東京都葛飾区を南北に結ぶ貨物線「新金線」の旅客化について、葛飾区は9月の区議会委員会で「複線化用地に専用道を整備する新たな交通システムの構築」をめざす方針を示した。旅客化については、市民団体「新金線いいね! 区民の会」がLRT運行を応援しており、葛飾区とも意見交換を実施してきた。筆者も市民団体に賛同し、取材してきただけに残念だった。

  • <!-- Original start --></picture></span>新金線(赤線)は総武線と常磐線を短絡する貨物専用線。このうち太線部分の旅客化が検討されてきた。現在、併走する形で路線バス「新金02系統」が運行されている(地理院地図を元に筆者加工)<!-- Original end -->

    新金線(赤線)は総武線と常磐線を短絡する貨物専用線。このうち太線部分の旅客化が検討されてきた。現在、併走する形で路線バス「新金02系統」が運行されている(地理院地図を元に筆者加工)

新金線は単線で整備されたが、将来の貨物列車の増発に備えて複線化用地を確保している。そのため、沿線の人々から複線化して旅客列車を走らせてほしいと要望されていた。その歴史は古く、1953(昭和28)年に地元議員が国会で提案したが、吉田茂首相から却下された。当時は日本国有鉄道が保有、運行しており、予算や施策は国会の決定が必要だった。国鉄がJRとして再出発した翌年の1988(昭和63)年、葛飾区議会は「新金貨物線の旅客化に関する意見書」を可決している。しかし、建設費負担まで踏み込めず、その後の動きがなかった。

2015年、地元有志によるFacebookページ「新金線いいね!」の運営が始まり、2017年に任意団体「新金線いいね! 区民の会」が結成された。「政治活動とは距離を保ち、ノーギャラ、無理をしないさせない(本業や家族優先)」という3つの「ない」を理念としたボランティア団体であり、葛飾区や周辺の人々に新金線旅客化の認知度を高め、理解を深めてもらう活動をしている。沿線の清掃活動に加え、新金線に乗車する団体列車ツアーなども企画してきた。

葛飾区も2017年に「葛飾区公共交通網整備方針」を策定し、「新金線」旅客化構想を再起動した。「新金線いいね! 区民の会」のメンバーは鉄道その他専門分野で働く人が多く、それぞれの知識を持ち寄って葛飾区役所に提案、後方支援してきた。葛飾区もそれに応え、新金線乗車ツアーでは、葛飾区長が休日にもかかわらず沿線から見送りを行う場面が見られた。

  • <!-- Original start --></picture></span>「新金線いいね! 区民の会」が実施した新金線乗車ツアー。新小岩信号場で青木区長が見送りに来た(2024年、筆者撮影)<!-- Original end -->

    「新金線いいね! 区民の会」が実施した新金線乗車ツアー。新小岩信号場で青木区長が見送りに来た(2024年、筆者撮影)

2022年、葛飾区と関連する鉄道事業者、学識経験者による「新金線旅客化検討委員会・幹事会」が設置された。2023年に新金線旅客化担当課長を置き、検討の深度化を進めた。2025年1月に報告書を作成し、「単線共用」「専用単線追加」「専用道追加」の3案と、課題解決方法としてそれぞれ2パターンを提示し、費用便益比を算出した。2025年5月に住民説明会を実施し、意見を募った。3案と解決案については、本誌記事「東京都葛飾区『新金線』旅客化構想 - 複線化厳しく、BRTも有力候補」(2025年6月14日掲載)で紹介している。その後、葛飾区は1案に絞り込む作業を実施し、鉄軌道ではなく「専用道追加」案となったとみられる。

