ドージャ・キャットの魅力がさらに進化、愛とポップ回帰の新章『Vie』徹底解説

12月15日(月)に6年ぶりの来日公演を控えるドージャ・キャット(Doja Cat)。80年代レトロを掲げた話題のニューアルバム『Vie』を、ライター・辰巳JUNKに解説してもらった。

ヒット曲を簡単につくれる才能があったとしたら、なんとも羨ましい。そして、ドージャ・キャットはそうだった。長年の共作者カーティス・マッケンジーいわく、彼女はあまりにも自然にキャッチーなポップをつくれたがために、そこから離れたくなる葛藤すら負うことになり──ある騒動を起こした。

来日公演『Ma Vie World Tour Japan Show 2025』も決定したポップラップスター、ドージャ・キャットについて簡単に振り返ろう。1995年ロサンゼルスに生まれ、本名アマラとして、シングルマザーとともにダンサーとして育った。ブレイクを果たしたのは2010年代後半、本人が牛の格好をしたシュールな自主制作ビデオ「Mooo!」のバズヒット。奇抜な「変わり者」として受け止められたが、それでも一発屋で終わらなかったのは、ひとえに才能があったからだ。ピンクパンサレスが「現代最高のソングライター」と称賛したように、ポップなメロディを書くのが大の得意だったし、さらにはラップも歌も踊りもできた。

ポップからR&Bまでできる多彩なポップラッパーとして、2ndアルバムから3rdアルバムにかけてヒットを連発。「Say So」ではレトロディスコ旋風を牽引し、SZAとのコラボ「Kiss Me More」によってグラミー賞も受賞した。日本でも、DC映画『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』に提供したラップチューン「Boss Bitch」​をバズらせたこともある。

衝撃を呼んだのは2023年の4thアルバム『Scarlet』。突如、これまでの大ヒットは「凡庸なポップ」だったと宣言してダークなラップへと転換したのだ。それでもヒットを出していったが、全身真っ黒な悪魔に変身したりする「闇堕ち」ぶりで混乱も呼んだ。

のちのち本人が語ったところによると、人気者としてのプレッシャーを吐き出すためにつくらざるを得なかった挑戦作だった。アーティストとして真剣に受け止めてもらうには生々しくシリアスな音楽でなければいけないと思いこんでいたのだという。

「『Scarlet』で、挑戦に打ち勝てた気がしたの。ツアーもやりきれて本当に清々しかった。そして、今回『Vie』で、一番輝ける場所に戻ってきた」

「私はポップミュージックを作るラッパーだと思う」[*]

そして2025年、セラピーに通い精神的な安定を得たドージャは、自分の得意分野も肯定することができた。つまり、ポップミュージックへ帰ってきたのだ。

フランス語で「生命」と名づけられた5thアルバム『Vie』のテーマが「愛」というのは、成り行きを考えると感慨深い。ドージャも指摘したように、最近のヒット曲には恋愛の失敗を皮肉る類が多い。対して本作が志向するのは、今より希望に満ちていた80年代流のロマンスだ。生演奏豊かなサウンドから湧きあがる情熱は、ポップを受け容れたドージャの音楽愛と呼応するかのように命が吹き込まれている。

もちろん、一度否定したポップミュージックへの帰還が物議を醸さないわけでもなかった。しかし、それもすぐにおさまることになる。ドージャは、ただ戻ってきたわけでなく、自己流のポップラップを進化させたのだ。

リードシングル「Jealous Type」は、グラムにきらめくディスコポップ。不動の人気を誇る80年代リバイバルといっても、あまり掘られていなかった(あるいは、技術的に難しくて避けられていた)ジャネット・ジャクソン、ひいてはニュージャックスウィング調で、サウンドプロダクションまで当時の質感を再現している。

「Jealous Type」を高く評価した音楽学者ネイト・スローンによると、ここでのドージャとジャネットとの類似点は、自らの歌声と息を打楽器のように使いこなしてグルーヴを生み出す歌唱法。聴く者を踊らせるダンスミュージックとぴったりなスタイルだ。

