国鉄時代に登場したキハ40形気動車は、1977~1982年にかけて392両を製造。このうち150両をJR北海道が継承した。半世紀近くにわたり活躍してきたが、JR北海道のキハ40形は2026年3月のダイヤ改正で定期運行を終了したという。今後は観光列車や臨時列車として不定期に運用され、数年後に完全引退する予定と報じられている。
北海道新聞2025年12月13日付「『キハ40形』定期運行終了 JR北海道 3月14日ダイヤ改正」によると、「すぐには完全引退とはならないが、順次検査期限を迎えることから、あと数年で役割を終える」とのこと。この報道が出た時点で、JR北海道は14両を保有していた。
現在、旅客営業を行うキハ40形は、観光車両「北海道の恵み」シリーズ4両、「山紫水明」シリーズ2両、国鉄色1両、宗谷本線急行色1両の計8両。その他に2両が軌道検測車マヤ35形の前後に連結され、動力車として使用されている。営業車両の8両と合わせて10両になるから、12月からの3カ月間で4両が引退したことになる。軌道検測の任務にあたるキハ40形2両は、2026年度内にキハ150形改造の自走式電気検測車と交替する予定のため、さらに2両減るとみられる。
直近でキハ40形を使った臨時列車として、2026年5月の土・日曜日に宗谷本線で急行「花たび そうや」を運転する予定。キハ40形の「山紫水明」シリーズ2両がキハ54形「旧急行礼文用転換クロスシート車両」2両を挟み、4両編成で運転する。このように、今後もしばらくの間、観光列車や臨時列車としてキハ40形の活躍を見られるだろう。
もっとも、JR北海道は観光車両として「赤い星」「青い星」を導入し、2027年度の運転開始を予定している。「赤い星」編成はハイグレードなクルーズトレインとして運用するから、キハ40形の観光車両とは競合しないと思われる。一方、「青い星」編成はミドルクラスで、キハ40形で運行している「流氷物語号」と同じ時期に釧網本線を走るなど、キハ40形の観光車両を置き換えるようなコースを設定している。数年を待たず完全引退するかもしれないだけに、公式サイトやツアー紹介サイトなどで臨時列車の運転予定を把握しておきたい。
キハ40系の基本車種・キハ40形、トップナンバーは北海道に
キハ40形は国鉄時代に製造されたキハ40系グループの中心となる車種。キハ40系は非電化区間の普通列車用として、幹線からローカル線まで幅広く運用するために開発された。キハ40系が登場した当時、蒸気機関車と客車の時代が終わり、ディーゼルエンジンを搭載した気動車が非電化区間の主役に。エンジンの高出力化、車体の大型化で気動車も進化していた。キハ40系は、キハ10系やキハ20系に続いて、さらに強力なエンジンと大型車体を採用した車両である。キハ20系の後、通勤用に特化したキハ35系、近郊形のキハ45系が製造されたが、キハ40系は大都市以外の路線に向けて設計された。
キハ40系の基本設計として、車体は急行形クラスの大型として幅を広くする一方、裾を絞ることで既存の施設に適合させた。座席は車端部にロングシート、それ以外は4人掛けボックスタイプを配置したセミクロスシートだった。
エンジンは220馬力タイプを1基搭載した。このエンジンはキハ45形の180馬力より強力だったものの、大型車体を採用したため、加減速と登坂能力が犠牲に。当時の急行形は12気筒500馬力だったが、キハ40系は6気筒エンジンで、勾配が大きい山岳区間の運用は避けるしかなかった。量産の必要と国鉄の予算の都合で、車体に似合わない非力な性能となった。
キハ40系はかつて4形式を計画していた。「車両の片側に運転台、両開き扉」のキハ47形、「車両の片側に運転台、片開き扉」のキハ48形、「車両の両側に運転台、片開き扉」のキハ40形、「車両の両側に運転台、両開き扉」のキハ41形である。ただし、キハ41形はトイレと運転室で暖房ダクトの設置が困難になると判明し、設計が中止された。
最も低コストなパターンは、キハ48形の「車両の片側に運転台、片開き扉」だが、乗客の少ない路線で運行する場合、1両単位で走れる両運転台の車両が必要になる。乗降客が多いなら両開き扉が良い。そう考えると、キハ41形は「1両単体で乗降客が多い路線向け」となり、設計の目的が矛盾している。結果としてキハ41形を除く3形式が成立した。
