前回は、慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)とコンピュータの組み合わせによって、昔は「指示された針路を維持するだけ」だった自動操縦装置が「指示された経由地点通りに自動的に針路をとる機械」に進化した、という話を書いた。

FMSの出現

ただし問題は、経由地の緯度・経度をいちいち手作業で入力しなければならないという点である。そこで入力を間違えると、明後日の方向に飛んでしまう。最悪の場合には、知らず知らずのうちに他国の領空を侵犯してしまって撃墜される、なんていう事態にもなりかねない。

その問題を解決する手段として登場したのが、FMS(Flight Management System)である。あまり日本語で書くことはないように思えるが、日本語訳すれば「飛行管理システム」というところだろうか。

FMSの特徴は、「経由地(ウェイポイント)」「航路」「無線航法援助施設」「飛行場・滑走路」「離着陸時の標準経路」といった情報を、予めデータベースとして持っている点にある。そして、コックピットに設けられたCDU(Control Display Unit)を使って、飛行計画を入力すると、経由地に関する情報をデータベースから自動的に拾い出していく。

これなら、いちいち緯度・経度を入力する手間を軽減できるので、その分だけ入力ミス、ひいては航法ミスの危険性を減らすことができる。つまり、自動操縦装置を使用する際のワークロード低減とミスの回避を実現できるというわけだ。

また、飛行前に計画を立案して入力する場面だけでなく、飛び立った後で入力済みの計画を変更する場面も考えられる。何も問題がなければ当初の計画を変更する必要は乏しいのであって、計画を後から変更するというのは、相応の事情があったときだ。

そちらの方が切羽詰まっていて時間的・気分的な余裕が少なそうだから、入力ミスの可能性を減らすことの意味は大きい。そして、航法データベースを事前に持っているFMSを利用すれば、緯度・経度をいちいち手入力するよりも間違いが少なくなると期待できる。

なお、航法援助施設については以前に第12回で取り上げたことがあるので、そちらを参照していただければと思う。

MPSもワークロード低減につながる

本連載の第15回で取り上げた、軍用機向けの任務計画立案システム、つまりMPS(Mission Planning System)も、ワークロード低減手段のひとつといえる。

軍用機が事前に任務飛行の計画を立てる際にも、民航機と同様に、途中で経由する地点やタイミング(時刻)、最終的に到達すべき目標地点、などといったデータを必要とする。民航機と違うのは、行先や経由地が毎回のようにバラバラで、一定していないところだ。定期航路を飛ばしているわけではないので、そういうことになる。

だから、事前に持っている航法データベースから必要な情報を拾い出せばOK、というわけにはいかない。そのため、軍用機のMPSでは地上側のコンピュータで飛行計画を立てて、それをデータ転送モジュール(DTM : Data Transfer Module)という名のハードディスクやフラッシュメモリで機体のミッション・コンピュータに転送する。

その際に、敵が対空砲や地対空ミサイルを配備して護りを固めている場所が分かっていれば、それを回避するような針路をとることで、危険を避けることができる。そういう情報も、あるいは地形・地勢に関する情報も、事前にMPSの計画立案用コンピュータに入れておけば、これもワークロード低減の一助となる。

それにより、行き帰りの飛行を自動化できればパイロットの疲労が減って、肝心の交戦を確実に遂行するために体力・気力をセーブしておくことができる。

ちなみにこの手の機能は、平時でも役に立つ。騒音被害を減らすために人口密集地帯を避けて飛ぶ必要があれば、その人口密集地帯を「回避すべき危険地帯」として登録しておくわけだ。実際には地上からミサイルが飛んでくるわけではないから危険でもなんでもないのだが、避けて通らなければならないという点においては同じである。

軍用機でも時間厳守(のこともある)

民航機であれば時刻表通りに飛行機を飛ばすことが重要になるが、軍用機でも時刻を守ることは重要になる場合がある。たとえば、複数の編隊が同時にひとつの目標を襲撃するような場面では、タイミングを合わせて目標地点に到達しなければならない。

その複数の編隊がそれぞれ異なる機種、異なる針路、異なる兵装を搭載していれば、飛行に際しての条件も異なるので、それぞれに合った形の飛行計画を立てる必要がある。

それをいちいち手作業で計算して立案した上で、さらに経由地に関する情報を機体の航法装置に入力して、飛行中の速度も計画通りに手作業で維持する、なんていうことになればワークロードが大きい。コンピュータで計算できるところはコンピュータにやらせて、人間は人間でなければできない作業に専念するのが筋というものだ。

執筆者紹介

井上孝司

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IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。