「新金線」を旅客化する構想に向けて、葛飾区は5月に住民説明会を実施した。「新金線旅客化検討委員会」が今年1月にとりまとめた報告書をもとに、要点をわかりやすく説明する内容だった。「単線共用」「専用単線追加」「専用道追加」の3案と、課題解決方法として2パターンを提示し、6ケースそれぞれの費用便益比も算出した。
葛飾区による「新金線」旅客化の要望は歴史が長い。1953(昭和28)年に国会で旅客化を提案されたが、「国鉄の予算では困難」として却下された。それから30年後、1983(昭和58)年に葛飾区議会で「新金貨物線の旅客化に関する意見書」が可決された。しかし、解決すべき課題が多く、費用も大きいため、実現の道は遠い。
2017(平成29)年、葛飾区は「葛飾区公共交通網整備方針」を策定し、「新金線」旅客化構想を再起動。2022(令和4)年に葛飾区と関連する鉄道事業者、学識経験者による「新金線旅客化検討委員会・幹事会」を立ち上げた。この動きに呼応する形で、同年、鉄道の実務経験者を含むボランティアグループ「新金線いいね! 区民の会」が設立された。「新金線」旅客化を応援する活動として、鉄道現場の視点で葛飾区に提案を行うほか、「新金線」を走る臨時列車の企画、沿線の清掃活動など実施している。
2023年4月、葛飾区は「新金線」旅客化の担当課長を任命し、計画の実務的な調査に着手した。今年5月に開催された住民説明会も「葛飾区 交通政策課 新金線旅客化担当係」が実施した。それまで「新金線いいね! 区民の会」が自主的に住民説明会やPR活動を実施していたから、いよいよ葛飾区が本腰を入れたなという印象だった。
6パターンで費用便益比は約「0.8」~「1.7」 - BRTが優勢
事業性の検討は、「貨物線の線路を旅客線も走行」「貨物線の隣に新たに線路を整備」「貨物線の隣に新たに専用道路を整備」の3方式で行われた。さらに重要課題となる国道6号交差部の「新宿踏切」、混雑している「高砂踏切」、線路の空きがない「金町駅の処理」をめぐり、2つの解決方法を想定した。
貨物線の線路を旅客線も走行
複線用地を確保している部分は複線化した上でLRV(LRT方式の車両)を運行する。全線の所要時間は約17~21分と最も速い。運行本数はピーク時に1時間あたり8本(上下線とも15分間隔)、オフピーク時は1時間あたり4本(上下線とも30分間隔)。需要予測は約3万7,000~4万4,000人/日と最大になる。費用便益比は約「1.2」~「1.6」で2番目に高い。
- ケースA : 金町駅に単線高架区間で乗り入れる。高砂踏切から新宿踏切までの複線を高架化する。
- ケースB : 金町駅付近のみ高架化する。高砂踏切、新宿踏切は踏切のまま。
貨物線の隣に新たに線路を整備
複線用地を確保している部分と、中川放水路橋りょうも含めて単線を増設してLRT化する。全線の所要時間は約23~26分。単線となり、行き違いが発生するため、複線整備よりも時間がかかる。ただし、運行本数はピーク時に1時間あたり8本(上下線とも15分間隔)、オフピーク時は1時間あたり4本(上下線とも30分間隔)を確保できる。
需要予測は約2万9,000~3万3000人/日で、BRT案より少し多い。しかし架橋工事や専用道部分の用地買取り費用が発生するため、コストが高く、費用便益比は約「0.8」~「0.9」で最低となった。このままでは事業化の見通しが立たない。
- ケースC : 行き違い設備は5カ所。金町駅に単線高架区間で乗り入れる。高砂踏切から新宿踏切まではLRT線路のみ高架化する。
- ケースD : 行き違い設備は6カ所。金町駅に単線高架区間で乗り入れる。高砂踏切のLRT線路のみ高架化する。踏切間に信号場(生き近い場所)を設置する。
貨物線の隣に新たに専用道路を整備
複線用地を確保している部分と、中川放水路橋りょうに道路を建設し、BRT(バス高速輸送システム)とする。バスは連接タイプとして輸送量を確保する。全線の所要時間は約26~28分で最も遅い。しかし運行本数はピーク時10本(上下線とも12分間隔)、オフピーク時6本(上下線とも10分間隔)となり、利便性は高い。線路ではなくアスファルト舗装のため、事業費は最も安い。費用便益比は約「1.1」~「1.7」で、複線共用の場合と拮抗している。
- ケースE : 行き違い設備は7カ所。金町駅に単線高架区間で乗り入れる。高砂踏切のBRT専用道のみ高架化する。新宿踏切前後を行き違い場所とする。
- ケースF : 行き違い設備は4カ所。高砂踏切~金町駅北口駅前広場間は一般道路を使用し、踏切問題を解消する。新小岩駅と金町駅はバスターミナルを使用する。BRT区間は新小岩駅バスターミナルから高砂踏切の手前まで。
費用便益比だけで判断すれば、ケースA・BとケースE・Fが拮抗する。ケースC・Dは事業費が高い反面、利用者が少ないため、低い数字になったようだ。一方、ケースA・Bは補助金か少ないことから、事業費の借入れが最も大きく、長期債務が約280億~730億円も発生することになる。単年度収支は最も高いが、長期的には黒字転換しないという。
ケースA・Bの借入れが大きくなった理由は補助金の違いにある。ケースA・BはJR東日本と線路を共用するため、「幹線鉄道等活性化事業費補助」が適用される。国などの補助対象額は約45億~90億円にとどまる。ケースC・D・E・Fは公設型上下分離方式のため、「社会資本整備総合交付金」の対象に。補助金額は最低でも約280億円、最大で約685億円となる。