「新宿踏切」の問題は後回しに

葛飾区が公開した「新金線を活用した新たな交通システム整備構想骨子(案)」を見ると、整備・運行手法について、「区が専用道や駅、車両などを整備・保有し、民間又は第三セクターが運行や管理を担う公設型上下分離方式」の採用を前提としている。南北交通の需要を満たすため、現時点では「ピーク時 : 10本/時、オフピーク時 : 6本/時」を想定した高頻度の運行計画とする。さらに「環境にやさしい次世代公共交通機関として、クリーンエネルギーを動力とした車両を導入」「自動運転技術など新たな技術の導入を検討」とある。

ルートについて説明がないものの、これは住民説明会で示したBRT案だろう。葛飾区道351号線と新金線の交差点「高砂踏切」の処理で2つの案があった。うちひとつは、住民説明会で「ケースE」と名づけられた「高砂踏切部分を高架化する案」。金町駅は高架、西金町駅(仮称)から地上区間として新金線に沿って南下し、新小岩駅に至る。新小岩駅は「東北広場」と呼ばれるバスロータリーを使う。

もうひとつは、住民説明会で「ケースF」と名づけられた「高砂踏切以北を一般道とする案」。金町駅から高砂駅まで一般道を走り、高砂踏切から新金線用地に入る。こちらはどの案よりも整備費が低い。高架区間がなく、新金線用地の購入面積も小さいことが理由となっている。ただし、所要時間は増える。一般道の走行区間が多く、新金線を迂回するルートになる。住民説明会では、「ケースE」と「ケースF」で全線所要時間は約26~28分としていた。しかし筆者は、その差はもっと大きいのではないかと考える。

  • <!-- Original start --></picture></span>住民説明会で示された専用道路案「ケースE」。新金線複線化用地のほぼ全線を道路化する。金町駅付近と高砂踏切付近は立体交差。青は停留所(仮)。全線単線で中間停留所はすべて行違い可能(地理院地図と葛飾区資料をもとに筆者加工)<!-- Original end -->

    住民説明会で示された専用道路案「ケースE」。新金線複線化用地のほぼ全線を道路化する。金町駅付近と高砂踏切付近は立体交差。青は停留所(仮)。全線単線で中間停留所はすべて行違い可能(地理院地図と葛飾区資料をもとに筆者加工)

  • <!-- Original start --></picture></span>住民説明会で示された専用道路案「ケースF」。高砂踏切から北は一般道を通り、新宿踏切の横断集中を避ける。青は停留所(仮)。全線単線で中間停留所はすべて行違い可能(地理院地図と葛飾区資料を元に筆者加工)<!-- Original end -->

    住民説明会で示された専用道路案「ケースF」。高砂踏切から北は一般道を通り、新宿踏切の横断集中を避ける。青は停留所(仮)。全線単線で中間停留所はすべて行違い可能(地理院地図と葛飾区資料を元に筆者加工)

「費用を抑えるためなら所要時間が延びてもしかたない」という考え方なら、「ケースF」の整備で落ち着きそうに思える。高砂踏切から東へ向かい、京成高砂駅と結ぶサブルートも設定できる。「ケースE」と「ケースF」は二者択一ではなく、「ケースF」から「ケースE」へという段階的な整備を視野に入れる必要もある。その理由は、どちらの案も最大の課題である「新宿(にいじゅく)踏切」問題を解決していないから。ケースの違いは「高砂踏切」を境目としているが、さらなる問題が「新宿踏切」にある。

新金線旅客化を検討する上で、最も大きな課題が「新宿踏切」だった。この踏切は国道6号と新金線の交差部にあり、交通渋滞を起こす原因のひとつになっている。新金線は貨物列車が1日数本であり、いまのところ渋滞を起こす直接の原因にはなっていない。しかし、国道6号の東側にある中川大橋と西側の金町1丁目付近で慢性的な渋滞に挟まれている。

