空に飛び立ったものは、いずれ、地上に降ろさなければならない。ただし飛行機の場合、地面の上に降りるとは限らず、フネの上に降りることもある。もちろん、地面の上に降りるよりもフネの上に降りる方が難しい。

目視と口頭での指示からレーダーに

条件が良ければ、パイロットは滑走路を目視しながら自分で機体を操って降りてくることができる。しかし、夜間や悪天候下のように条件が良くないときには、外部からの助力がある方が助かる。それがいわゆる地上誘導着陸方式(GCA : Ground-Controlled Approach)である。

GCAを行うには、進入する機体がとっている針路を地上の管制官が精確に把握する必要があるので、高い分解能を備えた精測進入レーダー(PAR : Precision Approach Radar)が必要になる。つまり、管制官はPARの画面を見ながら、無線でパイロットに指示を出す。

この辺の事情は、地面の上の滑走路だけでなく、空母に着艦する場合でも変わらない。

もちろん、条件が良いときでも空母に降りる方が難易度が高い。なにしろ、空母は合成風速を稼ぐために風上に向かって全速航行しているので、ひとつのところにとどまっていない。しかも当節の空母は、アングルド・デッキといって、着艦のために使うエリアが艦の首尾線方向と同じ向きになっていない。艦によって違いがあるが、6~10度ぐらい左を向いている。

だから、普通なら滑走路に正対するコースをとって進入すれば良いところ、空母に降りるときには斜め向きの着艦エリアが前方に向けて移動しているところを追いかけながら進入しなければならない。

それだけでも簡単ではないのに、海が荒れていれば飛行甲板は上下・左右に動く。ちょうど機体が艦尾を通過したときに艦尾が波で持ち上げられれば、機体は飛行甲板に叩き付けられて大惨事だ。逆に艦尾が下がってしまえば、掴まえられるはずの着艦拘束ワイヤが下がってしまい、着艦進入はやり直しということになる。

その着艦進入を少しでも支援しようということで、空母の艦尾にはLSO(Landing Signal Officer)という役割の人がいて、進入する機体を見ながら無線で指示を飛ばすようにしている。また、着艦の上手い・下手を採点して、結果は飛行隊ごとに待機室に張り出す。誰が下手かは一目瞭然である。(だから技量維持のために陸上でも訓練しなければならないのだが、昼間だけでなく夜間にも行うので、騒々しいことこの上ない)

そして地上におけるGCAと同様に、空母にも進入監視用のレーダーが備え付けられており、適切なコース取りがなされているかどうかを確認できるようにしている。

GPSで進入管制するJPALS

ところが、レーダーを使う代わりにGPS(Global Positioning System)を使おうという発想が出てきた。それが、米海軍とレイセオン社で開発中のAN/USN-3(V)1 JPALS(Joint Precision Approach and Landing System)だ。空母の艦上だけでなく、陸上基地でも導入する構想があり、こちらをLB JPALS(Land Based JPALS)という。

艦と機体の双方にGPS受信機を用意することで、緯度・経度・高度を時々刻々、高い精度で把握できる。そこで艦と機体をUHFの無線データリンクで結ぶことで、艦と機体の相対的な位置関係を算出できる。その情報に基づいて進入のための指示を出したり、自動進入を行ったりするのが、JPALSの基本的な考え方となる。

レーダーを使用するよりも可用性や運用経費などの面で優れているという触れ込みだが、開発に難航してコスト上昇で苦労しているのはお約束だ。しかし、有人機だけでなく無人機を空母に降ろそうとすれば、この手のシステムは必須となるはずだ。だからJPALSの開発を諦めるわけにも行かない。

魔法の絨毯

さらに米海軍では、F/A-18E/Fスーパーホーネットで使用する新しい飛行制御ソフトウェア・MAGIC CARPET(Maritime Augmented Guidance with Integrated Controls for Carrier Approach and Recovery Precision Enabling Technologies)の開発を進めている。

頭文字熟語としてはえらく長ったらしいが、いわゆるバクロニム、つまり略語を先に決めて、後から適当な単語をはめ込んだ気配が濃厚である。と、それはともかくとして。

MAGIC CARPETが企図しているのは、指示されたグライドスロープ(着艦進入経路)と迎角(機体の進行方向に対する機首の上げ下げ)をソフトウェア制御によって維持することで、着艦進入時の機体制御を容易にして、パイロットが重要な操縦操作に専念できるようにすることだと説明されている。つまり、コース取りは機体に任せろということである。全自動の手放し着艦を企図しているわけではないようだ。

前述したように、空母に着艦する際には前へ、前へと進んでいるアングルド・デッキに機体を導かなければならないので、実は適切なグライドスロープに機体を乗せるだけでも簡単な仕事ではない。それを自動的にやってくれれば、特に夜間や悪天候下ではパイロットの負担を軽減する効果を期待できる。

しかし、パイロットがこのシステムを信頼してくれるかどうかは熟成の度合にかかっているから、よほど念を入れて開発と試験を進めていかないと、却ってソッポを向かれることになりかねない。

それにパイロットというのは職人気質が根強い稼業だから、機械やコンピュータが支援してくれるようになっても、可能な限り自分の腕で機体を降ろしてやろう、と考えそうである。それでもJPALSやMAGIC CARPETみたいな支援手段があれば「最後の砦」になるので、その方がよいのは確かだが。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。