
9年ぶりに出したアルバム『邂逅(Luck and Strange)』は当然のように全英1位、世界9カ国のチャートでも初登場1位と改めてデヴィッド・ギルモアの根強い人気に驚かされたが、それを引っ提げてのツアーから古代ローマ遺跡チルコ・マッシモでのライヴなどを収めた『ラック・アンド・ストレンジ・コンサーツ』がリリースされる。この映像は9月から劇場公開もされているが、そのIMAXワールド・プレミア・デイにこれを撮ったギャヴィン・エルダー監督が来日。そこで、ギルモアとの仕事はもう10年以上となる監督に話を聞いた。
ギルモアとの出会いを果たすまで
ーIMAXでの映像、素晴らしかったです!
ギャヴィン・エルダー(以下、GE):本当に、実際のライヴのようでしたね。
ー多分会場にいるよりも良い音で体験できたと思います。
GE:確かに(笑)。言っちゃいけないので、そうは言いませんけど(笑)。
ギャヴィン・エルダー監督
ー2年くらい日本にいたことがあるそうですが、それはどういう理由なんですか?
GE:妻が南アフリカの広告業界の人間で、仕事先に香港かバンコクか東京か、と言われてここを選択したんです。
ー日本の映画監督でお好きな人とか作品とかありますか?
GE:もちろん黒沢は好きですが、作品だと『タンポポ』(伊丹十三監督)が特に好きですね。あと日本の写真家たちが興味深いです。森山(大道)さん、細江(英公)さん、荒木(経惟)さんといった人たちの70年代80年代の作品が特に好きです。
ーではあなたご自身のピンク・フロイド体験を教えてください。最初に興味を持ったのは作品だとどの辺りなんですか?(監督は1966年7月生まれ=59歳)
GE:『ザ・ウォール』ですね。妻が物凄いファンで、僕も後からファンになって遡っていったんです。『炎~あなたがここにいてほしい』『ウマグマ』といった風に。
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日本の映画監督だけではなく写真家への興味が大きく、実際にインタビューしたりもしているという。そんな人がどうしてギルモアとつながったのかが興味深い。
ーご自身の音楽的なルーツはどういうものなんですか?
GE:80年代のイギリスのオルタナティヴ・ロックを聞いていました。ザ・キュアーとかザ・スミス、スージー&ザ・バンシーズ、ピクシーズ(彼らはアメリカのバンドだけど)、ジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダーなどで、自分の音楽教育はその辺りにありました。
ー映像作家を目指そうというのは、どんなきっかけだったんですか?
GE:実は南アフリカのケープタウンにいたとき、とても小さなバンドのマネージャーをやっていて、予算がなかったので全部自分でやるしかなかったんです。写真を撮ったり映像制作も。だからNMEとかローリングストーン誌を見て、あーこういう風に撮ればいいのかって学んで(笑)、本当に見よう見まねで作り始めて、そのうちそれを観てくれた他のバンドもやってくれないかと言われ、そこから始まりました。
ーそんなあなたが、どうしてデヴィッド・ギルモアとやるようになったのでしょう?
GE:そうですよね(笑)。2003年に日本に住んでいるときに、たまたまデュラン・デュランが日本ツアーに来て、そこに知り合いがいたので頼まれてビハインド・ザ・シーン(舞台裏映像)的なものを撮ったら、それを観たバンド側が気に入って「明日からUSツアーだけど一緒に来ないか」って誘われたんです。デュラン・デュランとはそこから今も仕事が続いていますが、彼らのマネージャーがデヴィッド・ギルモアと知り合いで、その紹介でした。最初は彼の家のキッチンで、作詞家でもある奥さんのポリーも一緒にいろいろと話をして、そこから仕事が始まったんです。
ギャヴィン・エルダー監督のインタビュー映像、デュラン・デュランのドキュメンタリー映像についても紹介
ーギルモアはあなたのどんな映像を観て気に入ったと言ってましたか?
