「九州新幹線で西九州ルートを完成させたい」国と、「新幹線がほしいと言ったことは一度もない」佐賀県の「バトル」は小休止となるか。双方が譲歩する形で、環境影響評価の実施が決まった。環境影響評価はルートを特定せず、最大幅12kmを参考に実施。今後、環境影響評価などを踏まえてルートや整備のあり方を協議する。着工には次の段階の合意が必要になる。

  • <!-- Original start --></picture></span>赤線は現在の長崎本線、黄色の網かけが筆者が想定するアセスメント(環境影響評価)の範囲(地理院地図を元に加工)<!-- Original end -->

    赤線は現在の長崎本線、黄色の網かけが筆者が想定するアセスメント(環境影響評価)の範囲(地理院地図を元に加工)

7月17日、国土交通事務次官の水嶋智氏、佐賀県知事の山口祥義氏は、九州新幹線西九州ルートについて環境影響評価の実施で合意した。今年度中に事前調査を実施し、2027年度から着手する。環境影響評価は3~5年を要するとのことで、早ければ2030年度、遅くとも2032年度に終わる見通しだが、環境影響評価が終わればただちに着工できるわけではない。

同日発表の「九州新幹線西九州ルートの在り方に関する二者合意」は佐賀県の公式サイトで見られる。全体を俯瞰すると、国は「これまでの不手際を認め、佐賀県側に譲歩した」、佐賀県は「フル規格新幹線は要らない」という従来の立場から一歩踏み出したといえる。

合意文書前段で過去の問題に向き合う

二者合意では、項目を列挙する前に、「速達性などの整備新幹線の一般的なメリットを共有」「佐賀県にとって財政負担や在来線の利便性低下などの大きな課題を認識」と示された。整備新幹線の役割と問題点はここに集約されている。従来の整備新幹線は、自治体にとって「欲しいもの」であり、建設費や並行在来線維持負担もそのために許容すべきものだった。しかし近年、「欲しくはない」「負担する理由がない」という自治体が現れた。「欲しいもの」があるなら、「欲しい人」が買えばいい。西九州ルートの場合、「欲しい人」は国であり、長崎県だった。これを踏まえた議論を進めようと宣言した。

さらに、「国土交通省が開発を進めていたフリーゲージトレインを断念せざるを得なかったという特殊事情」「(国交省が)現在の状況に至った責任を十分に認識」という文言もあった。佐賀県が何度も前提として指摘した主張に応えた文章といえる。「お詫び」とは記していないものの、佐賀県がこれまで指摘してきた国の責任を認める内容といえる。

そもそも、九州新幹線西九州ルートは国が基本計画を策定し、国鉄が建設主体として進められた。この時点で佐賀県は一切の負担がなかった。しかし、整備は長期間進まず、国鉄は経営破綻の末に分割・民営化され、JRが発足した。整備新幹線については、国(鉄道・運輸機構)が建設し、JRに貸し出す形とした。建設費について国と建設地域の自治体が負担し、JRは施設の貸付料を負担する枠組みとなった。ここで佐賀県に費用負担が発生した。

整備新幹線の着工にあたっては、「安定的な財源見通しの確保」「収支採算性」「投資効果」「JRの合意」「並行在来線経営分離について自治体の合意」といった条件がある。この中で、佐賀県が負担に応じなければ、「財源見通し」が成り立たない。そこで思いついたアイデアがフリーゲージトレインだった。佐賀県内にフル規格新幹線の新線を建設しないため、佐賀県の建設費負担を抑えられる方式だった。

ところが、国はフリーゲージトレインを技術的・経済的な理由で断念する。一方で、フル規格となった武雄温泉~長崎間の建設が進み、新鳥栖~武雄温泉間もフル規格で建設しようという気運が高まる。それが当然とでもいうような主張が、国やJR九州、長崎県の関係者から上がった。フル規格新幹線となれば、佐賀県は建設費を負担する必要がある。だから佐賀県は待ったをかけた。これが膠着状態の始まりだった。

佐賀県は、どうしても新幹線を直通させたいなら、「フリーゲージトレインも含めた議論」や「佐賀県にメリットがある佐賀空港経由の検討」も必要と主張する。佐賀県がゴールポストを動かしたように見えるが、佐賀県としては「理不尽な費用負担に応じない」という一貫した立場であり、一方で譲歩の道を探っているように見える。譲歩のためには、国がけじめをつけなければならない。

