これまで、67回にわたって「鉄道とIT」というテーマでいろいろ書いてきたが、今回から対象を変えて、「航空機とIT」というテーマに移行する運びとなった。これまでと同様、お付き合いいただければ幸いだ。

この「航空機とIT」では、別連載の「軍事とIT」と同様、特定のテーマをひとつ定めて、何回かに分けて関連する話題を取り上げていく、という形で進めようと考えている。最初のテーマは航法と運航管理だ。ややこしいことに、鉄道だと「運行」だが、航空機は「運航」である。それはそれとして。

航空機が位置を知る方法

地上を移動していても道に迷う人がいるぐらいだから、目印が少ない空の上ではなおのことだ。しかも、地上にいるときには道に迷ったら立ち止まって考えることができるが、飛行機はそれができない。

だから、自己位置を正確に知る手段は重要だ。自己位置と目的地が分かっていて、両者を結ぶ針路を決めて、その針路に乗って飛行することができると初めて、飛行機の航法が成立する。

間違って他国の領空を侵犯してしまうのも問題だが、ときには航法を誤って「降りる飛行場を間違えた」なんていう信じられない事故が起きることもあるぐらいだから、正確な航法は重要だ。

まず、どこから離陸するのかは分かっているから、そこから針路と速度の情報に基づいて推測航法を行うことができる。飛行機の操縦席には磁気コンパスやジャイロコンパスが備わっているので、それを見れば針路は分かる。

ところが、無風状態ならいざ知らず、風が吹いていると機が流されて針路が変わってしまう。また、飛行機の速度計は対気速度計、つまり周囲の空気に対する相対速度だから、これも風が吹いていれば数字が違ってくる。向かい風なら対地速度より大きな数字が出るし、追い風なら逆になる。だから、飛行機では「速度」の種類がいくつもあってややこしい。

こうした事情があるので、実は飛行機の航法は意外と難しい。陸上であれば、地上の地形を見て、それを地図と照合する、いわゆる地文航法を利用できるが、それは有視界飛行を行っているときの話。夜間や悪天候下では地文航法は成り立たない。目印がない洋上飛行でも事情は同じだ。

そこで、飛行中の航空機が自己位置を知るための方法が、昔からいろいろと考案されてきた。大別すると、地上に設けた送信局や人工衛星から測位用の電波を発する方式と、そういった外部からの支援を得ないで、航空機が自ら自己位置を知る方法がある。

まず、測位用の電波を発する方式には、以下のものがある。

  • 双曲線航法装置(ロラン、デッカ、オメガ) : 複数の基地局から発する電波を受信して、到達時間差の情報をチャートと照合することで自己位置を知る
  • 衛星航法(GPS : Global Positioning System、ガリレオ、GLONASS、準天頂衛星など) : 衛星から受信する電波の到達時間差に基づいて、三次元の測位を行う
  • VOR(VHF Omni-directional Range) : 既知のVOR局から発する電波を受信して、自機から見たVOR局の方位と距離を知る
  • ADF(Automatic Direction Finder) : 既知のNDB(Nondirectional Radio Beacon)局から発する電波を受信して、NDB局の方位を知る

ADFは方位しか分からないので、NDB局の真上を通過して方位を示す針が反転した瞬間に当該NDB局の上空を通過した、という判断の仕方をする。シンプルだが、いまひとつ頼りない。

たいていの測位手段では、なにかしらの計算処理が発生する。しかも、丸い地球の表面を飛んでいることを考慮に入れながら位置決定を行う必要があるので、あまり単純な計算ではない。それを、事前に作成してあるチャートを参照するか、手作業で計算するか、それともコンピュータに計算させるか、という違いが生じるわけで、そこでITが航法に関わってくる。

外部からの支援を受けない方法としては、前述した推測航法以外に、慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)がある。これは、加速度を時間で二度積分すると移動距離を求められることを利用した仕組みだ。X軸・Y軸・Z軸と3次元のそれぞれについて加速度を正確に測り、積分処理を行って移動距離を算定する。それらのベクトルを合成すると、移動した方向と距離のデータを3次元で得られる。

INSを実現するには、精度の高い加速度計と、それを3軸それぞれの方向に安定させるジャイロ、そして計算処理を行うコンピュータが必要になる。そして目下の主流は、このINSとGPSだ。陸上でも洋上でも使えるので、地上の航法援助施設に縛られない利点がある。

昔は、遠距離飛行を行う国際線の旅客機は正副操縦士に加えて航空機関士と航法士を載せていたものだが、INSの搭載が一般化したことで航法士が失職した。航空機関士も後に失職するが、その理由については回を改めて取り上げる。

航法とオートパイロット

こうして自己位置を精確に把握できるようになると、オートパイロット(自動操縦装置)にも役に立つ。オートパイロットと称する機材は第二次世界大戦の頃からあったが、これは単に指定した針路と速力を維持するだけのもの。それと異なり、現代のオートパイロットは途中で経由する中間点(ウェイポイント)の緯度・経度を入力しておくと、それらを結ぶ針路を自動的にとってくれる。それを計算・実行するのもコンピュータの仕事だ。

ただし当然ながら、緯度・経度の入力を間違えれば明後日の方向に飛んでいってしまうし、測位誤差が生じれば航法ミスにつながる可能性がある。そういう注意点があるとはいえ、緯度・経度を指定すれば自動的に飛行できる仕組みが整ったことが、パイロットのワークロード低減だけでなく、自律飛行が可能な無人機の実現につながった。

ただし、こうやって飛行機が自動的に飛べるようになると、ことに無人機の場合には困った問題が生じる。それについては後日、別の回で取り上げる予定だ。

今回はさしあたり、測位用のシステムが発達したこととコンピュータの併用により、航空機の航法は昔に比べるとはるかに信頼できるものになった、という話だけ理解していただければOKである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。