GE:特にそのことを話したことはないのですが、おそらく今言ったデュラン・デュランやロビー・ウィリアムズの映像などではないかと思います。
ーご自身ではどういうところが気に入られたと思いますか?
GE:自分がビハイント・ザ・シーンの映像を撮るときは透明人間のように、”いない存在”になるんですよ。今何かそこにエンジョイメント(楽しみ、喜び)なことが起こる瞬間だなというのは長年の経験でわかるんです。たぶんそこがファンが一番見たいところじゃないかと思います。いわゆるロックスターとしての姿はみんな知っているけど、普通のお客さんがアクセスできない、バックステージでしか起こらない、とてもリアルな人間そのものの瞬間を捉えることができる。そこが気に入られたんだと思います。
その辺りの信頼関係がデヴィッドとの間にはあって。もちろん大変リスペクトしてますし、自分の引き出したい情報を引き出すことができるのは信頼関係の賜物だと思います。
特別な瞬間を捉えるために
穏やかな口調とゆったりとした表情は、いろいろな面でギリギリまで自分やバンドを追い込んでいくアーティストたちにとっては一種の癒しや安らぎをもたらしてくれ、その辺りが良い関係を作り出しているのだろう。今回の古代ローマ遺跡チルコ・マッシモでのライヴは100人以上のクルー、25台のカメラで3日間撮影という大きなスケールのものだったという。
ー今回撮る前にギルモアから言われたのはどんなことですか?
GE:若いミュージシャンたちのエネルギーとメンバー同士のやりとりをぜひ捉えてほしいと言われました。それとドローンの映像が好きなのでそのショットを使いたいと言われたのですが、ローマ当局が会場の上でドローンを飛ばすことをなかなか許可してくれなくて、プロデューサーが何度も交渉してようやく撮れることになって。やはりドローンのショットは凄く美しいパートになっているのでやって良かったですね。そんな風にいろんなアイデアをデヴィッド自身が出してくれるのですが、いったん出したら音に関しても映像に関しても自由に任せてくれるので、その点は楽ですね。ライティング担当のマーク・ブリックマンなんてピンク・フロイドの頃からやっている人ですし、そういうベストな人を選んでベストを尽くせるように環境を整えてくれているんです。

ー特に「こういうのはNG」って言われたことはありましたか?
GE:ライヴは新作中心にしたいという意向がありました。ファンはヒット曲を聴きたいだろうけど、彼は常に前を向いている人なので。奥さんが作詞をして娘のロマーニも入ってのファミリー的な側面もありますが、同時に前向きな姿勢を見せたいんだと思います。
ー僕も観て、ローマの街やチルコ・マッシモの風景インサート映像がとても印象的でしたが、それは最初からの狙いでしたか?
GE:そう、最初から意識していました。だからドローンのチームに、「とにかく良い画を撮っておいてくれ」と伝えてましたよ。夜の会場だとお客さんにとっては暗いから、まぁそれも綺麗なんですが、昼間の街の美しさを入れると、あーこういうところなんだなという土地の様子みたいなものがわかりますしね。なので自分としては、実際のコンサートとビハイント・ザ・シーンの両方を撮ろうと最初から考えてました。
ー冒頭の方で、猫が会場へ案内していくようなシーンはとてもよかったです。あれも最初から考えていたアイデアですか?
GE:いや、ローマから帰ってから思いついて、あのシーンのためだけにローマに戻って二日間ロケハンをして撮りました。街が空っぽで、街の人がみんな会場にいるみたいな雰囲気になったので、個人的にもとても気に入っています。

「私の音楽人生最高のコンサート。あの夜の感動を皆さんに体感してほしい」──デヴィッド・ギルモア(日本盤帯より)
『ラック・アンド・ストレンジ・コンサーツ – ジャパン・エディション』(7インチ紙ジャケット仕様、2CD+2Blu-ray)にはポスター、セットリストに加えてブラック・キャット・ステッカーも封入。
ーローマでは6公演を行ない3日間も撮影したそうですが、曲のチョイスなどでデヴィッドからの指示はありましたか?
