日本経済新聞電子版の10月11日付「西武鉄道・小川社長、東西線への乗り入れに意欲『沿線価値高める』」で、西武鉄道代表取締役社長の小川周一郎氏が西武新宿線と東京メトロ東西線の直通運転に言及した。過去には東洋経済オンラインやダイヤモンドオンラインなど経済メディアもトップ談話として報じている。しかし、西武ホールディングスの「長期戦略 2035」「2024~2026年度 中期経営計画」にこの件の記載はなく、具体的な動きはない。

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    西武新宿線と東京メトロ東西線の位置。各路線の路線改良計画(地理院地図をもとに筆者加工)

「西武新宿線と東京メトロ東西線の直通運転」は、西武鉄道が1961年から64年間も抱いてきた構想である。その経緯について、鉄道趣味誌「レイル No.12」で元西武鉄道常務の長谷部和夫氏が寄稿している。要約すると次の通りとなる。

西武鉄道は当初、都心直通運転に消極的だった。その理由は、創業社長の堤康次郎と、東急グループ創始者の1人である五島慶太との不仲にあった。五島は戦前の政敵であり、ビジネスにおいても観光開発で競合しており、いわば宿敵だった。五島は戦中に運輸大臣を務め、戦後も影響力を持ち、東京の交通政策を整備した。堤はこれが気に入らなかった。

1961年、地下鉄東西線の建設工事にあたり、営団地下鉄(現・東京メトロ)と国鉄が東西線と中央線の相互直通運転に合意すると、堤は突然、「新宿線を東西線に乗り入れろ」と号令を発した。西武鉄道は下落合駅付近から高田馬場駅手前で乗り入れるルートで交渉したが、時すでに遅し。認められなかった。

その後、西武池袋線は地下鉄有楽町線と相互直通運転を行う交渉に応じた。あわせて西武新宿線を自社で都営新宿線、半蔵門線ルートを経て新富町で有楽町線に結ぶルートも計画した。しかし2路線の同時計画は認めらず、池袋線の直通運転計画が優先された。それでも西武鉄道は新宿線の都心乗入れをあきらめられず、東西線高田馬場駅に接続する案や、新井薬師~落合間の連絡線構想などが残った。

中野区も要望、東京都が基礎調査

この連絡線構想については続報がある。2015年3月9日、中野区は「西武新宿線と地下鉄東西線との相互直通運転について」という資料を公開した。現在進行中の西武新宿線中井~野方間における地下立体交差事業が2013年4月に認可され、2014年9月に着工。それから半年後というタイミングだった。立体交差に合わせて工事を実施するには時間がかかるから、せめて連絡線の分岐部分だけでも準備したいという考えかもしれない。

中野区は西武新宿線と地下鉄東西線の乗換えについて、「高田馬場駅で地上2階から地下2階に移動を強いられる」「高田馬場駅での西武新宿線から地下鉄東西線への乗り換えが約5万9,000人/日と非常に多く混雑し時間がかかる」という点を問題視し、都市鉄道利便増進事業を想定して事業計画を検討するという。鉄道事業者、東京都、関係自治体と連携するという内容である。新井薬師~落合間のほとんどが中野区内にあり、落合駅付近のみ新宿区にある。

中井~野方間の地下立体交差事業は、中井駅の先、新井薬師駅の手前から地下に入る。新井薬師駅は現駅から北側地下に移動するため、現駅の直下を拡張すれば分岐合流可能な2面4線の駅にできる。一方、沼袋駅は現在の単式ホームと通過線の2面4線から、島式ホーム2面4線になる。連絡線を分岐するなら沼袋駅のほうがうまくいきそうに思える。

