
レバノン出身のトランペッター、イブラヒム・マーロフ(Ibrahim Maalouf)が最新作『Trumpets of Michel-Ange』を携え、10月19日〜21日にかけてブルーノート東京で再び来日公演を行なう。
彼の代名詞は、アラブ音楽固有の響きを表現するために開発された「四分音(クォーター・トーン)トランペット」。マーロフはトランペット奏者としての高い技術に加え、この個性的な楽器を駆使することで誰にもまねできない唯一無二の音楽を生み出した。
【まもなく来日】
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イブラヒム・マーロフが愛用する「クォータートーン・トランペット」の特徴をみずから解説#IbrahimMaalouf
▼来日公演の詳細はこちらhttps://t.co/Ml2wKiUrTi pic.twitter.com/IEqZMoAN3I — Rolling Stone Japan (@rollingstonejp) November 12, 2024 本人による「四分音(クォーター・トーン)トランペット」の解説動画
昨年11月のブルーノート東京公演では、マーロフの教え子でもある4人のトランペッターがステージに立ち、その全員が「四分音トランペット」を演奏した。計5本の「四分音トランペット」による他に類を見ない響きは圧巻だった。そこへさらに強力なサックスを加えた6管の高揚感と熱気で会場を包み込むのが、マーロフ率いるTrumpets of Michel-Angeのスタイル。彼の音楽が持つ祝祭的なエネルギーがダンスやシンガロングへと自然に拡がり、観客との一体感が生まれていた。トランペットを通じて「クラシック」「アラブ」「ジャズ」「ロック」といったジャンルの境界を軽やかに越えていく──そのパフォーマンスは、音楽が国境や文化の壁を超える瞬間を体感させるものだった。
1年ぶりの来日公演では、マーロフがプロデュースする四分音トランペット「T.O.M.A.」を演奏する日本人プレイヤーの参加や(各日1stステージのみ)、日本人ダンサーBoxerの出演も決定しており(編注:出演は20日・21日の2ndステージ内)、昨年を上回る祝祭の夜となりそうだ。
中東〜ヨーロッパ圏において絶大な人気を誇るスターであり、同時に教育者として若い世代に音楽を伝え続けるマーロフは、「壁ではなく架け橋を作りたい」と語っている。大切なのは、他者との違いを認め合うこと。前回の来日時に実現したインタビューをお届けしよう。

前回来日時のライブ写真(Photo by Makoto Ebi)
誰もが一緒に演奏し、学べるように
―『Trumpets of Michel-Ange』では、四分音トランペットを吹いている人があなたの他に4人クレジットされています。
イブラヒム:彼らは、僕のあとに四分音トランペットをはじめた奏者たち。僕の家系は、両親も祖父母も代々教師で、教育はもはや僕のアイデンティティそのものだ。17歳からトランペットを教え始めて、もう44歳だから、ざっと27年間も教えていることになる。父は(自身が開発した)四分音トランペットの存在を多くの人に演奏してもらうことが夢だった。その父から教わったこのトランペットを次世代の奏者たちに継承していくーー父の夢を叶えるなら今だと思ったんだ。僕が開講しているオンラインアカデミーに最初にやってきたのがその4人。60人以上の生徒が世界各国から参加していて、すでに200人以上が四分音トランペットを購入してくれた。できる限り多くの人に学んでほしいから、レッスンは無料。85歳を迎える父に、彼が生きているうちに夢を叶えてあげたい。これは僕にとって新たなストーリーの幕開けなんだ。
―その4人はどんな人たちなんですか?
イブラヒム:3人は別のプロジェクトで知り合って、そのうちの一人は僕の生徒。フランス系レバノン人で、名前はニザール(Nizar Ali)。8〜9歳の頃、彼は母親と僕のコンサートにやってきて、こう言った。「大きくなったら僕もそのトランペットを演奏したい。クラシック、ジャズのトランペット奏者になりたい!」って。僕は幼い彼に「もしやりたいなら、ものすごく練習しなきゃならない。フランスのパリ国立高等音楽院に行くべきだ」なんて言ったんだ。今、彼は21歳。本当にパリ国立高等音楽院の生徒になって、僕のバンドで演奏してる。つまり、さっき話した新たなストーリーはもうすでに始まってる。新しい世代がもうやってきているんだ。
Nizar Aliも参加したTrumpets of Michel-Angeのライブ映像
―今回のアルバムは、4人の生徒が参加することを前提にした曲が多かったのでしょうか?