キハ47形、キハ48形、キハ40形の3形式はそれぞれ細部が異なった。たとえば「乗降扉付近のデッキと客室仕切りの有無」「窓の大きさ」「二重窓の有無」「トイレの有無」「台車が空気バネかコイルバネか」など。これらを組み合わせて「暖地仕様」「寒地仕様」「準寒地仕様」「酷寒地仕様」ができた。製造年度によって設計を変更した箇所もある。同じキハ40形でも、北海道と九州ではかなり違う。趣味の対象としても興味深い。
キハ40系は1977~1982年に合計888両を製造。内訳はキハ40形392両、キハ47形370両、キハ48形126両だった。このうちキハ40形150両・キハ48形7両が北海道に割り当てられた。キハ40形の製造番号トップナンバーは「101」で、北海道向け。製造番号が「1」(0番代)にならなかった理由は、過去に「キハ40 1」を名乗った車両が北海道にあり、重複を避けたためだった。この旧キハ40形はオハ62形客車を改造した気動車で、3両(「1」~「3」)製造された。しかし現行のキハ40形が登場する10年前、1966年に「キハ08形」へ変更されている。
北海道で活躍したキハ40形の変遷をたどる
北海道のキハ40形は100番代を付与された。150両も存在したため、製造番号は200番代を超えて「101」~「250」となった。両側に運転台があり、乗降扉は片開き、デッキあり、トイレありの「極寒地仕様」だった。エンジンは220馬力で、耐寒耐雪仕様の空気バネ台車を装着。空気バネは「101」~「116」と「117」以降で軸箱支持装置が異なる。
北海道における最初の改造は1988年。札幌~稚内間の急行「宗谷」(宗谷本線経由)・「天北」(天北線経由)の14系客車を置き換えるため、キハ40形9両(「141」~「149」)を急行用に改造し、形式をキハ400形(「141」~「149」)に変更。あわせてキハ48形(「304」と「1301」~「1303」)も急行形に改造し、キハ480形(「304」と「1301」~「1303」)とした。両形式を合わせて「キハ400系」とも呼ばれた。おもな改造箇所として、動力系はエンジンを330馬力タイプに交換し、変速機も交換。冷房装置を設置した。客室にリクライニングシート、窓にカーテン、さらに読書灯も設置し、特急車両並みの設備とした。
残りのキハ40形141両は、1990~1994年にかけてワンマン運転対応の改造を実施した。これらの車両には700~800番代が与えられた。なお、キハ40形の「802」~「805」と「813」~「825」は片側のクロスシートを1人掛けに改造されている。
1996年にキハ40形「702」「748」「773」「782」が札沼線に転属し、機関を330馬力タイプに換装。客室とデッキの仕切りを撤去し、半自動ドア化した。車両番号は300番代(「301」~「304」)に。石狩当別~新十津川間向けにキハ40形「769」「770」を「401」「402」に改造した。機関は450馬力の強力タイプに換装。塗装はライトグレーに変更された。
1997~1998年にかけて、急行「宗谷」などで使用するため急行形に改造したキハ400形のうち、「141」「142」「149」をお座敷車両に改造し、キハ400形「501」「502」「503」とした。デッキを撤去して客室内をカーペット敷きに変更し、掘りごたつ構造とした。
1998~1999年にかけて、日高本線でキハ40形が再転属することになり、350番代(「351」~「360」)が登場。キハ40形「351」から順に、改造タネ車は「718」「713」「717」「753」「728」「743」「719」「731」「794」だった。機関を330馬力タイプに換装したが、内装は変更なし。塗装は独特で、白い車体に窓枠から上が青、窓下にピンク、裾に緑色を配した。競走馬の産地を走ることから、運転席の窓下に「優駿浪漫」のロゴを付けた。
1998年、急行「宗谷」などが特急列車化され、キハ400形とキハ480形は任務終了となった。キハ400形のうち、お座敷車両にならなかった「143」「144」「145」「146」「147」「148」は形式をキハ40形に戻し、キハ40形330番代(「331」~「336」)に。キハ480形(「1301」~「1303」)もキハ48形(「1331」~「1333」)に戻された。これらの車両はすべてロングシート化され、デッキと客室の仕切りも撤去。半自動ドアとなり、札沼線に転属された。
