仕分け作業を行うミズベは特例子会社

インクカートリッジ里帰りプロジェクトでは、消費者が全国3,639局に置かれた専用の回収箱にカートリッジを投函し、これが「ゆうパック」のルートに乗って、エプソンミズベ(以降ミズベ)の湖畔工場に届けられる。ここで仕分け作業が行われるのだ。

ミズベの湖畔工場。ここに全国の郵便局3,639局から回収されたインクカートリッジが集合し、各メーカー毎に仕分けされる。駐車場部分の屋根は建物まで続いており、雨の日に車椅子でも濡れずに移動できるよう配慮されている。

里帰りプロジェクトは、プリンターメーカー6社(ブラザー、キヤノン、デル、セイコーエプソン、日本ヒューレット・パッカード、レックスマーク) の共同事業なので、回収箱にはこの6社のインクジェットカートリッジが混在している。しかし、実際のリサイクル作業は、各社のカートリッジ構造やインクの成分などが異なるため、各社ごとに行うしかない。そこで、集まった回収箱をいったん開けて、メーカーごとに仕分けするという作業が必要になる。メーカーごとに仕分けされたカートリッジは、各メーカーのリサイクル工場に送られることになる。

各メーカー毎にインクカートリッジを仕分けする。インクカートリッジ以外のものが混入されていれば取り除き、分別ゴミとして処分。

サードパーティが加工したインクカートリッジが混入されていることがあるが、加工の内容が不明のため、リサイクルに回すことができない。

各社担当者も舌を巻くエプソンミズベの工夫

特例子会社は、企業が支援する福祉施設といえばわかりやすいかもしれない。しかし、ミズベ代表の宇留賀弘氏は「私どもは福祉施設ではありません。エプソンの企業活動の一翼を担う一事業所です」という。

ミズベ代表 宇留賀弘氏。同社はエプソンの特例子会社だが、コストと効率を考えた作業が行われており、福祉施設ではなく一事業所としての役割をしっかりと果たしているという。

ミズベでは、DTP・印刷・製本業務、防塵衣類クリーニング、ビルクリーニング、製品基盤実装、レンズ加工などさまざまな業務を1984年から行ってきている。特例子会社という社会貢献の面だけではなく、コストと効率をきちんと考えた事業所として、エプソン社内でも名前が知られているのだそうだ。

里帰りプロジェクトが企画されていた当初から、プロジェクトの大きな目標としてカートリッジ回収による環境貢献と、障がい者雇用促進による社会貢献を掲げていた。その為幾つかの障がい者施設の訪問を行なったが、その中で候補として急浮上したのがミズベであった。数百種類のカートリッジの仕分け作業を効率よく行なうには適任であると考えたからだ。しかし、ひとつ問題があった。プロジェクトの仲間とはいえ、通常競合メーカーに自社工場を見せる事は無い。エプソンのプロジェクトメンバーが担当役員に相談したところ「そのような良い事を行なうなら他社に公開しても良い。ミズベを見て頂きなさい」とその場で判断が出た。それから各社メンバーのミズベ工場視察や他候補とのコスト比較など各項目評価が始まり、正式にプロジェクト内で各社合意のもと、仕分け所として決定したのはその後すぐであった。

作業を細かく分解し、人に合わせて再定義

障がい者を中心とした事業所でもっとも難しいのは、社員の個性の幅が広いことだ。ミズベは身体障がい6割、知的障がい4割という構成だが、身体障がいといっても肢体、聴覚、腎臓と内容は様々だ。知的障がいにも様々な個性があり、ひと括りにすることはできない。しかし、共同作業をするには、同じ時間に同じ作業をしてもらわなければならない。ここに、ミズベの工夫がある。

ミズベで行われている作業。工程は細かく分割され、1つ1つの仕事が単純になるようにされている。

工夫の大きな柱になっているのは、作業の"因数分解"だ。カートリッジの仕分け作業は、届いた回収箱を開けて、メーカーごとに仕分けし、別の箱に入れ、数をカウントし、重量を測定、各メーカーに発送という流れになる。これを一般の作業所であれば、「仕分け」「カウント・重量測定・発送」の2ステップぐらいの作業に分けて行うだろう。しかし、ミズベではもっと作業を細かく分けて、ひとつの作業をできるだけ単純化し、「仕分け」「カウント」「重量測定」「発送」という4ステップに分けている。すると仕分け以外の作業は非常に単純なものとなるので、重い障がいをもった人も作業に加われるようになるのだ。