これらのデータから客観的に判断すると、鉄道ファンとして残念ではあるが、「貨物線の隣に新たに専用道路を整備」の可能性が最も高い。しかし、沿線の人々にとって必要なものは「鉄道」ではなく、「南北方向の交通手段」であることを忘れてはならない。
鉄道で整備する場合、難所は3つ
鉄道で整備するケースA・B・C・Dは事業費以外の問題を抱えている。各ケースの比較対象となった「金町駅付近の高架」「新宿踏切」「高砂踏切」である。
「金町駅付近の高架」は線路上に設置するため、報告書によると「相当な困難が想定される」という。利便性を考えれば金町駅から離れた位置は想定しにくいから、どうしても線路上になってしまう。とはいえ、不可能ではない。線路の上に高架線路を敷く「直上高架工法」は京急電鉄の連続立体交差事業などで実績がある。駅の予定地としてはJR東日本の資材置場の直上が空いている。京成金町駅に近くて良いと思う。
採算度外視で最も便利な方法は地下駅。「新金線」と常磐線が交差する手前のカーブ区間に複線用地があり、ここから下り勾配で金町駅に向かう。金町駅と京成金町駅の間に新駅を設置し、地下コンコースを整備する。金町駅については、地下鉄11号線の延伸構想に配慮して一体的な地下空間を確保したい。
「新宿踏切」はもともと高架化する予定だった。踏切付近の国道6号は国土交通省による拡幅事業の対象となっている。事業着手年度は1983年とされ、これは葛飾区議会で「新金貨物線の旅客化に関する意見書」が提出された年度と一致する。葛飾区が新宿踏切の立体交差化(高架化)を見込んでいたとも考えられる。
ところが、この工事が進捗していない。国土交通省の事業再評価結果を見ると、「権利者が多いマンション及び商業施設の用地取得に時間を要している」「交差するJR新金線の高架化が必要。ただしJR新金線の高架化は時期が未定」とある。連続立体交差事業は主体が自治体だから、費用を負担してもらえる。しかし、道路拡幅については「協力」の立場にとどまる。JR東日本にとって、「新金線」高架化の優先順位はかなり低い。現状の貨物列車が少なく、投資の必要性がない。解決方法として、国道整備の一環で高架化費用を国が負担するしかない。マンション等の用地取得は葛飾区の協力も必要だろう。
「高砂踏切」は踏切の問題ではなく、線路用地の問題になる。「新金線」の複線化用地は多くが西側にある一方、ここだけは線路が西側、用地が東側にある。ただし、それほど大ごとには見えない。費用がかかるとしても、この区間の現有線路を東に移設すれば済むはず。航空写真でみたところ、ほぼ直線に近い緩いカーブになっていて、移設しても通過に問題なさそうである。線路用地に信号施設があるとはいえ、これも移設で解決だろう。
公共交通として考えれば、利用者数を最大にできるケースA・Bを実現させる方向で考えたほうが良い。補助金の少なさが障害であれば、貨物線部分も葛飾区がJR東日本から買い取り、公設型上下分離方式に転換することで、有利な補助金を得られないか。
いずれにしても、費用便益比と数字の根拠によって、今後検討すべき課題が明確になった。なにより「新宿踏切」問題の解決が必要になる。それまでは新小岩駅から新宿踏切手前までの暫定開業でも良い。金町駅から新宿踏切まではバス連絡として暫定開業する。その前提で費用便益比を比較してもいいと思う。新宿踏切から金町駅までは次の段階だろう。
京成バス新路線の動向にも注目
BRTが選択肢に入ったところで、気になるバス路線がある。「新金02系統」である。ほぼ「新金線」に沿ったルートで、京成バス東京の金町営業所が毎日運行しており、運行本数は平日31本(15.5往復)・土休日29本(14.5往復)。以前の土休日ダイヤはもっと少なかったが、京成バスの金町営業所が応援する形で共同運行に参加し、運行本数を増やした。
「新金02系統」の前身である「新金01系統」は、葛飾区の社会実験として2014年6月に開設され、土休日のみの運行だった。1年間の社会実験を経て運行を継続し、2025年4月まで約10年間走った。「新金02系統」は「新金01系統」終了の1カ月前、2025年3月から運行を開始している。葛飾区の都市計画道路補助276号線が開通し、大型バスが通行可能になったことを受けて「新金02系統」が新設された。これにより、新中川東岸地域の交通空白が解消され、金町駅から新小岩駅へ乗換えなしで行けるようになった。
「新金02系統」は、「新金線」旅客化にどのような影響を与えるだろう。乗客が多ければ「新金線」の需要を証明したといえる。沿線に高層マンションが多いから、乗客数を見込めると思うが、乗客数が採算に届かなければ、多額な費用をかけて「新金線」を旅客化する必要はないとみなされるだろう。「新金線」が旅客化されれば、「新金02系統」は廃止または規模縮小せざるをえないわけで、京成バス東京に対してなにか補償する必要があるかもしれない。「新金線」がBRTになれば、運行に京成バス東京の参加も検討されるに違いない。
鉄道で整備をめざすなら、今後は商工会議所など地元経済界を巻き込んだ「期成同盟会」の設立、交通政策審議会の次の答申に掲載されるなどのステップが必要になる。それまでに検討の深度化と「新宿踏切」問題の解決を期待したい。宇都宮ライトレールを成功させた宇都宮市の人口は約51万人。東京都葛飾区の人口は約47万人で、近年は増加傾向という。宇都宮市とほぼ同じ規模の葛飾区が、公共交通でどのような判断を示すだろうか。