JR芸備線の備中神代~備後庄原間は利用者が少なく、今後のあり方を話し合う再構築協議会が設置された。当該区間の可能性を見出すため、JR西日本は11月24日まで土休日に臨時列車を運行している。さらに来年3月まで週1日に限って増便を続けると報じられた。沿線自治体も臨時列車に合わせ、駅から観光地向けの臨時バス等を手配した。さらに沿線の地元有志が落語会や駅の周年イベントなど実施している。

  • <!-- Original start --></picture></span>芸備線の臨時列車が備後西城駅に。地元の人々に交じって六角精児さんの姿も(写真提供 : 芸備線魅力創造プロジェクト)<!-- Original end -->

    芸備線の臨時列車が備後西城駅に。地元の人々に交じって六角精児さんの姿も(写真提供 : 芸備線魅力創造プロジェクト)

「芸備線魅力創造プロジェクト」が主催した「六角精児バンド」のライブもそのひとつ。庄原市西城町のホール(最寄り駅は備後西城駅)で9月23日に開催され、俳優・ミュージシャンとして活躍する六角精児さんがトークと音楽で盛り上げた。

しかし芸備線臨時列車の輸送力を懸念し、広島駅からライブ会場へ向かう貸切バスも手配されたという。芸備線の乗客を増やすイベントでバスを手配。どうしてこうなった……。

まずはトークイベントとライブの話から

六角さんらによるトークの前に、地元のアーティストが会場を温めた。西城町の「福祉バンド」は、芸備線の各駅を歌詞に折り込んだオリジナル曲を披露。安芸高田市などで活動する「AKT36 KAZU&MAI」は、トランペットとピアノというユニークな組み合わせで全国的に活躍している。広島市などで活動する姉妹ユニット「秀樹と吾一」は、ボーカル2名とダンサー3名の女性グループで、広島カーブの私設応援活動も頑張っているとのこと。

舞台は暗転し、六角精児さんと司会のフリーアナウンサー藤井尚子さんにライトが当たる。六角精児さんは鉄道ファンとしても知られ、NHKの旅番組『六角精児の呑み鉄本線・日本旅』は10年以上続く人気番組となった。

「なんとなく、好きなもの(鉄道と酒)をくっつけた番組をやりたいねって言っていたら、NHKから声がかかったんです。最初は『ここでこうしよう』『ああしたほうがいい』なんて忙しくやっていたんです。でもだんだん緩くなって、自分のやりたいことしかやらなくなって、これからはもっと緩くなります(笑)。いちおう言っておきますけど、ずーっと飲んでるように見えますが、あれは編集上そうなってるだけで」と笑いを誘う。

  • <!-- Original start --></picture></span>フリーアナウンサー藤井尚子さん(写真左)の問いに答える六角精児さん(写真提供 : 芸備線魅力創造プロジェクト)<!-- Original end -->

    フリーアナウンサー藤井尚子さん(写真左)の問いに答える六角精児さん(写真提供 : 芸備線魅力創造プロジェクト)

そんな六角さんと芸備線の出会いは、2年前に庄原市で開催されたシンポジウム「芸備線・木次線~活かす方法を考える」だった。

「(10年も『呑み鉄本線』を取材していると)災害で止まってしまって、そのまま動かなくなってしまいそうなところもあります。2年前の芸備線のシンポジウムもご縁があって、僕が来るってことは一過性の盛り上がりなんだけど、芸備線について考えたり思ったりすることが記憶に残れば、これは一過性ではない。僕が来る、なんかイベントがあることで、記憶に残っていただいて、それがまた他の人たちに広がればいいなとは思ってます」

そのシンポジウムに筆者も参加していた。「次はライブをやりましょう」と話していて、今回のライブで希望が叶った。六角さんの「記憶に残っていただいて、それがまた他の人たちに広がれば」という言葉は、期せずして前回の約束の答え、そして今回のライブの最後で六角さんが呼びかけた「また来るから、芸備線を残しておいてね!」の伏線になっていた。

今回のイベントと、今年の芸備線実証事業についても語った。

「広島の観光って、どっちかといえば瀬戸内海のほうだと思うんです。こちら(山地)側にもいろいろな素晴らしいものがある。こういうものがあるってことをアピールすることも必要だと思うんですけど、これからは観光自体も多様性になってくれたらいいなと思っているんですよ。自分だけの観光スポット。極端な話で言えば、駅舎の中にある床屋とかね、立派な木とか、自分の中で観光スポットだと思ったら、またそこを見るために来る人もいるだろうし、自分たちだけの個人的な観光スポットを見つけてほしい」

「やっぱりあとは住民の、沿線に住んでいらっしゃる皆さんだと思います。車を持っている人が、騙されたと思って(笑)1回列車に乗る。これだけで違うと思う。本当に1回だけでいいや、乗ったらかなり印象が変わる。(芸備線を)必要ないって言っている中には、乗ったことない人結構いると思うんですよ。お願いですから、そういう人に乗っていただきたいです。不便なら不便で、こんなに不便なのかって、わかってくれるだけでいい」

「もうはっきり言っちゃえば全国の、ローカル線だけじゃない問題なんだけど、これだけ人口減少してくるなかで、沿線の人たちが考えてくれればいいなと、六角が思ってたことを覚えていてください。それで皆さんが、その思いみたいなものを少しずつなんとなく広げていってくだされば、変わるところもあるかもしれないと。やっぱり僕は、もちろん観光の人たちも大切だけど、とにかく地元沿線の方々の気持ち。本当に僕はそう思ってます」

ここまで一気に語り続けた。かなりの熱量が伝わってくる。

  • <!-- Original start --></picture></span>六角精児バンド(写真提供 : 芸備線魅力創造プロジェクト)<!-- Original end -->

