テレビ画面を注視していたかどうかが分かる視聴データを独自に取得・分析するREVISIOでは、13日に放送されたNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(総合 毎週日曜20:00~ほか)の第15話「死を呼ぶ手袋」の視聴分析をまとめた。

  • 『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第15話より (C)NHK

    『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第15話より (C)NHK

右手の親指を口元に押し込んだ瞬間…

最も注目されたのは20時16~17分で、注目度75.2%。鷹狩の最中、徳川家基(奥智哉)が急死するシーンだ。

「私は吉宗公のごとく、自ら政の舵を取る将軍となりたいのだ」松平武元(石坂浩二)にそう自らの理想を語った家基は、武元に吉宗のように鷹狩を楽しむよう言われ鷹狩に出かけた。手には縁組を考えている種姫(小田愛結)から贈られた手袋を身に着けている。晴れ渡った草原で、農民たちが獲物を家基の方へと追い込む。

家基が鷹を手に機会をうかがっているとやがて1羽の鳥が飛び立った。家基はすかさず鷹を放ったが惜しくも獲物は逃してしまった。家基は右手の親指を口元に押し込んだ。家基には物事がうまく運ばなかった時、爪を噛む癖があった。すると次の瞬間、家基はうめき声を上げながら心臓を押さえ倒れ込んでしまった。慌てて従者たちが駆け寄るが、家基はすでに絶命していた。

  • 『べらぼう』第15話の毎分注視データ推移

「江戸城もきな臭くなったな」

注目された理由は、次期将軍と目された家基の突然の死に、視聴者の視線が「くぎづけ」になったと考えられる。

祖父である第八代将軍・徳川吉宗を目標とし、文武両道に励む家基は若く健康そのものだったが、何者かの仕業であっけなく命を落とした。SNSでは、「あの癖が原因で家基がこんなに早期退場するなんて…」「家基、時期将軍としての片鱗を見せ始めたばかりだったのに…」「家基、武元という重要人物が相次いで亡くなるなんて、江戸城もきな臭くなったな」と、将来有望な若者の突然の死に多くのコメントが集まった。

徳川宗家に生まれ「家」の通字を授けられながら、将軍に就くことができなかったのは、家基ただ1人。壮健であった家基の不自然すぎる死は、嫡男・豊千代(後の徳川家斉)に将軍を継がせようとした徳川治済(生田斗真)や、家基と不仲な田沼意次(渡辺謙)による暗殺説がささやかれた。

また、幕末に来日したドイツの博物学者シーボルトは、家基がオランダから取り寄せたペルシャ馬に騎乗中に誤って落馬事故を起こして死亡したと、自著の『日本交通貿易史』に記している。しかし、シーボルトの来日は家基の死から約40年後なので、この説には疑問が残る。

大河ドラマでもよく描かれる鷹狩だが、仁徳天皇の時代に行われ、雉(きじ)を捕ったと日本書紀に記されているのが日本で最古の記録。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった戦国武将たちも鷹狩を好み、大名の間にも広く浸透した。家康は将軍を引いて大御所となっても鷹狩に赴いた。三代将軍・徳川家光は、将軍在職中に数百回も行ったと伝わっている。犬公方と呼ばれ、「生類憐れみの令」で動物を愛護した五代将軍・徳川綱吉も、実は将軍に就く前は鷹狩を行っていたようだ。

綱吉によって段階的に禁止された鷹狩だが、八代将軍・吉宗の時代に復活。吉宗は多くの鷹狩に関する知識を記した鷹書(たかしょ)を収集・研究し、自らも鷹狩の著作を残している。