「ワークロードの低減」と書くと「なんのことか」と思われそうだが、これは業界のいい方で、早い話が「負荷を減らして楽にしてあげましょう」という話である。

「楽をするなんて怪しからん、艱難辛苦が必要だ」なんていうのは勘違いもいいところで、たとえばパイロットのワークロードを低減することは、安全かつ確実な運航や任務遂行のために不可欠の要素なのである。

第二次世界大戦中からあった自動操縦装置

たとえば、自動操縦装置(オートパイロット)というものがある。その名の通り、パイロットが行う操縦操作を機械が代行して、自動化するための機材である。

意外に思われるかも知れないが、「自動操縦装置」という名前の機材は第二次世界大戦の頃から存在した。さすがに戦闘機には載っていなかったようだが、大型・多発の爆撃機では搭載事例がいくつもある。

爆撃機は長距離・長時間の飛行任務が多いから、それを少しでも楽にしましょう、ということで自動操縦装置を搭載することになったのだろう。もちろん、戦闘機に載せるにはコストの制約があったとか、機材のサイズ・重量といった問題が影響したとかいう事情もあったと思われる。

ただ、看板が同じ「自動操縦装置」でも、現代のそれとは機能的に大差がある。具体的にどう違うかというと、第二次世界大戦の頃の自動操縦装置とは、設定した針路を維持して真っ直ぐ飛ぶだけの機材だ。

もっとも、それだって単純な話ではない。舵を切らなければ真っ直ぐ飛んでいられる、というわけではなくて、横風に流されて、いつの間にか明後日の方向に針路がずれてしまう可能性がある。それは修正しなければならない。

となると、針路を「針路270度」といった形で指示して、自動操縦装置は指示された数字とコンパスが示す実際の針路を照合しながら修正する、というのが現実的な形になるだろうか。「針路270度」を指示されているのに機体が「針路265度」に向かっていたら、少し右に舵を切って修正してやる、といった具合に。

ちなみに、この自動操縦装置と爆撃照準器を連接したのが、米陸軍で使用していたノルデン照準器。爆撃手がパイロットに針路修正を口頭で指示する代わりに、照準器で狙いをつけることで得られた針路データを自動操縦装置に算入して、自動的に舵を切らせる。これなら、口頭で指示して修正させるよりも精確な爆撃針路をとることができる。

測位技術とコンピュータの進歩

当時の自動操縦装置が「針路の維持」しかできなかったのは、コンピュータというものが影も形もなく、機械仕掛けに頼っていた事情が大きいはずだ。それに加えて、測位手段が限られていて、しかもそれを機械仕掛けで実現するのは不可能、という理由もあっただろう。

地文航法や天測による自己位置の測定を機械にやらせようといっても、それは難しい話である。その手の機能を機械化できたのは、戦後もしばらく経過してからの話だ。天測を機械化したアストロトラッカーは爆撃機やミサイルで導入事例があるし、地文航法と同じような仕組みを自動的に行う地形等高線照合(TERCOM : Terrain Contour Matching)は、トマホーク巡航ミサイルの出現とともに一般化した。

今のように「経由地の緯度・経度を入力すれば、後は自動操縦装置がそれにしたがって自動的に針路をとってくれる」という形態を実現できるようになった背景には、測位技術の進化と、複雑な操作を自動的にこなすことができるコンピュータの出現がある。

しかも、測位用の機材やコンピュータを飛行機に搭載できるぐらい小型・軽量化して、リーズナブルなコストで入手できるようにしなければ、画餅で終わってしまう。ことに飛行機に搭載することを考えた場合、この面のハードルは小さくない。

本連載の第1回で取り上げた慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)も、当初は原潜や宇宙船といった限られた分野で用いられていた。だいぶ前に、ハワイの真珠湾にある潜水艦の博物館を訪れた際に、弾道ミサイル原潜が搭載していたINSの現物が置いてあったが、これは相当なデカブツだった。それが後になって小型軽量化や低コスト化を実現、広く普及するに至った。

ちなみに、民航機でINSを導入するようになったきっかけとなった機体が、おなじみ・ボーイング747である。機体が大きく、高価になった分だけ、INSの搭載によるコスト上昇が相対的に小さくなった事情も影響した、という見方がある。

ともあれ、INSと自動操縦装置を連接することで、

  • 離陸前に現在位置の緯度・経度を入力
  • 途中で経由する地点の緯度・経度を順次入力

という操作を行えば本物の自動操縦を実現できることになった。もちろん、指示された通りの針路を正しく飛んでいるかどうかを確認しなければならないから、パイロットが寝ていてもよいというわけではないが、負担軽減につながったのは確かだろう。

執筆者紹介

井上孝司

s

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。