草なぎ剛が主演を務めるカンテレ・フジテレビ系ドラマ『終幕のロンド-もう二度と、会えないあなたに-』(毎週月曜22:00~ ※FODほかで配信)の第5話が、10日に放送された。
妻の死をきっかけに“遺品整理人”となったシングルファーザーの主人公が、遺品整理や生前整理を通じて、残された家族へのメッセージをひも解いていくというヒューマンドラマ。今回は、依頼人が登場しない異質な構成だったが、それによって浮かび上がってきたのは“愛のかたち”をめぐる物語という本作のテーマだった――。
“死”というモチーフを直接描かなかった必然
これまで本作は、鳥飼(草なぎ)の“遺品整理人”の仕事を通して毎回異なる依頼人を描いていく1話完結型のエピソードと、こはる(風吹ジュン)とその娘・真琴(中村ゆり)の御厨家の物語という縦軸を行き来しながら進んできた。ところが、第5話では初めて依頼人が登場しないエピソードに終始する構成となった。
“遺品整理人”のドラマとして見れば、少し異質な回と言っていいだろう。しかし、なぜこのタイミングで依頼人のいない物語を描いたのだろうか。そこにこそ、このドラマの本当の主題が浮かび上がる。
第5話で大きく描かれたのは、こはると真琴をめぐる出生の秘密と、新人スタッフ・ゆずは(八木莉可子)とその母(雛形あきこ)の歪んだ関係で、いずれも“死”や“遺品整理”とは直接関係のないエピソードのように思える。だが、それらはすべて、今作が真に描こうとしている、“愛のかたち”をめぐる物語だったと言えるだろう。
このドラマの登場人物たちには、思い思いの“愛”が描かれている。主人公の鳥飼が抱えるのは、妻を亡くしてしまった“後悔の愛”。こはるは不倫の末に娘を宿し、今なお思いを残す“秘密の愛”。ゆずはは母に尽くすことを愛だと信じる“盲目的な愛”、一方その母は、娘だからと支配してしまう“偽りの愛”。そして今回ラストでドラマチックに演出されたのが、鳥飼と真琴の間に芽生えつつある“まだ名もない愛”だ。
過去や未来、もしくは真偽の矛先まで異なるさまざまな愛が交錯したこの第5話で、“死”というモチーフを直接描かなかったのはむしろ必然だったのかもしれない。なぜならこのドラマが描こうとしているのは、死に直面した人々の悲喜こもごもを描く人情ではなく、死に直面したときに見えてくる“愛のかたち”の物語だからだ。
鳥飼と真琴の危うさ、不穏さこそが真骨頂
愛は、“生”の只中ではなかなか気付くことはできず、“死”という喪失に直面したとき、その輪郭がよりはっきりしてくる――だからこそ今回は、依頼人のエピソードを排してみせた。つまり、“誰かの死”ではなく、登場人物たち自身の中で何かが静かに終わっていく瞬間を描きたかったのだろう。
例えば、ゆずはが“母の支配”という偽りの愛から抜け出そうとする姿は、親子という関係の死であり、同時に自分の中の古い生き方を葬る行為でもある。一方で、真琴は母・こはるの生前整理を通して、自身が“不倫の末に生まれた子”であるという真実に直面する。しかも彼女がその事実を知ったうえで、今度は自らが鳥飼と不倫関係に陥ってしまうのではないか?という危うさを孕(はら)ませた。それはまるで、“母の罪を生き直す”かのようでもある。
こうした“ゆずはの決別”と“真琴の継承”という2つの出来事は、どちらも死を伴わない喪失、つまり「生きながらにして何かを失う瞬間」として描かれている。そこにこそ、このドラマが“死”を題材にして本当に描こうとしているもの――“愛のかたちは、喪失を経て初めて見えてくる”という真理が宿っているのではないだろうか。
特に鳥飼と真琴の危うさ、その不穏さこそが『終幕のロンド』の真骨頂といっていい。愛を描くことは、同時に喪失を描くことでもある。その覚悟をもって物語が進むなら、これからのクライマックスは、強い余韻を残す作品となるだろう。