音そのもので楽しませるポップミュージック

「私は、メロディとかリズム、ビート愛が強いタイプ。 歌詞よりサウンドがずっと大事。 言葉の意味が深くなくても、音として気持ちいい曲が好き」

「もちろん自分で作詞もするけど〈中略〉なにより、音楽を感じることを楽しみたい」[*]

今作のために歌唱を特訓したというドージャは、自らの音楽性を磨きあげた。今人気なリアルな歌詞重視のスタンスではなく、音そのもので楽しませるポップミュージックだ。

なかでも華やかなのは、自己愛をテーマにしたR&Bポップラップ「Gorgeous」。「犯罪級の美しさ」を誇りつつ、不安から美容整形をした経験も明かす今風なガールズアンセムだ。

ミュージックビデオでは80年代のコスメCMを再現しつつ、うちなる美しさを讃えるコンセプトがとられている。同時代のファッションを象徴するミュグレーのドレスや大ぶりなジュエリーが着用されていく中、登場モデル陣もきわめて豪華。スーパーモデルのイリーナ・シェイクやアノック・ヤイ、TikTokでも人気なアレックス・コンサーニ、韓国のソラ・チョイ、Y2Kの伝説アレック・ウェックまで。 それでも、感動的なゲストはドージャとともに激動の人生を生きた母、デボラだろう(1分49秒ごろに登場)。

”彼らには理解不能

ワイルドなアタシたちの本能

一秒たりとも変えたくない

彼らに理解してもらう必要なんてない

風変わりで、生き生きとしてるアタシたちのことを”

(「Stranger」歌詞より)

『Vie』が定義する愛 とは、他者、そして自分を信頼すること。そうして安心を得られるからこそ、チャレンジもできるというのがドージャの哲学だ。事故をモチーフにしたカバーアートにおいて、黄色いパラシュートが象徴しているのは限界なき空への好奇心。地面衝突を防いでくれた木は、成長の糧となる痛みも与えてくれる生命と智慧の象徴だという。

このカバーと哲学を映像化したのが、変わり者同士の愛の讃歌「Stranger」。ミュージックビデオでは、ウェディングドレスを着て空から落下したドージャが、なんとか木の枝に引っかかったことで一命をとりとめ、その後もアクション映画ばりの危機を経験していく。

衝撃的な結末の続きもあるようだが、ひとまず、この大冒険はアーティストとしての成長譚でもある。ついに、ポップミュージックが得意なラッパーとしての自分を認めたドージャは、傷つきながらも芸術に邁進していく道を示したのだ。

「創作すること自体が愛なんだ。一度恋に落ちたら、立場やリスクなんて気にならなくなるでしょ? 人は愛のためなら危険だって冒せる。だからパフォーマーも、本当に好きなことをやっているときは怖くても構わない。だって、それを愛してるから」[*]

もちろん、80年代流ダンスの鍛錬を積んだパフォーマンスも必見だ。「MTV VMAs 2025」パフォーマンスでは、踊りながら高音を披露し、あの歌唱派のアリアナ・グランデとレディー・ガガもスタンディングオベーションさせた。老舗番組「SNL」での言葉遊びたっぷりにラップする「AAAHH MEN!」ステージは、ドイツのパンクの女王ニナ・ハーゲンを彷彿とさせる渾身の演劇ショーによって話題をさらっている。

『Vie』に関して、ファンに期待してほしいと語られたのも「たくさんの歌とダンス」。2025年12月に迫った6年ぶりの来日公演『Ma Vie World Tour』を前に、アルバムを聴き込んでみよう。

Doja Cat |ドージャ・キャット

『Vie | ヴィー』

再生・購入:https://bio.to/DojaCatVieRS

Doja Cat – Ma Vie World Tour

2025年12月15日(月)K アリーナ横浜

開場 17:30/開演 19:00

詳細:https://www.livenation.co.jp/dojacat-2025

来日に向けて、ドージャ・キャットの人気曲をプレイリストでチェック!