イブラヒム:厳密にそうだったわけじゃないけど、ある程度のトランペットが入ることは想定していた。僕の音楽の根幹には「問いかけ(question)」と「応え(answer)」というアイデアがある。ソロイストの演奏に対して集団が反応するーーすべての伝統音楽はその構図で成り立っているから。僕の音楽も、僕が鳴らす音にバンドメンバーが応える。その人数は、4人や5人でも、20人、50人でもいい。生徒たちには常々、「もしコンサートで一緒に演奏したいなら来てくれ」と言っていて、コンサートの終盤に数曲を一緒に演奏をするんだ。数カ月前のパリでのコンサートでは、30〜40人の生徒たちと一緒に演奏したよ。
―それだけの人数と特殊な楽器を一緒に演奏する場合、全員があなたのような技術を持っているわけではないと思います。おそらく、誰もが演奏できるような楽曲を用意する必要があるのでは。その点に関してはどうですか?
イブラヒム:作曲時にさまざまな難易度のパートを用意している。例えば、初心者向けには、6〜7歳くらいの子供たちでも演奏できるように、一音だけのシンプルなパートを作った。他にも中級者、上級者、プロフェッショナル……どのレベルでも一緒に演奏できるようにしているんだ。例えば、「Love Anthem」という曲では、初心者はひとつのメロディ(口ずさむ)だけを演奏する。中級者はすべてのメロディを演奏して、上級者は高音域を奏でる。そうすることで、いろんなレベルの奏者が一緒に演奏できるんだ。
前回の来日公演でも大いに盛り上がった「Love Anthem」
「理解」から「つながり」が生まれる
―つまり、このアルバムは完成された作品でもあるけど、教科書のような要素も含まれているということでしょうか?
イブラヒム:教えるのが好きだから、自然とそうなったのかもしれない。例えば、子供と大人、教育を受けた人と受けてこなかった人、異なるバックグラウンドを持つ人たちに向けて話をする時に大切なのは、誰もが理解できるように話すこと。このトランペットの説明にしたって、いくらでも難解な説明はできるけど、「四分音を吹けるトランペットで、四分音は中東のスケール(音階)なんです」とシンプルに説明することもできる。わかりやすい言葉を選べば、相手にも理解してもらいやすくなるし、君が相手と本当に会話がしたいかどうかで言葉選びは変わってくるはずだ。これは音楽も同じ。僕はみんなに理解してほしいし、学んでほしいと思っている。誰も理解できない音楽はやりたくないんだ。中東のスケールは説明するのがすごく難しくて、メジャーコードやマイナーコードのようなシンプルなものだけじゃなく、30以上のコードが複雑に混ざり合っている。無限に存在するコードを理解するのは容易いことじゃない。でも、そんなことを言ったら誰も近寄らないよね。まずは、興味を持ってもらうことが大事。作曲時には、簡単なものから複雑なものまで、いろんなレベルを取り込むようにしている。僕自身、まだ辿り着けないレベルだってある。僕だって日々勉強中でもあるんだ。
―まずは広めるために言葉を選んでいると。
イブラヒム:このトランペットは、インド、アフリカ、ポップ、ゴスペル、ジャズ、ヒップホップやエレクトロニック……あらゆる表現方法を僕に与えてくれた。こんなことができる楽器は他にない、まさに夢のような楽器だ。一見複雑で難しそうに思えるかもしれないけど、少しずつ学べばいい。まずは、手に取ってみること。それから、耳で聞いたメロディを一緒に吹いてみる。そしてスケールに挑戦してみる。例えば、(アラブ音楽における)ベーシックな音階のバヤーティー、シガーフ、ナヴァー、サバー......。 初心者にはおもしろいと思う。そこから少しずつ難しいものに挑戦していく。音階を組み合わせたり、即興で演奏してみたり、自分なりに発展させていく。アラブ文化の即興って、ジャズのそれとはまったく違う。ジャズはハーモニーの流れに音符を組み込むようなものだけど、中東の即興はそうだな……例えるなら、音楽で言葉を紡いでいくような行為。どの扉を開くか、どうやって終着点に戻るかーーそこにすべてがある。すごく複雑だからこそ、一歩ずつ学んでいく必要がある。実際、すごくおもしろいことをやっている生徒もすでにいるよ。

Photo by Makoto Ebi