新宿踏切を旅客化して鉄道の運行本数を増やすと、踏切稼働時間が増え、渋滞を連鎖させるおそれがある。「ケースE」はまさにこれにあたり、課題が残る。「ケースF」は線路を使わない代わりに、高砂踏切から一般道に入って西側の踏切へ迂回する。じつはこの道も葛飾区を南北に貫く主要道路のため、葛飾区としては高砂踏切も渋滞させたくない。高砂踏切から新宿踏切まで高架道路を貫きたいところだろう。

国土交通省は新宿踏切付近の立体交差事業に着手しているものの、進展はない。立体交差事業では、新金線も高架化する計画になっている。LRTであろうとBRTであろうと、新宿踏切がボトルネックであることに変わりはない。LRTではなくバス専用道が有力になった理由も、新宿踏切の課題解決において、バスのほうが都合が良いからといえる。

「ケースF」の迂回ルートが国道6号と交差する「中川大橋東」交差点も、渋滞原因ポイントのひとつ。新金線と並行するように京成バス東京が運行している「新金02系統」も、この交差点を避けている。ただし、連節バスを運行するとなれば「ケースF」のルートが適している。旧水戸街道は片側1車線ながら曲線が緩く、路肩も広いからだ。輸送量の確保を優先し、ルートの違いで「新金02系統」との差別化を考えたといえるかもしれない。

クリーンエネルギーについては、EVバスや燃料電池バスなどが実用化されており、問題はなさそうに思える。しかし自動運転は眉唾物で、「ケースE」のように専用道区間が多ければ採用しやすいが、「ケースF」のように一般道を通り、なおかつ渋滞する区間があると、現在の技術では難しい。新たに高頻度のバス路線を運行するだけの運転士確保も課題となる。「ケースF」で整備し、「ケースE」に移行するときまで自動運転はお預けだろう。

LRT推進「新金線いいね! 区民の会」に聞く

新金線の鉄道またはLRTによる旅客化を応援してきた「新金線いいね! 区民の会」はどう思っているだろう。理事らに感想を聞いたところ、「いろいろお金がかかるからね」「国や都からの補助金が多いほうがいいね」「地元民の後世に、禍根を残さないし……」など、「新金線の旅客化」を応援している会として「BRTで旅客化」に理解を示した。

しかし、納得はできていないという。

「地元での説明会でも、中学生の少年ですらBRT反対の作文を読み上げ、拍手喝采を受けました。それほどLRTの実現に地元住民が熱望するなか、何の説明もなくBRTでの旅客化が示され、区民の会としては大変に残念な気持ちでおります」

葛飾区の方針は、「いつ旅客化するのか」という目標時期に言及していない。「検討している」というポーズを見せただけにも見える。国道6号新宿踏切の立体交差工事の進捗まで様子見したいのだろうか。つまり、工事に着手されない限り、方針は変わる可能性もある。

「(地元経済界を巻き込んだ)期成同盟会の設置も葛飾区に提案しましたが、動きがありません。葛飾区役所に鉄道の利点を理解する人が少ないかもしれません。今年5月に辞任された小林副区長はとても良い理解者で、『旅客化しよう! それも、下町らしく、流行りの新しくてカッコいい、でもお年寄りや交通弱者に優しいLRTで』と力説されていましたが……」

費用対効果の数字だけを見ればBRTが最適に見える。しかしBRT案も解決すべき課題がある。いったんつくれば末永く使う交通インフラだからこそ、安物に手を出して後悔することは避けたい。バスならすでに「新金02系統」があるわけで、もうひとつバス路線を設ける意味があるのか、という話でもある。

「BRTには夢も希望もありません。葛飾愛を育むシンボル性もありません。我々区民の会では、引き続きLRTでの旅客化実現のために活動を続けることを皆で確認しております。新金線乗車ツアーは新金線ファンのため、LRTの利点を広めていくために継続します。『新金線に乗ってみたい』という希望者は3万人くらいいるので、まだまだ続けなければならないと思っています」

BRT化は区民の理解を得られるか。区長選、区議会議員選挙で民意を問う必要がありそうだ。