ニュースなどを通じて、すでに知っている人もいるかもしれませんが、日本で初めて、市販の緊急避妊薬「ノルレボ」が発売されることになりました。この動きは、日本の女性の健康と権利(SRHR)にとってどのような意味を持つのでしょうか。また、実際に購入する際に気をつけるべきことはあるのでしょうか。長年、現場から声を上げ続けてきた産婦人科医の宋美玄先生に詳しく聞きました。

日常的な避妊とは違う! 緊急避妊薬とは

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緊急避妊薬(レボノルゲストレルなど)は、性行為の後に服用することで、排卵を抑制・遅延させる薬です。精子と卵子が出会うのを防ぐ、あるいは受精卵が着床しにくい環境を作ることで、妊娠の成立を阻止します。

避妊に失敗した場合などに、意図しない妊娠を防ぐ「避妊薬」であって、中絶薬ではないため、仮に妊娠している女性が服用したとしても、妊娠を中断させる作用はありません。

薬の効果は「早ければ早いほど良い」

効果を得るには、性行為後72時間(3日)以内に服用することが推奨されています。時間の経過とともに薬の効果は低下する※ため、「服用は早ければ早いほど良い」のが原則です。

※性交後72時間以内にレボノルゲストレル製剤1.5mgを1回投与した際の妊娠阻止率は 84%ですが、72時間を超えて同剤を服用した場合には63%に減弱する傾向があると報告されています。

WHO(世界保健機関)などが示すエビデンスから、適切に使用すれば安全性が高い薬であると考えられていますが、ホルモン剤のため、吐き気、頭痛、倦怠感、不正出血といった副作用が一時的に生じることがあります。

日常的な避妊法の緊急バックアップ

緊急避妊薬は、あくまで「緊急用」です。日常的な避妊には、低用量ピル(OC)や、「ミレーナ」などの子宮内避妊具(IUS/IUD)の使用が推奨されます。避妊法の「最後の手段」として、日常的な避妊法の緊急バックアップと捉えることが大切です。

日本でもようやく市販化へ、処方箋なしで購入が可能に

どんなに気をつけていても、「コンドームが外れる」「ピルを飲み忘れる」といった予期せぬ事態は起こり得るものです。「もしかしたら……」と心配になり、次の月経が来るまで気が気でない日を過ごした経験のある人は少なくないでしょう。緊急避妊薬にはそうした女性たちのセーフティーネットの役割があります。WHOはこれを「必須医薬品」に指定しており、欧米やアジア諸国を含む70カ国以上で、薬局で処方箋なしで購入することが可能です。

保護者の同伴・同意は不要に

日本でも2023年11月より一部の薬局で試験販売が行われ、今回ようやく市販化にこぎつけました。それにあたり、試験販売では義務付けられていた、18歳未満に販売する際の保護者の同伴、同意は不要になりました。

ただし、薬剤師との対面のみでの販売となり、購入後に薬剤師の目の前で薬を飲むこと(面前服用)は、変わらず必須です。

また、避妊が成功したかどうか(妊娠していないか)をフォローする3週間後の婦人科受診、妊娠検査薬による確認手段の徹底に加え、16歳未満などの難しいケースで孤立させないよう、地域の支援センターや産婦人科とスムーズにつなぐ連携体制の整備なども、試験販売時と同様に盛り込まれています。

処方箋なしで購入できるようになったのは大きな前進

日本は、長らく緊急避妊薬を求めるのに、「医師の処方箋が必須」という極めて高いハードルを維持してきました。

これまでの体制では、女性たちは避妊の失敗に気づいた直後から婦人科を探して予約を取り、仕事を調整して受診し、処方箋をもらって薬局へ行く……という、いくつもの工程を経て、ようやく緊急避妊薬にアクセスができる状態にありました。特に、夜間や休日、医療機関の少ない地方においては、「72時間以内に薬を手に入れること」が物理的に困難なケースも多々あります。

しかし、緊急避妊薬の本質は、その名の通り「緊急性」にあります。性行為後72時間以内に服用しなければ、避妊効果は大きく下がります。本来であれば防げたはずの予期せぬ妊娠が、アクセスの悪さによって防げなくなるというのは、単なる「便利か不便か」という話ではなく、女性の人生を左右する機会の損失であり、人権に関わる問題にもつながります。

今回、OTC化にあたり、処方箋なしで緊急避妊薬を購入できるようになったのは、大きな前進といえるでしょう。

次の一歩は「女性の自己決定権の尊重」

また、OTC化が進まなかったのには、緊急避妊薬が手に入れやすくなると、「安易な避妊の助長につながる」「性感染症が増加する」「濫用される」といった懸念が示されたことも関係しています。

その懸念を抱くこと自体は理解できますが、海外の先行事例や研究データを見ても、緊急避妊薬のアクセスを良くしたことで、避妊具(コンドームなど)の使用率が下がったり、性感染症が爆発的に増えたりしたという事実は確認されていません。

それに、「安易な方法」というのも失礼な話です。「薬を飲むだけ」とはいえ、吐き気などの副作用を伴う可能性のある薬です。安易に選ぶ人がどれだけいるでしょうか。

将来的には「面前服用」ルールもなくせるように

現在はOTC化しても、「薬剤師の面前で薬を飲む」というルールが残っています。転売や不正使用を防ぐ目的とされていますが、あまり女性のことを考えたルールとはいえないと思っています。

望まない妊娠の不安を抱えながら薬局に駆け込んだ女性が、他の客がいるかもしれないカウンターで、コップ一杯の水とともに「今、ここで薬をのんでください」といわれる状況を想像すると、心の奥がギュッとなります。

薬の適正使用を指導することはもちろん大切ですが、この面前服用のルールは、「あなたは信用できないから、証拠を見せなさい」と迫る、一種の「脅し」のようにも見えます。 なかには性暴力の被害者が購入するケースも考えられます。そうした当事者に対し、監視下での服用を強いることは、二次加害にもなりかねません。

今後、なるべく早期にこのルールが見直され、女性の「SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ:性と生殖に関する健康と権利)」が尊重されるようになることを願うばかりです。

真のゴールは「自分の体を自分で守れる」社会

SRHRとは、簡単に言えば「自分の体に関することを、自分自身で決められる権利」のことです。子どもを産むか産まないか、いつ産むか。そして、どのような方法で避妊するか。これらは誰かに強いられるものではなく、女性が自分自身で決めることです。

そのためには緊急避妊薬のOTC化に加え、低用量ピルへのアクセス改善や価格の見直し、そして学校での包括的な性教育が欠かせません。確実な避妊手段と正しい知識という土壌があってこそ、望まない妊娠を根本から減らせるからです。

緊急避妊薬を身近にすることは、自分の人生を守る「お守り」を手渡すことと同じです。誰もが余計なハードルを感じず、必要な医療にアクセスできる。今回のOTC化が、そんな当たり前の社会に変わるきっかけになることを願っています。


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