―僕はあなたの音楽を、誰にも真似できないハイレベルな演奏テクニックを聴くものだとずっと思い込んでいました。今回のアルバムを聴いて、それだけじゃないことに気づきました。今作を聴いて印象が変わったリスナーも多いと思います。
イブラヒム:ありがとう。僕の叔父、アミン・マアルーフはフランス語話者の界隈で名の知れた作家で(『アイデンティティが人を殺す』『アラブが見た十字軍』などが邦訳されている)、フランス最古の国立学術団体、アカデミー・フランセーズの会長を務めている。彼は、古代史をテーマにした、とても興味深い物語を数多く執筆してきた。多くの賞を受賞していて、唯一まだなのはノーベル賞くらいかな(笑)。何がすごいって、彼の文章はとてもわかりやすいんだ。深遠で難解なテーマを扱っているんだけど、誰もが理解できるような言葉選びで書かれている。僕も叔父の本を読みながら「相手に理解してもらう」ことを学んできた。相手に理解してもらうことで、そこにつながりが生まれる。それは会話も音楽も同じ。こういう姿勢を大事にしている人って意外と少ないように感じるけど、もっと考えるべきテーマだと思うね。
―今のお話を聞きながら「いろんなレベルの奏者が一緒に演奏できる音楽を作って、コミュニティで共有し、次世代へと伝えていく」という点において、まさに民謡のようだと感じました。今作でレバノンの伝統音楽がインスピレーションになっているのは理にかなっていますね。
イブラヒム:たしかに。ただ、実際に音楽を作る時は何も考えてないんだ。自然とそうなってしまう。呼吸をするように作曲をしているから。後になって「ここはわかりやすくしよう」「ここはリズムを乗せよう」「ハーモニーを入れよう」って調整していく感じだね。音楽を作る感覚は料理に近い。アイデアは頭の中にあるから、どの材料を使えばいいかはわかっている。そこに例えば、子供も気に入ってくれるように塩加減を調節したり、父が好きなスパイスを足したり。まさに、それと同じことを音楽でもやっていると思う。
―今の時代にふさわしい新しいフォークソングを作っている、とも言えるのかもしれません。
イブラヒム:そうかもしれない。みんながそう理解してくれたら嬉しい。ライブでは、たった1時間ちょっとで僕の音楽を説明しなきゃならない。言葉を使わずに伝えることは簡単じゃないけど、不可能ではないって僕は信じてる。もし、みんなが僕と歌ってくれたら、踊ってくれたら、きっと伝わるんじゃないかな。リズムや歌、ダンスを通して感じてもらえるはず。それって、新しいフォークソングの最初の一歩になりうると思うんだ。
「即興」とは共通点を探し続けること
―ところで、2015年のアルバム『Red & Black Light』でビヨンセの「Run the World」をカバーしていましたよね。あの時、なぜあの曲を取り上げたのでしょうか?
イブラヒム:世界中でヒットしたポップソングって、何かしら意味のあるものを含んでいると思う。それはとても力強く、讃えるべき何か。僕は過去にマイケル・ジャクソンの「They Don't Care About Us」や、リアーナの「Unfaithful」もカバーした。世界中の人たちの心に届く普遍性を持った、まさにゲームチェンジャーと呼べる曲だ。ビヨンセはポップ、R&B、ソウル、それにジャズの要素をミックスした第一人者でもある。僕はジャンルの垣根を超えて興味を持つことはすばらしいことだと思っている。あのマイケルがクインシー・ジョーンズと出会って、「ジャズマンでトランペッターの君に参加してほしい、君のカラーを取り入れたい」と言ったようにね。ジェイ・Zやビヨンセがソウルやジャズの要素を取り入れたり、ティンバランドが中東音楽の要素を取り入れたように。
僕はジャズと中東のクラシック音楽をずっとやってきたけど、自分の音楽とポップカルチャーの間に壁を作らないように意識している。僕らの界隈には、ポップミュージックを別物として切り離して、「自分こそが本物の音楽をやっている」と主張する人もいるけど、それは大きな間違いだ。僕は壁ではなく架け橋を作りたい。それぞれの音楽が守られていくべきだと思う。だって僕らは同じ船に乗っているんだから。誰かが沈めば、僕らはみんな沈んでしまう。
―中東の文化で育ってきたあなたが、フェミニズム的なメッセージが強い「Run the World」のような曲をカバーすることに関して、難しさはありませんでしたか?
