本連載の第10回(アビオニクス編の第1回目)でグラスコックピットについて取り上げたが、これに限らず、コックピットに設けられている計器・機器類の電子化は進む一方である。その一例として、EFB(Electronic Flight Bag)の話を取り上げてみよう。

パイロットが持ち歩くもの・いろいろ

どんな商売にも「七つ道具」というものはあるし、飛行機のパイロットも例外ではない。戦闘機のようにコックピットが狭い場合には話が別だが、旅客機のパイロットはたいてい、フライト・バッグと呼ばれる鞄を持ち歩いている。

このバッグの中に何が入っているかというと、乗務する便が飛行する経路の航空図(チャート)や、フライトの内容・飛行時間などを記録するログブック、身体検査証を初めとする各種証明書、マニュアルなどといったものである。当然、印刷物が主体だから重いし、目的のページを探す手間もかかる。

このうちチャートは、必要とされるものを取り出して、操縦輪の書類留め、あるいは壁や窓際に留めておき、いつでも参照できるようにしているようだ。

そのチャートやマニュアルは改訂がかかることがあるので、常に最新版に差し替えておかなければならない。たとえば、ある空港で着陸進入時の高度の取り方が変われば、それはチャートに反映されるが、そこで旧いチャートに則って進入しようとすると事故の原因になりかねない。チャートやマニュアルの差し替えは、死活的に重要な仕事である。

このほか、パイロットがいちいち持ち歩くのではなく、コックピットに常備する書類もいろいろある。機体のマニュアルなら、コックピットに常備しておく方が合理的だろう。

これがいまどきの最新型戦闘機であれば、地図はコックピットの多機能ディスプレイ(MFD : Multi Function Display)に表示するようになっているし、飛行任務に関するデータもミッション・プランニング・システムから機上のミッション・コンピュータに送り込める(本連載の第15回を参照)。だから昔と比べると、紙のチャートやメモをニーボードにつけておいて参照しなければならない場面は減った。

そういう意味では、民航機のパイロットより恵まれているが、ちょっと古い機体なら昔と同様、ニーボードと紙の組み合わせは必須だ。

ともあれ、飛行機を飛ばすには紙の山が必要というのが実情である。

紙の山を電子化するのがEFB

そこで登場するのがEFBである。その名の通り「フライトバッグの電子化」で、紙の書類に書かれていた情報をデジタル・データとしてコンピュータに取り込んでしまい、必要に応じて画面で参照しようというものだ。

米連邦航空局(FAA : Federal Aviation Administration)の規定によると、EFBには3種類あるそうである。

  • Class 1 : 機体に固定しない形のポータブル型PC
    離着陸時と、高度10,000ft以下では使用が禁じられている。機体とのデータ交換はできないスタンドアロン型。その代わり、耐空性の承認は必要とされない。

  • Class 2 : 機体に固定する形のポータブル型PC
    利用可能な場面に関する制約はなく、常に使用可能。機体に固定設置するため、機体側とのデータ交換が可能。耐空性の承認や電磁波干渉に関する検証試験が必要になる(後者については本連載の第16回を参照)。

  • Class 3 : 機体に組み込んだ形
    利用可能な場面に関する制約はなく、常に使用可能。機体に最初から組み込まれていて、機体側とのデータ交換が可能。耐空性の承認や電磁波干渉に関する検証試験が必要になる(後者については本連載の第16回を参照)。

Class 3の場合、正確には「コックピットにビルトインされたコンピュータ」というべきだろう。つまりEFBもアビオニクスの一員というわけだ。ボーイング787の場合、正面の計器盤は多機能ディスプレイが占領しているので、その外側(機長席なら左側、副操縦士席なら右側)にEFBを組み込んである。

Class 1やClass 2は汎用品の市販PCで済ませることが多いようで、たとえばMicrosoft SurfaceやiPadなどの導入事例がある。一方、Class 3は専用品となる。

電子化するということはコンピュータ化するということだから、単にチャートやマニュアルを画面で参照するだけでなく、離陸時の引き起こし速度・滑走距離・許容重量を計算する等の機能も実現できる。ログブックや機体の状態記録にも応用できる。

ボーイング787の場合、GPS(Global Positioning System)受信機と組み合わせて、地上にいるときに自機が空港のどこにいるのかを把握できるようにする、「誘導路版のカーナビ」(いや、エアナビか)みたいな機能までEFBで実現しているそうである。しかも、データの更新は空港で無線を介して行うので、紙のチャートやマニュアルみたいな「差し替え忘れ」は起こらない。

機能的な面での利便性向上だけでなく、大量の紙を持ち歩いたり常備したりしなくて良いので、ちょっとした軽量化効果にもつながる。特にパイロットにとっては、荷物が軽くなって助かりそうだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。