筆者は、SF人形劇『サンダーバード』に熱狂しながら育った世代である。といっても、観たのは再放送ばかりだが、再放送があれば何度でも観ていた。

サンダーバード1号

その『サンダーバード』では、現場の状況確認と救助作業の指揮をとるために、真っ先に「サンダーバード1号」が現場に駆けつける。

これもVTOL機で、発進の際にはロケットと同様に垂直に飛び立ち、その後で主翼を展開して水平飛行に遷移する。現場では胴体下面のロケットを吹かして、水平姿勢のままで垂直離着陸する。では、トレーシー島に戻ってきた時はどうだろう?

実は、発進の際と同様にプールがスライドして開き、そこに垂直姿勢に戻って垂直着陸する。この場面は滅多に番組中に登場しないが、少なくとも一度は観た記憶がある。

テイルシッター

なぜいきなり『サンダーバード』の話を始めたかというと、リアルで「サンダーバード1号」と同じことをやろうとしたVTOL機があったからだ。

つまり、機体は地上では垂直姿勢になっていて、機首が上を向いている。その状態で垂直に離陸して、その後で水平飛行に遷移する。着陸の際には、また垂直姿勢に遷移するとともに空中で停止して、推力や姿勢を調整しながら地面に向かって降りてくる。

尾部(テイル)を下にした姿勢で離着陸するので、これをテイルシッターという。

推力線の方向を変えようとすれば、相応に複雑なメカが必要になる。かといって、垂直離着陸用に専用のファンやエンジンを組み込めば、水平飛行中には使用しないメカのために場所と重量を必要とするのは、前回に解説した通り。

それだったら、機体ごと向きを変えてしまっても同じじゃない? そうすれば、推力偏向のメカも、垂直離着陸の時だけ使うファンやエンジンも要らないし、シンプルで合理的ではないか? と思ったのか、実際にテイルシッターを試作した事例がいくつかある。

例えば、アメリカ海軍はロッキード社(当時)にXFV-1を、コンベア社(当時)にXFY-1を、それぞれ発注して試作させた。1950年代初頭のことである。ちなみにこの2社、紆余曲折を経て、今は同じロッキード・マーティン社になってしまっている。と、閑話休題。

XFV-1は直線翼とX型の尾翼の組み合わせ、XFY-1はデルタ翼と縦方向の尾翼の組み合わせ、と空力的には違いがあるのだが、飛び方は基本的に同じ。機首を上に向けた姿勢で垂直に離着陸して、水平飛行に、あるいは水平飛行から遷移する。

アメリカ海軍が企図したのは、駆逐艦や輸送船などの狭い甲板から発着できる艦上戦闘機の実現。だから、試作機を意味する「X」の次に来る用途を示す記号は、戦闘機を意味する「F」である。(その次の3文字目はメーカーごとに異なる識別用の文字)

XFY-1もXFV-1も、アリソン社製YT40ターボプロップ・エンジンを使っており、機首に取り付けた二重反転プロペラで推進した。二重反転プロペラを使うのは、反トルクの影響で機体が回ってしまわないようにするためだ。

普通なら垂直尾翼に少し角度を付けたり、離着陸の際に方向舵を少し動かしたりして反トルクを打ち消す。ところが、テイルシッターが離着陸する際は前進速度がなくなるので、こういう空力的な方法では反トルクに対処できない。だから二重反転プロペラを使い、2組のプロペラで相互に反トルクを打ち消し合う設計にした。

ところが、テイルシッターにはとんでもない泣き所があった。

テイルシッターの泣き所

機体が縦向きになって離着陸するのだから、離着陸の際にはコックピットは真上を向いている。その状態でパイロットは機体の姿勢を垂直に保ちながら、推力を増して離陸させたり、推力を落としてふんわりと着陸させたりしなければならない。

特に着陸が問題で、真上を向いているのだから地面が見えない。それでどうやって地面との距離を知れというのだろうか。電波高度計で測ればよい、というわけにもいかない。やはり目で見るに越したことはない。

「サンダーバード1号」の場合、操縦席は横向きのシャフトに取り付けられた回転式だから、機体が垂直姿勢でも水平姿勢でも、操縦席は水平を向いている。これと同じことをすれば地面が見えない問題は解決できそうだが、コックピットがやたらと場所をとってしまう。

XFV-1はコックピットと計器盤を前傾させる仕組みを備えていたそうだが、やはり誰しも考えることは同じだったのだ。それでも問題を完全に解決するには至らなかった。

このほか、水平姿勢と垂直姿勢の間の遷移飛行に際して操縦が難しい、という問題もあった。遷移飛行の難しさはVTOL機について回る問題だが、特にテイルシッターの場合、機体をまるごと方向転換するのだから始末が悪い。

主翼に、急速に失速しない特性を持つデルタ翼を使用していたXFY-1の方がマシで、こちらは遷移飛行にも成功している。ところが、直線翼のXFV-1はとうとう、遷移飛行に至らないまま計画中止になってしまった。

操縦の難しさにしても遷移飛行の難しさにしても、「そんなの、始める前に分からなかったのか」と外野は無責任に考えてしまうわけだが、これもVTOL機をモノにする過程でなされた試行錯誤と、その墓標のひとつということになるのだろう。

その他の泣き所

ちなみに、XFV-1とXFY-1はターボプロップ機だから、よしんば実用化に成功したとしても、速度性能は大したものにならない。ジェット戦闘機が一般化した御時世に「戦闘機」として通用したかというと、疑問が残る。

実は、ライアンX-13バーティジェットというジェット推進のテイルシッターも試作されたが、これも開発中止になった。

National Museum of the U.S. Air Forceに設置されているライアンX-13バーティジェット 資料:U.S. Air Force

そもそも、エンジン推力が機体の重量を上回っていなければ垂直離着陸ができないのだから、テイルシッターだろうがなんだろうが、重量面の制約が厳しいというVTOL機のお約束からは逃れられない。

また、機体が尾部を下にして「立った」状態だと、機体の全長がすなわち高さである。XFV-1もXFY-1も全長は11m前後あったが、そんな背の高いブツを格納する格納庫を、どうやって艦上に用意するつもりだったのか。しかも、そんな姿勢ではエンジンの取り下ろしや整備が面倒くさそうだ。

というわけで、テイルシッターが技術的にモノになったとしても、実用的な「飛行機」あるいは「武器」としてはモノにならなかったのではないかと思われる。