2024年に『R-1グランプリ』史上初となるアマチュアファイナリストとなり、大きな注目を集めたお笑い芸人・どくさいスイッチ企画。同年3月に会社を辞め、5月に関東へ移住、そして今年8月にアミューズに所属した。『R-1』決勝進出を機に人生が一変したどくさいスイッチ企画にインタビューし、芸人を目指したきっかけ、プロ転身や事務所所属を決めた思いなどを聞いた。
――そもそもお笑いに目覚めたきっかけを教えてください。
小学校5年生のときに神奈川から神戸に引っ越し、そのタイミングで『爆笑オンエアバトル』や『エンタの神様』などネタ番組を見るようになり、短いネタをやって人を笑わせている人がいると知って興味を持つようになりました。
――お笑いを楽しむ側から、笑わせる側になりたいと思ったのはいつ頃からですか?
バラエティ番組や吉本新喜劇など、同じ時間を共有してアドリブで笑いを取るのは自分にはできないだろうと思っていましたが、短い何かを台本として作って、それを人前でやって笑いを取ることはできるのではないかと思い、高校生のときに漫才をしたりしていました。高校では演劇部に入って演劇の台本も書いていましたが、感動より笑いの方が身近だったので、だんだんお笑いの方に行ったという感じです。
――そして大学でガッツリお笑いを始められて。
そうですね。高校で演劇部に入っていましたが、集団競技が向いてないと感じ、漫才がいいと思って大学では落語研究部に入りました。そこで落語を始めたら、落語がすごく性に合っていて、自分は1人が合っているんだなと。たまに遊びで漫才やコントもやりましたが、落語に全ベットした4年間でした。
――大学卒業時、プロの芸人ではなく会社への就職を決断された思いをお聞かせください。
リーマンショックの世代で、2009年に就職活動していて、なかなか内定がもらえず100社ぐらい落ちたんですけど、何個か内定をもらえて。就活が大変すぎて、やっともらえた内定を蹴ってお笑いの道に進むのは意味がわからないと思ったので就職しました。
――サラリーマン時代はどんなお仕事をされていましたか?
ずっと経理です。転職もしましたが、そこでも経理の仕事をしていました。
――働きながらお笑いも続けられ、「社会人落語日本一決定戦」と「全日本アマチュア芸人No.1決定戦」で優勝されましたが、そこで得た自信は大きかったのでは?
いえ、全くです。本業は会社員で、会社員としてはうまくいってなかったので、何の意味もないという感じでした。経理は正確性を求められる仕事ですが、データを集めたり数字をきちんと合わせる作業が苦手で、向いてなかったのだと思います。でも、ほかの仕事もできないだろうなと。そう思っている間に、経理しかできなくなっていたという感じです。
――アマチュアとして活動していく中で、本格的にお笑いをやっていこうと思ったタイミングなどあったのでしょうか。
大学卒業後もずっと落語をやっていて、一生落語を趣味でやっていくと思っていたんですけど、コロナになったタイミングで公演ができなくなり、どうしようかなと思っていたときに、アマチュア同士でコントや漫才を見せ合う文化が大阪にあって、お客さんも入れないし、感染対策もしているので、それならできるかなと思ってコントを始めて、2020年が一つ転機になりました。コロナがなかったらずっと落語をやっていたと思います。
――『R-1グランプリ』はいつから出場されていますか?
2011年から2014年まで出ていましたが、2014年に1回戦ぐらいで落ちて、もうダメだと思って出るのをやめて。そして2020年にコントを始めて、2022年からまた毎年出るようになって2024年に決勝に行きました。
――昨年、『R-1グランプリ』史上初となるアマチュアファイナリストになり、注目を集めましたが、『R-1グランプリ』はご自身にとってどんな大会になっていますか?
『R-1』で世に出させてもらって今があるので、本当に感謝しています。アマチュアで決勝に行ったのが初めてということで話題にしていただいて。アマチュアで活動していたときに知り合った人たちが「アマチュアでも決勝に行けるんですね」と喜んでくれて、それがかなりうれしかったです。