700番代のまま未改造だった車両のうち、85両は2003~2011年にかけて延命改良工事を実施。機関を330馬力タイプに換装し、暖房の強化、天井の扇風機を直線的な送風ファンに変更、前照灯のハロゲンランプ化などを行った。延命改造は700番代の未改造車すべてで実施する計画だったが、39両が未改造のまま廃車となった。
改造の変わり種として、キハ40形「764」を挙げたい。1999年、映画『鉄道員(ぽっぽや)』のロケ撮影にあたり、原作の時代考証に合わせてキハ12形風の外観に改造された。現在は車体の先頭部分がロケ地の幾寅駅(現在は廃駅)で保存展示されている。
現存車両の8両についてまとめると、次の通りとなる。
観光車両「北海道の恵み」シリーズ
- 「道北 流氷の恵み」 : キハ40形「234」として1981年に製造。ワンマン化改造で「720」に改番。延命工事で機関を330馬力化し、「1720」に改番。2018年から現在の姿になる
- 「道東 森の恵み」 : キハ40形「225」として1981年に製造。ワンマン化改造で「779」に改番。延命工事で機関を330馬力化し、「1779」に改番。2018年から現在の姿になる
- 「道南 海の恵み」 : キハ40形「218」として1981年に製造。ワンマン化改造で「809」に改番。延命工事で機関を330馬力化し、「1809」に改番。2018年から現在の姿になる
- 「道央 花の恵み」 : キハ40形「224」として1981年に製造。ワンマン化改造で「780」に改番。延命工事で機関を330馬力化し、「1780」に改番。2018年から現在の姿になる
観光車両「山紫水明」シリーズ
- 「山明」 : キハ40形「199」として1980年に製造。ワンマン化改造で「790」に改番、延命工事で機関を330馬力化し、「1791」に改番。2019年から現在の姿になる。座席にテーブルを取り付け可能
- 「紫水」 : キハ40形「198」として1980年に製造。ワンマン化改造で「791」に改番、延命工事で機関を330馬力化し、「1790」に改番、2019年から現在の姿になる。座席にテーブルを取り付け可能
特別塗装
- 国鉄色 : キハ40形「176」として1980年に製造。ワンマン化改造で「759」に改番。延命工事で機関を330馬力化し、「1759」に改番、2021年から現在の姿になる
- 宗谷本線急行色風 : キハ40形「204」として1980年に製造。ワンマン化改造で「747」に改番。延命工事で機関を330馬力化し、「1747」に改番、2020年から現在の姿になる。「北の40記念入場券」を盛り上げるため、「北の復刻40リクエスト」を実施し、6種類の塗装で人気投票を行い、この塗装に決定。車両自体はキハ400形になったことはない
道南いさりび鉄道のキハ40形も更新か
2003~2011年に延命改造されたキハ40形のうち、「1793」「1796」「1798」「1799」「1807」「1810」「1812」「1814」「1815」は道南いさりび鉄道(2016年開業)へ譲渡された。このうち「1793」「1799」は観光車両「ながまれ号」として、座席にテーブルを取り付け可能。観光列車「ながまれ海峡号」としても活躍している。
北海道新聞2月26日付「いさ鉄車両 更新検討へ 沿線協 製造後40年以上経過で」によると、北海道、函館市、北斗市、木古内町による沿線地域協議会は、道南いさりび鉄道キハ40形の更新について検討を始めるという。新造車両に更新する場合、発注から納入まで3~5年かかり、自治体の費用負担も発生するため、導入スケジュールと必要車両数、負担割合を検討。国の支援や宿泊税なども視野に入れるとしている。
キハ40系は2016年にJR東海で全車両の運用を終了し、JR四国とJR九州も新型車両への置換えが始まった。JR東日本は観光列車用に改造した車両のみ保有している。JR西日本は山陽・山陰エリアで現在も運用しているが、老朽化は避けられず、引退は時間の問題となっている。
大型の鋼製車体を採用し、非力ながら丈夫で長持ちというキハ40系は、定期運用を離れた後も観光列車に改造され、運用を続けた。JR発足後に始まった観光列車ブームの立役者でもある。日本全国に分布し、運用期間も長いことから、多くの人々が利用し、目にしてきた車両ではないかと思う。鉄道ファンなら誰もが思い出を持つ車両である。しかし、約半世紀にわたる活躍も終焉の時が近づいている。