GE:何もなかったです。3日目のとてつもない大雨のときはさすがにキャンセル寸前でしたが、世界中から集まってきたファンのことを考えるとそうするわけにもいかず、天気アプリをチェックしながら1時間くらい粘って撮ることができました。雨の中待ってるときに会場の外を撮影していたら、ブラジルやエジプトから来たファンから「デヴィッドにキャンセルしないで!って言ってくれ」って直訴されました(笑)。
ーでは編集が終わってから「この日のこの曲はダメ」とか「この演奏は差し替えて」とかっていうのはなかったんですね。
GE:なかったですね。私もこの仕事を20年やってるので、そういう部分は完全に任せてもらえています。自分としてはミュージシャンたちとデヴィッドの関係とか、父と娘の関係、特に娘さんのことはすごく誇りに思っているはずなので、その特別な瞬間を捉えてあげたいなとは思っていました。
『ラック・アンド・ストレンジ・コンサーツ』より、娘ロニー・ギルモアとの共演パフォーマンス映像
ーどしゃぶり以外に大きなトラブルとか問題はありませんでしたか?
GE:特になかったです。今まで作られたコンサート・フィルムを資料としていろいろ観ましたが、わりと暗いものが多いので、もっと明るいものにしたかった。今回は木々がとても美しかったので、それらをライトアップすることで会場を囲って美しい画を撮ろうとしました。野外で撮影する良さはそこにありますよね。アリーナでのライヴだとそういうことが出来ないけど、周りの風景やドローンの映像も入れ込んだりして作ろうと思い、それが実現できました。

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そんなエルダー監督からもたらされたビッグな情報で、ギルモアはもう新作に向けて始動しているという。もちろんレコーディング等々はまだまだ先の話であるにしても動き出しているということだけで、何やら嬉しくなる。
ーすでに新曲を作り始めていて、あなたも聴かせてもらったそうですね。
GE:実は先週、その新曲に関する話をしたところなんです。まだ歌詞も出来ておらず、携帯にギター・ソロやピアノのアイデアが入ってるような段階のデモですが、こんな感じって5曲くらい聞かせてもらいました。前回と同じプロデューサー、チャーリー・アンドリューとやりたいとも言ってましたね。実際、彼はこの映画の方のミックスもやってくれてますし、そういう意味でも本当に音楽をわかっているチームが映画にも関わってくれているので、だからこそ良い方向に進んだのだと思います。
ー僕は今回の映像を見て、デヴィッド・ギルモアってやっぱりバンド志向の人で、今回のツアーをやったことで新しいスイッチが入ったんじゃないかって気がしたのですが。
GE:確かに、それは正しいと思いますね。このバンドが創り出すエネルギーをデヴィッドもすごく気に入っていて、けっしてアルバムの音を再現するのを望んでいるのではなく、メンバー自身のものを持ってきてほしいという気持ちが強い。そういう意味でも、デヴィッド自身が今のプロジェクトにすごく興奮していると感じています。
ー次のアルバムについて、映像の話も進んでいるんですか?
GE:さすがにまだその段階ではないですね(笑)。曲も出来ていないし、ポリー(デヴィッドの奥さん)がいろんなアイデアを進めているとは思いますが。
ーご自身の次の計画は?
GE:デュラン・デュランのニック・ローズとのプロジェクトで、彼は日本人フォトグラファーの古い写真集をたくさん持っていて、インタビューなどもしているので、それに関するものを何か一緒に作ろうと考えています。亡くなってしまった細江英公さんや荒木経惟さんや若手の四方大輔さん、あと数人の話も聞いていて、とても面白いんです。2017年にいろいろやったので、そろそろ仕上げないといけないですね(笑)。
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デヴィッド・ギルモア
『ラック・アンド・ストレンジ・コンサーツ – ジャパン・エディション』
2025年10月17日発売 税込11,000円
〈完全生産限定盤〉
7インチ紙ジャケット仕様(2CD+2Blu-ray)
高品質BSCD2 Blu-ray:日本語字幕付
再生・購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/DavidGilmour_TheLuckandStrangeConcertsAW