    六角精児バンド(写真提供 : 芸備線魅力創造プロジェクト)

このあとライブが始まり、「愛のさざなみ」「奴らの足音のバラード」「ドンマイ」「私はオルガン」「アルコール賛歌」「お父さんが嘘をついた」「各駅停車」「偽weight」「ディーゼル」を演奏。アンコールにも応え、「人は何で酒を飲むのでしょう」で締めくくった。

「なんで鉄道ではなく酒の曲ばかりなんだ」と六角さんが自嘲しつつ、バンドの成り立ちや、ディーゼルカーの話を交え、計10曲を歌い上げた。中高年男性のハートにグサグサと刺さる歌詞が多く、笑いながら涙する人も。意外に女性ファンが多いところも、六角精児バンドの魅力だろう。彼女たちは六角精児バンドを見るため、芸備線の臨時列車に乗ってきた。

  • <!-- Original start --></picture></span>クラウドファンディング参加者、スタッフ、六角精児バンドで記念撮影(写真提供 : 芸備線魅力創造プロジェクト)<!-- Original end -->

    クラウドファンディング参加者、スタッフ、六角精児バンドで記念撮影(写真提供 : 芸備線魅力創造プロジェクト)

  • <!-- Original start --></picture></span>行列が終るまでサイン会は続いた(写真提供 : 芸備線魅力創造プロジェクト)<!-- Original end -->

    行列が終るまでサイン会は続いた(写真提供 : 芸備線魅力創造プロジェクト)

ライブの後、六角さんはロビーに出て、出発時刻までサインに応じた。観客のほとんどが六角精児バンドのTシャツやCDを買って列に並ぶ。長大な列がすべて終わるまでサイン会は続いた。このファンサービスも、六角精児さんの人気の理由といえる。

集客イベントに対応できない芸備線の弱点

「がんばれ芸備線! 六角精児バンド in 備後西城」は、沿線有志の「芸備線魅力創造プロジェクト」が手がけている。入場権はクラウドファンディング形式で募集され、筆者も参加した。7,000円で200枠が早々に埋まり、リモート閲覧権も募集した。

ライブ開始は13時からで、開場は12時30分から。これは再構築協議会の要請を受けてJR西日本が設定した臨時列車の快速「庄原ライナー」に合わせている。「庄原ライナー」は広島駅を9時7分に発車し、備後西城駅へ11時35分に到着。新見側からの臨時列車も、備後落合駅で乗り継いで備後西城駅に12時28分着だった。

会場となった「まちの駅ひばごんの郷ウィル西城」は備後西城駅から徒歩約10分。早めに会場に着けば昼食を取れるスケジュールだった。どちらも帰りは定期列車に乗ることになるが、臨時列車と芸備線の乗車実績を増やすためのイベントと言っていいだろう。

ところが、現地ライブが満席になった翌日、こんなメッセージが届いた。「ライブ当日、貸切バス『庄原ライナーに乗りたかったよ』号を運転します / 広島駅新幹線口発10:00」という内容だった。定員44名で座席保証。広島駅出発は10時。臨時列車より遅く出て、トイレ休憩を挟み、ウィル西城へ1時間遅い12時30分に着く。

メッセージによると、「庄原ライナー」はキハ120形2両で運転される。セミクロスシートの車両だから、2両合計で98席しかない。広島からライブに参加する人は100名以上いるため、全員が着席できない。団体貸切列車ではないから、他の目的地に向かう人も乗っている。つまり、着席できない人が相当数存在する。

若い人であっても、2時間半立ちっぱなしはきつい。しかも今回のファンは年齢層も高め。クラウドファンディングで利用者層は把握できた。実際、筆者が会場を見渡したところ、高齢者女性のグループも多かった。

主催者は早くからJR西日本に対し、「庄原ライナー」の増結を要請していたが、JR西日本としては1両増結の2両編成が限界だった。ただし、帰路にあたる定期列車は1両運転のところ、1両増結してもらえたとのこと。理由は単純で、芸備線の三次駅から備後西城方面は2両しか入れない構造だからという。運転士が停止位置を合わせる標識は「2」までとなっていた。

  • <!-- Original start --></picture></span>大きなイベントにキハ120形2両では足りない? やはり「住民の足になる」ことが重要だろう(写真提供 : 芸備線魅力創造プロジェクト)<!-- Original end -->

    大きなイベントにキハ120形2両では足りない? やはり「住民の足になる」ことが重要だろう(写真提供 : 芸備線魅力創造プロジェクト)

芸備線はかつて長い編成の急行列車も走っていた。だから各駅のホームも長い。車両は余っているはず。被災して運行本数を減らした美祢線から持ってきてもいい。ところが、3両つないだとして、ホームの3両目付近の構造確認や安全点検、必要であれば補修が必要になるとのこと。たった1日の需要増のために、全駅を点検するコストは出せない。運転士不足で続行運転の増発もできない。これがJR西日本から主催者への回答だった。

停止目標を「2」から「3」に書き換えるだけでは済まなかった。物理的に不可能であり、コスト負担が生じれば再構築協議会にも及ぶ。自治体が絡むから、簡単に予算化できない。その結果、対応できる手段は着席希望者に向けたバスの運行になった。

「3両目のホームが使えないなら、乗降は前方2両の利用に限定すればいい」と筆者は思ったが、そんな単純な話でもないのだろう。芸備線の乗客を増やすためにイベントを企画しても、車両や列車を増やせない。イベントの損益分岐点を考えると、もっと多く集客したいが、それができない。失礼ながら、たった200名の集客でさえ賄えない。これが芸備線の現実である。それが今頃わかってしまった。どうしてここまでこじれてしまったのか。