西九州ルートをめぐって膠着する中、国、長崎県、佐賀県、JR九州とその関係者がさまざまな主張を展開し、佐賀県内でも推進派と不要派に分かれた。意見が混沌とする中で、国土交通省と佐賀県の代表は解決すべき問題をまとめた。それが今回の合意文書である。

環境影響評価の範囲は佐賀駅と佐賀空港を含む

二者合意の項目は、「環境影響評価」「財政負担」「在来線問題」「地域振興」の4つ。「環境影響評価」を実施するための約束として、後者の3項目がある。

  • <!-- Original start --></picture></span>幅12kmについて、国交省側は南端を有明海沿岸道路にする意向と報じられていた。その場合は佐賀市北部ルートも範囲内だった(青の網かけ)。佐賀空港を含めると、幅12kmは在来線の南側になる(黄色の網かけ)。筑後船小屋駅分岐案の幅12km(赤の網かけ)を含めるとすれば幅12kmを超えてしまう(地理院地図をもとに加工)<!-- Original end -->

    幅12kmについて、国交省側は南端を有明海沿岸道路にする意向と報じられていた。その場合は佐賀市北部ルートも範囲内だった(青の網かけ)。佐賀空港を含めると、幅12kmは在来線の南側になる(黄色の網かけ)。筑後船小屋駅分岐案の幅12km(赤の網かけ)を含めるとすれば幅12kmを超えてしまう(地理院地図をもとに加工)

「環境影響評価」は「事前調査を今年度末まで」「環境影響評価を令和9(2027)年度から実施」と時期を指定した。整備新幹線建設の手順は、「基本計画決定」「整備計画決定」「ルート策定・公表」「環境影響評価」「認可申請」「着工条件クリア」「着工」となる。しかし、西九州ルートは経路が確定していないため、「ルート策定・公表」の前に「環境影響評価」を実施し、その結果を踏まえてルートを決定する。この手順は北陸新幹線敦賀~新大阪間でも採用され、想定ルートの範囲を最大幅12kmとして環境影響評価を実施した。二者合意において、西九州ルートも最大幅12kmとした。

かつて、西九州ルートは「佐賀駅を経由するルート」の他に、佐賀県側から「佐賀市北部ルート」「佐賀空港ルート」を提案された経緯がある。佐賀空港ルートは九州新幹線の分岐点が新鳥栖駅ではなく、筑後船小屋駅付近だった。福岡県南部の人々からも支持のあるルートだったが、二者合意は「最大幅12km」とあり、特定のルートを前提としない。

  • <!-- Original start --></picture></span>「幅12kmで環境影響評価」の先例として挙げられた北陸新幹線敦賀~新大阪ルート。この範囲内でルートが決定された(地理院地図をもとに筆者加工)<!-- Original end -->

    「幅12kmで環境影響評価」の先例として挙げられた北陸新幹線敦賀~新大阪ルート。この範囲内でルートが決定された(地理院地図をもとに筆者加工)

この「最大幅12km」は北陸新幹線敦賀~新大阪間の環境影響評価を参考にしており、佐賀県知事は佐賀空港周辺を通るルートも範囲に含まれるとの認識を示している。具体的な範囲は今後の調査などを通じて定まっていくことになる。筑後船小屋駅を分岐点とする案など、どこまでのルートを対象とするかは今後の調査を含めて確認する必要がある。

長崎県と「共同して負担することが適当」

「財政負担」の解決にあたり、「佐賀県の地方負担について、国土交通省は、一定の上限を設ける等、特別の配慮を行う」と示し、「長崎県と佐賀県が、受益の程度等を踏まえて、共同して負担をすることが適当」とした。

整備新幹線はこれまで、線路が通過する地域の自治体が負担するという「属地負担」の考え方だった。しかし、西九州ルートはおもに長崎県が利するルートであり、佐賀県は長崎県と比べて受益が少ないと主張してきた。そこで、線路の所属距離ではなく、長崎県と佐賀県が受ける利益に応じて配分しようとなった。利益に応じた負担、つまり「応益負担」である。

「整備新幹線は要らない」とする自治体がある場合、従来の属地負担より、応益負担の考え方がなじむのではないか。過去にもこの議論があって、本誌の記事「新幹線西九州ルート、佐賀県の負担軽減を検討も…対話が希薄では?」(2025年11月8日掲載)でも応益負担を紹介した。別府英俊氏の論文をもとに、佐賀県と長崎県でほぼ同額が適当という試算を紹介した。

