フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』(毎週日曜14:00~ ※関東ローカル)で、7日に放送された「生きる歌2 ~帰ってきた三角公園の歌姫~ 前編」。大阪・西成で命の叫びを響かせるジャズシンガー・坂田佳子(52)を追った作品で、14日にはこの後編が放送される。

2年半前の放送の続編である今回描かれているのは、坂田と、その歌声を支えにしてきた仁美さん(57)の物語。仁美さんに「家族のような存在」と言ってもらうほど寄り添いながら取材した蜂谷時紀ディレクター(テレビマンユニオン)が、彼女との別れと、改めて感じる坂田の魅力を語った――。

  • (左から)末期がんの闘病中にライブに駆けつけた仁美さん、坂田佳子 (C)フジテレビ

    (左から)末期がんの闘病中にライブに駆けつけた仁美さん、坂田佳子 (C)フジテレビ

坂田佳子の歌を聴くために、聴くために…

末期がんと闘う仁美さんは余命宣告を受けてから「やりたいことノート」を作り、坂田の故郷・福井のひまわり畑を訪れたり、海外旅行にも出かけたりした。しかし、病状が悪化して横になることすらつらい状態となり、外出することさえ困難に。それでも坂田の歌を聴くと表情が輝き、その歌声が生きる力となっていた。

ライブがない期間も、CDやYouTubeなどで坂田に触れ続けていた仁美さん。余命半年と言われていたが、坂田の歌声がその命を延ばしているのを感じた蜂谷Dは「佳子さんの歌を聴くために、聴くために…という強い思いで、生き続けられていたような気がします」と語る。

大阪・西成の三角公園で行う坂田のライブには、仁美さん以外にも車いすで歌声を聴きに来た人の姿が複数見られた。彼らも仁美さんのように、そのエネルギーを受け取ろうと集まっているのかもしれない。

蜂谷Dが坂田を追い続ける背景としては、仁美さんのことを気にかけていたことも大きい。彼女の「やりたいことノート」には、「自分がテレビに出て、同じようにがんで苦しんでいる人たちに勇気を与えたい」とも書いてあったそうで、蜂谷Dは「自分の責任として、その願いをかなえなければいけないと思っていたので、今回放送することができて良かったなと思います」と、安堵の表情を浮かべた。

仁美さんの姿に心を動かされたのは、坂田も同様。つらい体の仁美さんに「頑張れよ、気持ちで超えよう」と声をかけてきた坂田だが、後に自身が体調不良になって、その苦しみを知り、「今の私だったら、あんなこと言ってないかもな」と、つぶやいていたという。

  • (C)フジテレビ

    (C)フジテレビ

初めて経験した取材対象者の死去

三角公園のライブの後、車いすに乗って帰っていく後ろ姿を、「また会いたい」という気持ちでいつまでも撮り続けていた蜂谷Dだが、次に会ったのは1カ月後、容体の急変を聞いて自宅に駆けつけたときだった。

そして仁美さんは、ついに力尽きる。葬儀での撮影を許されたが、カメラを持つ手に涙がこぼれて止まらなかった。

「取材対象の方が亡くなるという経験は初めてでした。20回以上あった抗がん剤治療にも、一緒に車に乗せてもらって同行させてもらったりして、仁美さんは僕のことを“家族のような存在”と言ってくれていたんです。だけどLINEでやり取りしていても、励ましたい気持ちはあるのに、どう声をかけていいのか分からなくて…。家族でもない、他人でもない不思議な関係でした」