「お風呂に入って、ぼーっとしている時に『これならいける!』とひらめくことが多いです」

一日の終わりに、仕事で疲れ切った体を労わる癒しのひと時。静かな空間の中でひらめいたアイデアが、やがてホールを熱狂へと変える――。

SANKYO商品企画部次長の岩本貴裕氏にとって、それは決して“偶然”ではない。“65%規制”の時代に登場し、ユーザー体験そのものを塗り替えた『CRフィーバー戦姫絶唱シンフォギア』(以下『シンフォギア』)。その“ひらめき”の裏側にも、数えきれない試行錯誤と積み重ねた経験、そして市場やユーザーに対して真摯に、誠実に向き合い続けてきた時間があった――。

  • 『CRフィーバー戦姫絶唱シンフォギア』を担当したSANKYO 商品企画部次長・岩本貴裕氏 撮影:泉山美代子

    『CRフィーバー戦姫絶唱シンフォギア』を担当したSANKYO 商品企画部次長・岩本貴裕氏 撮影:泉山美代子

運命を変えた“函館の夜”

「パチンコとの出合いは、大学時代、友人に誘われたのがきっかけです。関西の大学だったのですが、大学の実習で函館に行くことがあって。夜7時くらいになると、お店が閉まっていて遊ぶところがなかったんです」

いつもと変わらない函館の街。観光地を訪れた学生たちは、非日常に高揚感を覚えながらも、時間を持て余していた。そんな中、友人の一言が岩本氏の運命を変える。

「パチンコ好きの友人から『行こうぜ』と誘われて、初めてパチンコを打ちました。その時に打ったのが、SANKYOの『CRフィーバー大ヤマト2』。そこから一気にハマっていきました」

勝ち負けを超越した体験がそこにはあった。“函館の夜”が明けても興奮は続き、日常へと戻った彼を突き動かした。

「当時は大学に通いながら、塾講師とパチンコ店のアルバイトを掛け持ちしていました。そんな忙しい中でも時間を見つけては、プライベートで週6日ほど打ちに行くような生活でした」

やがてそれは“好きなもの”となり、生活の中心にも入り込んでいく。仕事を選ぶ上でも、大切な軸となった。

「自分は理系だったので、就職活動では、ものづくりの仕事をしたいと思っていましたし、せっかくだから好きなパチンコを作る側になりたくてSANKYOを受けました」

17年のキャリアと変わらない距離感

新卒で入社してから、気づけば17年。業界の変化を内側から見続けてきた。その一方で、岩本氏の身近な環境、特に家族の反応は、決して大げさなものではなく、拍子抜けするほど淡々としていた。

「新卒でSANKYOに入社して17年になります。自分の家族は誰もパチンコをやらないので、当時は『就職先、決まったよ』『どこ?』『SANKYOっていうパチンコメーカー』『ふーん』と、そんな感じで終わりました(笑)」

華やかな業界イメージとは裏腹に、極めて静かな反応。だが、その距離感が、かえって彼を冷静に保ってきた。

「最初に担当した機械が出ても『ふーん』、今こういうCMをやっていると伝えても、『見たよ』くらいでしたね(笑)」

周囲からの余計な期待もなければ、過剰なプレッシャーもない。その環境の中で、彼はただ“面白いものを作る”ことに集中し続けてきた。

開発現場で躍動する“複雑な交差点”

現在の業務は、ひとことで言い表せるものではない。企画、演出、音、外部パートナーとの調整――あらゆる要素が交差する。

「企画部門のNo.2という立場で、私はパチンコを担当しています。加えて、現場を回すゲームディレクター的な役割もやっています。演出企画を考えたり、協力会社さんに作ってもらった演出のチェックをしたり、音の発注や良し悪しの判断をしたりと、かなり幅広く関わっています」

業務は横断的だが、それは孤独な作業ではない。

「もちろん一人で全部やっているわけではなく、企画の中でも2~3人の小さいチームで分担しながら進めています」

それらを結集させるためには、日々の下準備が必須だ。

「朝出社したら、まずは自分が直接ディレクターとして見ている機種について、協力会社さんとのやり取りを優先します。協力会社さんが出社される時間帯に、『今日この作業をお願いします』と依頼をかけておく。自分が直接担当する業務は朝一である程度終わらせて、その後に部全体の仕事を進めることが多いですね」

試打工程によって変わる評価軸

業務の中で岩本氏が最も神経を使うのが“試打”だ。試打という工程にも、段階によって明確な違いがある。

「まずアルファ版、いわばプロトタイプ段階では、その機械のコンセプトがしっかり伝わる作りになっているかを見ます。映像はまだラフ状態で、絵コンテレベルだったりもするので、絵がきれいかどうかは判断できません」

重要なのは、何を面白さとして提示しているか。その核が伝わらなければ、どれだけ作り込んでも意味がない。次の段階では、評価軸が変わる。

「評価試打の段階になると、それが遊技者の心に刺さる映像になっているか、演出の振り分けやバランスが取れているかどうかを見ます」

そして最終段階では、バグがないかの徹底したチェックが行われる。試打のなかでは、もっとも緊張感を伴う工程だ。

「最終版になると、全体的なバグがないかを確認するのが中心です。バグ自体は開発の過程ではどうしても日々見つかってしまうものなので、小さいものを日々直していく形ですね。ただ、本当に最終版で見つかると、『原因を探せ!』『似た条件でも起こらないか総当たりでチェックしよう!』となって、急いで関係各所にも連絡して、一気に緊張感が高まります」

そこまで頻繁に発生することはないが、このような不測の事態にも、柔軟に対応する体制が整っている。

積み重ねた先にある“ひらめき”

そして、冒頭の言葉に戻る。

「お風呂に入って、ぼーっとしている時に『これならいける!』とひらめくことが多いです」

それは決して偶然ではない。日々の業務、過去の経験、市場やユーザーの理解――それらが無意識の中で繋がった瞬間でもある。

「ひらめいたらメモだけしておいて、翌日、会社で実現可能かを急いで確認します」

丁寧に繰り返してきたルーティン。そこから生み出されるのは、“必然の産物”であることが彼の言葉からも伝わる。

『シンフォギア』をひらめいた瞬間については、「かなり前のことなので、そこは覚えていないのですが(笑)」と正直に話すが、間違いなく分かっていることがある。

「今となっては当たり前となった1種+2種混合機が当時は少数派で、自分はそれ以前にも『CRフィーバー涼宮ハルヒの憂鬱』『CRフィーバーマクロスフロンティア2』など1種+2種混合機の機械を担当していて、そのアイデアが自分の中にかなり蓄積していたんです。そこに65%規制という時代背景が重なって、『これならいける!』となりました」