東京メトロ東西線の分岐合流駅は落合駅を想定しているが、落合駅の西側に山手通りがあり、その直下を都営大江戸線と首都高速中央環状線が通っている。これらを潜るとなると、現在の落合駅と同じ高さにはなりにくいかもしれない。落合駅の真下にホームを設け、その東側、神田川の西側に分岐合流地点を置くことになると考えられる。いっそ高田馬場駅まで連絡線を建設したほうが良さそうだが、建設費との兼ね合いになる。

建設業界誌である建通新聞の2024年6月19日付「都 多摩地域の鉄道計画、事業化へ課題検討」によると、東京都都市整備局が2023年度に調査したところ、「西武新宿線と東京メトロ東西線の相互直通」「調布保谷線(LRT)」「南武線を活用した羽田アクセス線」の費用便益費がプラスになったという。

2024年度はこれら3線に加えて、「多摩都市モノレールの是政方面延伸」「多摩都市モノレールのあきる野方面延伸」「丸ノ内線支線延伸」「武蔵野南線を活用した羽田アクセス線」「エイトライナー」「多摩都市モノレール快速運転」の9事業のうち5事業程度で事業化に向けた基礎調査を行い、2025年度に解決策を検討するとのことだった。

中野区にとって、連絡線に中間駅を設定すれば、より利点が大きくなる。ひとつの可能性として、「上高田4丁目団地付近」を候補に挙げたい。この団地は1971年竣工で築54年。耐震性が不足しており、建替えによる再生が検討されている。

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    点線が沼袋~落合間の筆者予想ルート(地理院地図をもとに筆者加工)

中野区は「上高田四丁目17番~19番地区計画及び関連都市計画」を策定し、東京都によって用途地域の変更で中高層住居専用地域になった。そこで2棟を1棟にまとめて高層化し、区画道路と緑地を増やす。27戸を追加して販売することで、建替え費用の負担を軽減する。この付近に駅があれば、建替え後に物件の価値が上がるし、老朽化した建物と敷地をまとめるような都市計画に弾みがつくと思われる。

西武鉄道にとって大きなメリットだが

西武新宿線と東京メトロ東西線の直通運転が実現すれば、西武鉄道にとってメリットは大きい。西武新宿線が都心直通で便利になれば、沿線はベッドタウンとしてさらに魅力的になる。人口減少にともない、鉄道路線と沿線自治体は住民獲得が課題となっている。転入希望者を増やすために、通勤環境と子育て環境の充実は必要だろう。

東京都心、山手線の内側を起点とする鉄道路線のほとんどが地下鉄と相互直通運転を実施している中で、西武新宿線は西武新宿駅で折り返す。西武新宿駅は新宿駅から離れているため、JR線や地下鉄と乗り換える利用者は高田馬場駅で乗り換えることになる。東京都心に就職する人や、都内の大学に通う人にとって、西武新宿線を選ぶ利点は小さい。

西武新宿線沿線に利点があるとすれば、西武新宿駅で待てば必ず座れることと、転居先として選ばれにくい反面、賃貸不動産価格が低く、住みやすいことくらいだろうか。不動産情報サイトで比較すると、ワンルームではほとんど差がなかったものの、2LDK以上の家賃相場は西武池袋線と西武新宿線でほぼ同じ、東急線や小田急線より若干安いようだった。

輸送力の面でも、相互直通運転のほうが増強しやすい。西武新宿駅のようなターミナル駅で8両編成、10両編成の列車が折り返すと、平面交差をふさぐ時間が長くなってしまい、運行間隔を短縮しにくくなる。途中駅で分岐し、都心方面の列車を分散させた上で、少し空いている駅で折り返したほうがいい。ただし、東京メトロ東西線は運行本数が多いので、この利点は期待しにくいかもしれない。

踏切混雑の軽減という利点もある。新宿区のサイトによると、新宿区内にある西武新宿線の踏切はすべて「開かずの踏切」になっているという。下落合駅の西側にある下落合1号踏切と、中井駅の東側にある下落合7号踏切は、いずれも国土交通大臣により「改良すべき踏切」に指定されている。西武新宿線の列車を東京メトロ東西線経由とし、高田馬場・西武新宿方面の列車を減らすことで、踏切混雑の改善を期待できる。