イブラヒム: いや、まったく! そもそも、世間が抱いているアラブ文化のイメージって完全に間違っている。だって、僕が出会った中で一番フェミニストだった女性は、祖母と母だから。祖母は、僕が知ってる中で最もたくましい女性だった。2019年のアルバム『S3NS』は彼女へのオマージュでもある。彼女は僕の人生を大きく変えた存在なんだ。
アラブの世界ってものすごく広いけど、実際に知られているのはほんの一部だけ。スーダン、エチオピア、アルジェリア……それぞれがまったく別の世界をなしている。ペルシア湾、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、レバノン……いうなら、日本とルーマニアくらい違うんだ。それなのに、まるで一つのイメージでまとめられるかのように扱われている。そのほうが簡単で、流用もしやすいからだろう。でも、それは間違っているんだ。
―なるほど。
イブラヒム: この話をする時、僕はよくウンム・クルスーム(※エジプト出身、アラブ世界で最も有名なディーヴァ)の話をする。『Red & Black Light』と同じ年に、僕は『Kalthoum』というアルバムもリリースした。そこでは、ウンムの代表曲「One Thousand and One Nights(Alf Leila wa Leila)」をジャズクインテットの音楽に翻訳しようと試みたんだ。みんなは「伝統的なアラブの曲をニューヨークのジャズスタイルで演奏するなんて、どういうこと?」って口を揃えたけど、僕にとっては同じ音楽だ。ウンムはフェミニストで、彼女の父は若い頃の彼女に男装をさせてモスクで歌わせていた。女性はモスクで歌うことができなくて、歌えるのはムスリムの指導者、イマームだけだったからね。彼女は男性のように育ち、夫とも別れた……このストーリーは80年以上前のもの。世間に溢れているイメージとまったく違うでしょ?
その証拠に、80年前にベイルートやカイロのビーチで撮られた一枚の写真があるんだ。女性がビキニ姿で遊んでいる写真がね。女性の自由が制限されているのは文化が原因じゃない。すべては政治のせいなんだ。政治はひどい、いつも僕らが求めていない社会を作り出す。僕らは無知と戦わなきゃいけないんだ。
―今回インタビューさせてもらう機会がなければ、僕も中東に対して誤ったイメージを抱いたままでした。
イブラヒム:幼い頃、僕らは戦争のせいでフランスに亡命した。もちろん、両親は戦争が終わったらレバノンに帰るつもりだった。僕をレバノンの学校に通わせるつもりだったし、フランスとは戦争が終わるまでの一時的な滞在だと考えていたから、家族間での会話もレバノン語だった。だから、僕は5〜6歳までレバノン語しか話せなかった。でも、状況が変わって僕はフランスの学校に通わなきゃならなくなった。突然フランスのコミュニティに入った僕は、何ひとつわからない。学校に行っても、先生が言ってることがまったく理解できない。今日の話で僕が強調してきたことは、誰も理解してくれなかった幼少期の記憶と深く結びついている。音楽や教育を語るうえで、相手の文化や相手自身とつながりあうこと……幼い頃の経験って、その後の人生に大きく影響を与えるからね。
僕は、自分とは異なる生活や言葉、外見を持った人たちを前にした時、「僕らは相入れない」と切り捨てるんじゃなく、「この違いはなんだろう?」と自分に問いかける。僕らを隔てている違いを知りたいと思う。相手を知ろうとする。その過程で、何かつながりを見つけることができれば、最初に抱いた「違い」なんて、どこかへ消えてしまう。僕らは多くを共有している。非常に多くのことを……そうだ、そのことについて(2021年に)本を書いたことがある。タイトルは『Petite philosophie de l'improvisation』。「即興の哲学」という意味で、僕らは共通点を探し続ける必要があるということを、その本に書いた。即興というのは、お互いの共通点を探し続けること。まさしくその一点に尽きると思う。僕の音楽はこの言葉に集約されているんだ。

Photo by Yukitaka Amemiya
イブラヒム・マーロフ & THE TRUMPETS OF MICHEL-ANGE来日公演
2025年10月19日(日)・10月20日(月)・10月21日(火)ブルーノート東京
詳細:https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/ibrahim-maalouf/
『Trumpets of Michel-Ange』
イブラヒム・マーロフ
Mister Ibé
発売中
【まもなく来日】
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イブラヒム・マーロフが愛用する「クォータートーン・トランペット」の特徴をみずから解説#IbrahimMaalouf
▼来日公演の詳細はこちらhttps://t.co/Ml2wKiUrTi pic.twitter.com/IEqZMoAN3I — Rolling Stone Japan (@rollingstonejp) November 12, 2024 本人による「四分音(クォーター・トーン)トランペット」の解説動画

