連載で以前に取り上げたことがあるADS-B(Automatic Dependent Surveillance - Broadcast)、あるいはACARS(Aircraft Communications Addressing and Reporting System)などといったシステムを通じて地上とつながっている。そうした、「飛行機が単体ではなく、他の飛行機や地上のシステムと連携動作しながら目的を果たす」という考え方のルーツと言えるのが、F-102であったのかもしれない。

ちなみに、旧ソ連にはツポレフTu-128フィドラーという大型の全天候迎撃戦闘機があったが、これもやはり、地上のレーダーや防空指揮管制システムとのデータリンクを持ち、地上からの指令を受けて接敵する方法をとっていたという。