――今後の活動のお話なのですが、トークライブを開催すると伺いました。
全くやったことないんですけど、事務所がやれというので、チャレンジすることになりました。「阿佐ヶ谷ロフトA」という80人くらいお客さんが入る会場で、前に共演させていただいたことがある千原せいじさんにもご出演いただきます。
――ロケーションといい、キャパといい、完全に芸人さん仕様のライブじゃないですか(笑)。このインタビューでいろんな取材の裏話を聞いただけでも、濃厚なライブになりそうで楽しみです。
これを月イチでやれって言うんですよ。やったことも見たこともないのに、失礼な話ですよ(笑)。すごい事務所だと思いませんか?
――古舘伊知郎さんの『トーキングブルース』みたいに、ライフワークになるといいですね。
古舘さんは何回か共演させていただいているんですけど、本を出された時に私のことを一章分くらい書いてくれて、本当に感動しました。先日も番組収録後に「本当にトークうまくなったねえ!」と声をかけてくださり、お世辞だろうなと思いながらも、調子に乗ってこんな話が進んでしまいました(笑)
私、本当に不器用な人間で、初めてやることって人の5倍ぐらい時間がかかるんですよ。自転車に乗るのも、鉄棒の逆上がりも、何やるにしても時間がかかるので、このトークライブもかなり準備して臨むことになると思います。
忘れられない安倍元首相暗殺の日――「狂ったように電話をかけ続けた」
――このインタビューを行っているのは、7月8日。先ほども名前が挙がりましたが、安倍元総理の命日になります。
7月8日の0時を回った瞬間は、やっぱりきますね。当時のつらい瞬間が思い出されて。
――銃撃されたという一報が入って、どんな動きをされたのですか?
すぐ安倍さんの携帯に電話しました。夜が中心でしたが毎日電話で話していたので。安倍さんがニュースになるようなことがあれば、私が「事実ですか!? 教えてください!」とすぐに取材攻勢をかけてくる人であることをよく理解している人だったので、その時電話に出なくても、絶対にすぐにコールバックがあるだろうと確信していました。
ところが、5分経っても10分経ってもコールバックがないのです。次第に動悸がしてきました。その後、私は狂ったように電話をかけ続けましたが、一向に電話に出ない。1時間経ち、2時間が経ち、ヘリコプターで運ばれたという報道があって、信じるものかと思う一方で、全身の血の気がサーッと引きました。
――それでも解説委員として緊急ニュースに出演しなければならなかったと思います。
その日はBSの『国際報道』とラジオで、安倍さんの死について語りました。もう頭が真っ白で、口だけが動いている感覚でしたね。
――安倍さんは岩田さんが退職することをご存知だったのですか?
事前に話はしていましたし、早期退職届は6月に出していて、それは安倍さんも知っていました。その直後という中での暗殺だったので。
――現在、フリーとして活躍されているのを見たら、どんなことをおっしゃっると想像しますか?
生前、安倍さんは「人生で一度か二度はリスクをとれ!」とよく話していました。「後悔しないよう、思う存分やってみろ」と言ってくれたのではないでしょうか。
●岩田明子
千葉県出身。東京大学法学部卒業後、96年に日本放送協会(NHK)入局。岡山放送局で岡山県警、岡山地方裁判所、岡山地方検察庁を担当。2000年に東京の政治部へ異動し、02年に当時官房副長官だった安倍晋三元首相の番記者を担当。以降、外務省や清和会、民主党政権時代には管グループを担当しつつ、20年以上にわたって安倍元首相を取材する。22年にNHKを退局し、フリージャーナリストとして報道・情報番組に出演する一方、月刊誌や専門誌などで執筆活動、ドトール・日レスホールディングスと日本エンタープライズの社外取締役、千葉大学の客員教授を務め、バラエティ番組にも出演。9月19日には初のトークライブ『岩田明子のあんまり観に来ないでください』を東京・阿佐ヶ谷ロフトAで開催予定。