インクカートリッジのカウント作業。カートリッジの種類ごとに、個数をカウントしていく。

この因数分解的な発想は、繁忙期にも力を発揮する。年末などカートリッジの回収量が多いときは、手の空いた人が他の作業にヘルプに入りやすい。単純な作業に分解されているので、すぐに手伝えるのだ。

さらに、ITの力を存分に活用しているのも特長で、カウントや重量測定、発送という作業は完全にIT化されている。カウント台には光センサーが備えられ、そこにカートリッジをひとつずつ通していくだけで自動的に個数がカウントされていく。また、重量測定は測定台の上に載せるだけで自動的に計測される。箱にはID番号が割り振られており、個数や重量はすべて自動的に記録される。作業が終わると発送状が印刷されるので、それを箱に貼れば作業が終了する。

個数をカウントする台には、光センサーが備えられていて、カートリッジをひとつずつ通すだけで自動的にカウントされ、個数データがPCに記録されていく。

重量測定も台に載せるだけで自動計測、自動で記録が行われる。人が数値をPCに入力したりする必要はないので、管理ミスも起きない。ITをうまく活用している好例だ。

このような個数や重量、箱のID番号などの管理は、障がい者に限らず誰でも苦手なもので、一般の作業所でもこの管理ミスからさまざまなトラブルを引き起こすことは多い。ミズベでは多くの工程をIT管理することによって、ケアレスミスをなくし、作業を単純化させることに成功している。

仕分け、カウント、重量測定が終わると、自動的に送付状がプリントされるので、それを箱に貼ることで作業が終了する。

全員参加でこそ成り立つ里帰りプロジェクト

仕分けの作業台は一般のものよりやや低めで、周辺は広くスペースがとってある。車椅子で作業することを前提に高さを合わせ、車椅子の出入りもしやすいようにスペースが確保されている。また、高さが簡単に変えられる椅子も用意されていて、立った状態に近い姿勢での作業がしやすい人、座った状態の方が作業がしやすい人も、この椅子を使うことで、自分に合った姿勢で作業できるように工夫されている。

作業台は一般的な作業所のものに比べて、やや低め。車椅子で作業をする高さに合わせてある。作業台周辺は広くスペースがとられていて、車椅子でのアプローチがしやすいように工夫されている。

作業時間と休憩時間のシフトも、個人に合わせて設定されている。エプソンミズベでは、作業の都合に人を合わせるのではなく、人の都合に作業を合わせることで、効率化を図っているのだ。宇留賀氏の「社員には給料分はきちんと働いていただく」という言葉も重い。給料分きちんと働くことで、自尊心が生まれてくるのはみな同じだ。このような仕組みは特例子会社のモデルケースとしてだけではなく、一般の作業所のモデルケースとして学ぶべき点が多い。視察に来た里帰りプロジェクトの担当者たちが、すぐにミズベの良さを理解したというのも頷ける。

里帰りプロジェクトは"全員参加"で成り立っている。各社プリンターメーカーが協力し、日本郵政が場所と配送手段を提供し、ミズベが仕分けを行い、私たち消費者は使用済みカートリッジを郵便局まで持っていくことで、プロジェクトに"協力"することになる。しかし、その1つ1つの"協力"は、大きな負担となることではなく、ほんの少しの手間でいいようになっている。これをお読みになった読者のみなさんも、ぜひ郵便局まで足を運ぶという形で、里帰りプロジェクトに参加してみていただきたい。

エプソンのインクカートリッジ輸送箱。回収したインクカートリッジが素材。

使用済みカートリッジをいつどこの郵便局に持っていったかを入力すると、いまどのような作業が行われているか、http://inksatogaeri.jp/satogaeri/で、リアルタイムで確認することができる。