前回は「アビオニクスとはなんぞや」という話を書いたが、今回は具体的な話のイントロとして、通信に関する話をしてみよう。

もっとも、通信機そのものはアビオニクスに固有の機器というわけではないから、航空機における通信手段がどういう周波数帯・どういう使い分けになっているか、という電磁スペクトラムがらみの話をメインに。

航空機と通信

航空機に限らず、移動するヴィークルが有線の通信手段を使用するわけにはいかないので、通信といえばすなわち無線通信である。だから、航空機には無線機が不可欠だ。

航空機が搭載する無線機は基本的に、遠距離通信用の短波(HF : High Frequency)と、近距離通信用の超短波(VHF : Very High Frequency)や極超短波(UHF : Ultra High Frequency)を使用している。周波数の使い分けは以下のような具合である。

  • 民航機の航空管制 : VHF(118.1~135.975MHz)
  • 軍用機の航空管制 : UHF(235.1~400MHz)
  • 遠距離通信 : HF(2~18MHz)

VHFやUHFは周波数が高く、その分だけ減衰しやすいことから遠達性が良くない。また、直進性が強く、水平線・地平線以遠まで到達できない。こうした事情があるので、基本的には近距離の見通し線範囲内で通信する際に用いられる。その欠点を補うために、遠隔対空通信施設(RCAG : Remote Center Air Ground Communication)を設置していることもある。

見通し線圏内でしか使えないというVHF/UHFの泣き所を補う遠距離通信手段がHFとなる。HFは電離層と地表のそれぞれで電波を反射しながらジグザグに進むため、水平線・地平線以遠まで到達でき、見通し線圏外通信にも対応できる。それが遠距離通信に用いられる所以だが、ジグザグに電波が進むことから不感地帯が発生するだけでなく、その不感地帯が電離層の状態によって変動する点に注意が必要となる。

用途によってHF/VHF/UHFを使い分けるのは軍用機も同じで、たとえば西側諸国で広く使われているロックウェル・コリンズ製のAN/ARC-210無線機を例にとると、VHF(30~300MHz)とUHF(300MHz~3GHz)の範囲にまたがる、30~512MHzの電波に対応している。ただし、この範囲をまるごと専有しているわけではなくて、用途ごとに複数の周波数範囲を使い分けている。HF通信機まで一体にはできず、そちらは別の通信機を搭載する。

これらの周波数のうち、航空用に割り当てを受けた範囲内で、複数のチャンネルを設定して使い分ける。ひとつの空港の中でも、管制業務は「地上」「離陸」「着陸」などの分野ごとに分かれているので、その度にいちいち周波数を切り替えて交信している。

もちろん、他の無線通信や放送、レーダー、航法援助施設などと周波数帯が重複してはいけない。ADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)みたいな一種のデータリンク機材でも同様だ。だから、周波数の適切な割り当てと使い分け、いわゆるスペクトラム管理が重要な課題になる。

見通し線圏外通信は衛星経由に

これまで、遠距離通信の主役といえばHFだったが、最近では衛星通信を用いる事例が増加している。衛星通信であれば、衛星は常に機体より上にいるわけだから、そこで中継してもらえば見通し線以遠の通信は容易に実現できる。

衛星通信に使用する電波は、当然ながら電離層を突き抜けられなければならない。そのため周波数帯は高く、最低でもUHF、一般的にはセンチメートル波(SHF : Super High Frequency)やミリ波(EHF : Extremely High Frequency)を使用する。SHFは3~30GHz、EHFは30~300GHzの範囲の電波を指す。

この範囲内で「Kaバンド」「Kuバンド」「Xバンド」といった具合に複数の周波数帯を割り当てているが、このうちXバンドは軍用専用で、その他は軍民共用となる。

過去にボーイングが提供していた機内インターネット接続サービス「Connexion by Boeing」、今なら日本航空が提供している「JAL SKY Wi-Fi」といった具合に、民航機で機内インターネット接続サービスを提供する事例があるが、これも衛星通信を使用していたいる。世界のどこでも通信できて、かつ、充分な伝送能力を実現するには、衛星通信以外の選択肢はない。

衛星通信の泣き所は、衛星を製造・維持・運用するためにけっこうな費用がかかることである。民間では専門の事業者が衛星を打ち上げて、ユーザーに対して伝送能力を切り売りする形を取るのが一般的だが、秘匿性を求められる軍用では、軍が自ら通信衛星を打ち上げる事例が多い。

空軍がEHF用とSHF用で別々に衛星を運用して、さらに海軍が自前でUHF用の衛星を運用している米軍みたいなお大尽はレアケース。一般的には一種類の衛星で済ませている国が多い。近年では、複数の国の軍が資金を出し合って、通信衛星を共同で調達・打ち上げ・運用する事例も出てきている。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。