前回は、「リフト・エンジンに加えて主翼と推進用エンジンを用意すれば実用的なジェットVTOL(Vertical Take-Off and Landing)機を造ることができのではないか?」というイントロの話で終わってしまった。そこで今回は、その続きとして、実際に登場したジェットVTOL機の話を取り上げてみたい。といいつつ、ペーパープランに終わった機体も出てくる。

Yak-38フォージャーの場合

リフト・エンジンを使用するVTOL機はいろいろ試作されたが、いずれも「リフト・エンジン」を機首寄りに内蔵するほか、水平飛行の際に使用するエンジンも用意している。

そこで2種類の考え方ができる。1つは、リフト・エンジンと巡航用エンジンを完全に分けてしまうこと。もう1つは、巡航用エンジンに推力偏向機能を追加して、リフト・エンジンも兼ねさせること。もちろん、後者のほうが合理的だが、ノズル周りの設計・製作や操縦操作はややこしくなる。

後者を「リフト/リフト・クルーズ」方式と呼ぶ。最初の「リフト」は機首側にあるリフト・エンジンのことで、後の「リフト・クルーズ」はリフト・エンジンと水平飛行時の推進を兼ねるエンジンのこと。リフト・クルーズ・エンジンは、VTOL時には推力を真下に向けて偏向するが、水平飛行の際には推力を真後ろに向けて普通に推進力を発揮する。

「リフト/リフト・クルーズ」方式を実用化した事例としては、旧ソ連のヤコブレフYak-38フォージャーが知られている。

若い読者の方は御存じないかもしれないが、ソ連海軍の空母(ソ連自身の呼称は重航空巡洋艦)「ミンスク」が初めて日本近海に姿を現した時は、それはもう大騒ぎであった。その「ミンスク」の搭載機がYak-38である。

そのYak-38は、リフト・クルーズ・エンジンとしてR27V-300ターボジェットを1基搭載しており、これは推力60kN(6,122kgf)。機首寄りの胴体内に取り付けられたリフト・エンジンはRD-36-35FVRターボジェットが2基で、それぞれ推力29.9kN(3,050kgf)。

つまり推力の合計は6,122+3,050×2=12,222kgfだから、機体の重量がこれより軽くないとVTOLはできない。そして、主エンジンの推力と、2基あるリフト・エンジンの推力の合計はだいたい釣り合っている。推力に食い違いがあっても、エンジンを取り付ける位置を前後させることでバランスはとれると思うが、あまり極端に違わない方が良さそうではある。

なお、Yak-38が実用機として造られる前に、技術実証機のYak-36も造られていた。

欧米の事例いろいろ

一方、フランスではミラージュIII(これは普通のCTOL戦闘機)をVTOL化するミラージュIII Vの構想が持ち上がり、そのための実証機としてバルザックVが作られた。これはYak-36/38と異なり、リフト・エンジンと巡航用エンジンを別々に持っている。

ただ、その陣容が強烈である。巡航用エンジンはブリストル・シドレー製オルフュースで、推力21.6kN(2,204kg)が1基。これはまあいい。問題はリフト・エンジンで、ロールス・ロイス製RB.108、推力9.8kN(1,000kg)を8基(!!!)も積み込んだ。

機体の重量を上回る推力がないとVTOLは成り立たないのだから、推力が足りなければ数で勝負するしかない。しかし、リフト・エンジンの数が増えるとその分だけ重量が増えて、しかもそれはVTOL時にしか使わないものだから、水平飛行中はただのデッドウェイトである。

それに、リフト・エンジンをたくさん積み込めば、それだけ機内のスペースを食われてしまうから、燃料を積む場所がなくなる。つまり航続距離が短くなる。

かといって、燃料をたくさん搭載すると機体が重くなるから、リフト・エンジンの数を増やすかパワーアップするかしないと、VTOLが成り立たなくなる。あちら立てればこちらが立たず。

また、前部に設けたリフト・エンジンの排気を、機首両側面に設けた巡航用エンジンの空気取入口から吸い込んでしまい、エンジンの動作に支障を来たす可能性が懸念される。なお、リフト・エンジンの空気取入口は背面にあるので、こちらは問題ない。

そして、エンジンの数が増えると、それらのエンジンの推力をどうバランスをとるという問題もついて回る。もっとも、機体の姿勢制御について言えば、エンジンの推力調整で完全にバランスをとるのは、出力調整の面からいっても、スロットル操作に対する迅速なレスポンスの面からいっても難しい。だから普通、前回に取り上げた圧縮空気噴出方式を使う。

このほか、リフト・エンジンは離着陸時にだけ作動させて巡航中は停止するので、運転時間は短いが、サイクル数(始動・停止の回数)が2倍になる。そのことを念頭に置いて耐久性を持たせる必要がある。

といった具合にいろいろ課題があるので、リフト/リフト・クルーズ方式は、簡単そうに見えて簡単ではない。

JSF計画にもあったリフト・エンジン案

フランスではなくアメリカの話だが、統合打撃戦闘機(JSF : Joint Strike Fighter)、つまり今のF-35につながる計画が持ち上がった時、マクドネルダグラス社が提案した機体が、リフト/リフト・クルーズ方式だった。

JSF計画では、マクドネルダグラス、ボーイング、ロッキード・マーティンの3社が3者3様の方式を提案したが、そのうち実機の製作に進む前にボツになったのがマクドネルダグラス案である。

外形だけならいちばん格好良かったと思うが、前述したようなリフト/リフト・クルーズ方式の難点は同様について回るから、ボツにしたのは正しい判断だったと言える。幻のマクドネルダグラス案は想像図しか残っていないが、国防総省のJSF計画公式サイト「jsf.mil」に、その想像図が載っているので紹介する。

マクドネルダグラス案の創造図 資料:米国国防総省のJSF計画公式サイト「jsf.mil」

参考 : Gallery Photos > CDDR > MDA + NGC + BAe (jsf.mil)