定期便の旅客機をはじめとして、普通、飛行機は「危険な場所」は避けて飛ぶものである。避けようがなくなると、フライトそのものが中止になる。ところが世の中には、わざわざ条件が悪い場所に突っ込んでいく飛行機もある。

Mk.Iステルス技術とSMCS

最近は対レーダー・ステルス技術を適用した、いわゆるステルス機が増えつつあるので事情が変わってきている部分もあるが、非ステルス機はレーダー探知を避けるために別の手を使う。

つまり、地面すれすれを飛んだり、山間部を飛んだりする。これを、よくある武器の名称付与規則になぞらえて「Mk.Iステルス技術」と呼ぶ業界ジョークがある。

どちらにしても、上空と比べると気流の条件は良くないし、安定もしていない。いきなり突風に見舞われて、揺さぶられることだってあり得る。すると、大きな主翼を備えた翼面荷重の低い機体よりも、小さな主翼で翼面荷重が高い機体の方が、基本的な傾向としては低空飛行に向いているらしい。

さらに、機体の動揺を感知して、自動的にそれを打ち消す仕掛けを搭載した機体もある。それがB-1Bランサー爆撃機で、SMCS(Structural Mode Control System、構造モード制御システム)というメカを持っている。

最初に開発されたB-1Aは高空侵攻を想定していたが、旧ソビエト連邦の防空システムが強化されて、とてもじゃないが高空侵攻はできないと判断された。そこで低空侵攻に戦術を切り替えたのだが、そうすると安全に、かつできる限り快適に低空飛行を行えるほうが良い。結果、地形追随レーダーだけでなく、SMCSも用意した。

SMCSは、機体の中央部や機首に設置した加速度計とつながっており、空力的な外乱による動揺のデータをとる。そして、その動揺を打ち消す方向に働くように、機首の左右に突き出した小さな動翼(ベーン)を作動させる。これが、快適性の向上だけでなく、負荷軽減によって機体構造寿命の延伸にもつながる。だから構造モード制御システムという名前になったようだ。

  • B-1Bの機首。左右にそれぞれ、斜め下に突き出たベーンが見えるが、これがSMCSのもの。低空飛行を前提とした機体ならではのメカ

低気圧に突っ込んでいく飛行機

普通なら、飛行機は台風やハリケーンや低気圧を避けて飛ぶものだが、たまに例外がある。それがアメリカで飛ばしている「ハリケーン・ハンター」で、自らハリケーンの中に突っ込んでいって、現場から生の観測データをとってくる。

アメリカの東海岸からカリブ海にかけての一帯では、毎年のようにハリケーンが来襲して被害を出している。そこで、米空軍には第53気象偵察隊(53rd WRS : 53rd Weather Reconaissance Squadron)という専門の部隊がある。ホームベースはミシシッピー州のキーズラー空軍基地だ。

ハリケーン・ハンターを務めるのはWC-130Jという機体で、C-130Jハーキュリーズ軍用輸送機を改造したものだ。53WRSはTwitterアカウントも持っていて、日々の任務飛行に関する情報や、任務飛行の際に撮った写真を公開している。

  • WC-130J 写真:Lockheed Martin

ただ、そのための機体を用意して乗員を訓練するといっても、やはりハリケーンの中に突っ込んでいくのは、相応のリスクを伴う。そこで、最近は別の手段を併用するようになった。

WC-130Jが自ら突っ込んでいく代わりに、ハリケーンの上空から、レイセオン社製の小型無人機「コヨーテ」を発射するのである。ハリケーンの中に突っ込んでいってデータをとるのは、その「コヨーテ」の仕事というわけだ。

なお、日本の気象庁に相当する政府機関、アメリカの国家海洋気象局(NOAA : National Oceanic and Atmospheric Administration)にも、やはりハリケーン・ハンターがいる(NOAAハリケーン・ハンターのFacebookページ)。

機体を傷めやすいのは海の上

条件が悪いといえば、海の上もそれだ。海水は塩分を含んでいるから、それが機体やエンジンに付着したまま放置しておくと、機体構造材やエンジンが傷んでしまう。

自ら海上に着水してしまう飛行艇は別枠だが、そうでなくても海面から舞い上がった塩水を浴びる可能性はついて回る。空母搭載機や水上戦闘艦の艦載ヘリコプターはいうに及ばず、洋上で低空飛行を行う機会が多い哨戒機だって、海水の影響からは逃れられない。

いずれにしても、海水が付着するのを避けようとしても現実的ではないので、付着するのは仕方ないから後で洗い流そう、というアプローチになっている。

陸上であれば、機体の上下から真水を浴びせて、機体の表面に付着した海水を洗い流すための設備を設ける。空母や水上戦闘艦だと、そんな仕掛けを用意するわけにはいかないので、どうしても必要となったらホースで水を浴びせるしかなさそう。

ちなみに,中国ではAG600という大型飛行艇を開発しているが、着水・離水に関わる試験は洋上ではなく、内陸部の湖でやるのだそうだ。その方が機体を傷めないし、いちいち洗浄する手間もかからない。「そんな都合のいい湖があるのか」と思ったが、かの国なら問題はなさそうだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。