踏切対策については、昭和40年代にも高田馬場~中井間で高架立体交差計画があり、事業認可されたが失効した。ただし、都市計画としては残っている。西武新宿~上石神井間に地下急行線を建設して複々線化する計画もあり、1993年に都市計画が決定。事業費を積み立てるために加算運賃を設定したが、計画は実行されず、運賃の値下げが行われた。2021年、都市計画は正式に中止となっている。

東京メトロは東西線の利点を見出せるかが焦点

東京メトロにとって利点はあるか。いままで西武新宿線で高田馬場駅に来た客が東京メトロ東西線に流れてくれば、集客力が増える。東京メトロ東西線の東側に住む人々が、西武鉄道沿線の観光地、西武園ゆうえんちや多摩湖、ベルーナドーム(西武球場)に出かけやすい。これも東京メトロ東西線沿線、とくに西葛西駅より東側の地上区間で魅力は上がる。

課題があるとすれば、東京メトロ東西線の混雑解消に貢献できるかだろう。コロナ禍前に木場駅から門前仲町駅までの混雑率が190%以上となっており、東京メトロ東西線の混雑は大手町駅より東側で顕著だった。現在はその対策として、南砂町駅の改良工事が行われている。1面2線の構造を2面3線に拡張し、混雑方向の列車を交互発着させて列車の遅延を防ぐ。

次の工事として飯田橋~九段下間の折返し線改良工事が予定されている。現在、九段下駅の飯田橋駅寄り、複線の外側に折返し線がある。折返し線に進入した列車が九段下駅方面へ転線する際、中野方面の運行経路と平面交差が発生する。 そこで引上げ線を延長して本線へ合流する形態に変更し、飯田橋駅で折り返す方式にする。

時刻表を見ると、妙典駅8時8分発、九段下駅止まりの列車がある。この列車が8時44分に九段下駅に到着し、折返し線へ入ると予想する。しかし九段下発の逆方向の列車がない。通勤ラッシュが終わり、ダイヤに隙間ができた頃に回送していると思われる。改良工事の完成後、折返し列車と後続列車の行違いが可能になり、九段下駅より東側の増発も可能になるという。

このように、東京メトロ東西線の改良は東側に集中している。西側は高田馬場駅の不便さが「壁」の役割を果たしているとも考えられる。コロナ禍からの利用回復が遅れているとはいえ、東京メトロは東西線に対し、通勤通学利用者の流入を望んでいないかもしれない。

加えて、東京メトロが民営化した際、当初は「副都心線以降の新線建設はしない」が基本方針だった。現在、工事を進めている有楽町線延伸と南北線延伸は、株主である東京都と国の意向であり、それぞれが開通した後で両社の株が売却されるため、影響力が小さくなる。したがって、西武鉄道が東京メトロを説得する材料が必要になる。

2027年から発動する中期経営計画に盛り込まれるか

1961年の堤康次郎の号令から64年。西武新宿線と東京メトロ東西線の直通運転は停滞中といえる。西武鉄道と直通相手の東京メトロ、構想区間がある中野区、東京都の都市計画と足並みをそろえる必要がある。西武鉄道が強く要望しても、それぞれの利点が一致しなければ、西武新宿線の孤立状態は解消されない。最大の恩恵を受ける西武鉄道が東京メトロを説得できるか。中野区が東京都の支援を引き出せるか。

これらの条件が整えば、西武ホールディングスの次期中期経営計画に記載されるだろう。現在の中期経営計画(2024~2026年)は2024年5月9日に発表されている。2027年から始まる中期経営計画は1年半後の2027年5月に発表すると予想される。それまでにどんな動きがあるか。経営トップの発言、とくに東京メトロの反応に注目していきたい。