長崎新聞電子版7月27日付の記事「新幹線長崎ルートの今後は(2)」によると、二者合意を受けて、長崎県知事の平田研氏は「負担の検討は在りうる」と語ったという。ただし、「多くの論点がクリアされれば」という条件付きであり、これは整備新幹線の枠組みから除外されるしくみが必要という見解だろう。財源負担は県議会の承認が必要で、そのために建設費を明確にする必要もある。環境影響評価が進み、見積もりが出てから決断すると考えられる。長崎県も含めた財政負担のあり方は、今後のルート議論と合わせて検討されることになる。

記事では、「佐賀県幹部が国交省に対し『実質負担は最大でも長崎県の2分の1以下だ』と伝えた経緯もある」と書かれてある。これは少し言いすぎではないかと思う。佐賀県側は、過去に「佐賀には新鳥栖駅がある」「福岡県へ移動するためには在来線特急で十分」という意見もあったが、これはおもに佐賀市の考え方といえる。佐賀県は佐賀市だけではない。西九州新幹線が通る嬉野市と武雄市は二者合意を歓迎し、福岡県への新幹線直結を期待している。佐賀県北部の唐津市長も歓迎していると報じられた。

在来線は分離せず - JR九州は「本数約束できぬ」

並行在来線については、「現行の経営形態を維持する」と示し、分離しない考えを示した。JR九州側も、過去に「分離を前提としない」との考えを示している。しかし、二者合意で「佐賀駅を通るルートとなる場合には、特急列車及び普通列車のそれぞれについて、開業前の本数を確保する」とした点に関して、JR九州代表取締役社長執行役員の古宮洋二氏は、開業が10年後として「10年後の需要が予想できないため約束できない」とコメントした。

たしかにその通りではあるものの、身も蓋もないというか、「10年後も本数を維持するために自治体の地域振興に期待し、協力したい」くらいのことは言えなかったのか。整備新幹線はちょっとした言葉遣いでこじれていくだけに、少し残念に思う。

先に述べた通り、佐賀県は佐賀市だけの県ではない。県西部は二者合意に期待を寄せていると思われるし、唐津市長による歓迎のコメントは、佐賀駅に乗り入れる唐津線の動向も見据えていると考えられる。県全域の発展という観点で考えるなら、筆者には佐賀駅ルートが最もふさわしいように思える。佐賀空港ルートを選択肢としてきた佐賀県のねらいは何だろうか。「新幹線と直結すれば福岡空港のサブ空港になる」などの見解も報じられているが、佐賀空港の発展を目的として新幹線を使うことは、はたして佐賀県全体を利することになるだろうか。

佐賀空港は振興策を別途用意

二者合意では、佐賀空港について新幹線によらない振興策を盛り込んでいる。佐賀空港の滑走路延長と平行誘導路の整備について、九州北部地域の福岡空港、北九州空港、佐賀空港(九州佐賀国際空港)のあり方を2027年度から検討、調査する。佐賀空港は県営空港だが、今回の合意では国も検討・調査することになった。

  • <!-- Original start --></picture></span>二者合意に記載された地域振興策(地理院地図をもとに加工)<!-- Original end -->

    二者合意に記載された地域振興策(地理院地図をもとに加工)

佐賀市中心部で途切れている有明海沿岸道路と佐賀唐津道路の早期完成について、国と県が連携協力して整備。佐賀市内の南北アクセスは国と県と市が連携する。佐賀空港は佐賀駅とのアクセスに課題があり、過去に路線バスの廃止もあった。佐賀空港と佐賀市に必要な施策は、新幹線で佐賀と福岡と結ぶことよりも、佐賀市中心部のアクセス改善ではないかと思う。

先に西九州新幹線の並行在来線となった長崎本線の江北~諫早間は、上下分離した上でJR九州が運行している。この区間は交通系ICカードの導入を推進する。

二者合意はルートの決定ではなく、着工の合意でもないと但し書きが付いている。しかし、内容を読み解き、国と佐賀県以外の関係者の意向も見ていくと、今後のルートや着工をめぐる議論の道筋は見えてきたと言えそうだ。佐賀県知事、国交省事務次官の交渉力の賜物である。今後の議論が、佐賀県にとっても納得できる形で進むことを期待したい。