デマンド型交通導入の背景
北海道の共和町は、小沢村、前田村、発足村の3つの村が合併して誕生した町。
最寄りの公共交通手段として、小樽・札幌・倶知安の各方面を結ぶバスや、JR函館本線の小沢駅があるが、3つの村を合併して成り立つ背景から、広域分散型の居住形態が根付いており、自宅から公共交通へ向かう道のりは、自家用車やタクシーに頼らざるを得ない状況だった。
そのため、公共交通空白地の移動手段は共和町が抱える大きな課題の一つとなっていた。
この課題解決に向けて、2019年6月に「共和町地域公共交通網形成計画」を策定しその計画に基づき、町内を1周する定時定路線バスの試験運行を開始。
2019年度の実証は思うように伸びず、2020年度から公共交通の利用促進策としてバス・タクシー利用助成券の交付を実施したものの、「バスが町内を1周するには時間がかかり、住民の方が用事を足すには時間帯が合わないという声が多くありました。結果として利用者数は伸びず、課題解決に向けての前進とは言えませんでした」と、共和町役場・企画振興課企画調整係の高橋慶行さんは振り返る。
この試験運行の結果を踏まえ、共和町が次に取り組んだのが、路線バスとタクシーの中間的な位置付けとして全国的に広まりつつある「デマンド交通システム」の検討だった。
デマンド交通は利用者の予約に応じて運行する新しい公共交通。2023年9月から11月にかけて、「共和町予約型運行バス」として試験運行を実施したのだ。
この試験運行では、地域ごとに運行曜日を設定し、利用希望者が前日までに電話予約を入れる方式を採用。
行き先は町内の病院、スーパーなど4ケ所に限定し、自宅から目的地への往路、施設から自宅への復路ともに1日5便を運行。運行業者は岩内町で介護タクシー事業を営む「みらいケア・サポート」の後志事業所が担った。
「病院や買い物など、なるべく住民の利用時間に当てはまるように概ねの時間帯を設定しました。しかし、前日予約が必要であることや、前回同様に病院の予約時間など予定を合わせるのが難しいという声が多く寄せられました」と高橋さん。
こうした課題が浮き彫りになるなか、5ケ年計画である「地域公共交通網形成計画」も終了。新たに策定した「共和町地域公共交通計画」でも引き続き、交通空白地帯の解消に向けた実証運行を継続することとし、より柔軟な運行を行うためデマンド交通システムをプロポーザル方式で募集を行った。
NTT東日本提供のデマンドシステムが叶える柔軟な運行計画
プロポーザルにより審査した結果、共和町が選定した事業者がNTT東日本だ。
「評価基準で最も重視したのは費用感。町負担での継続運用を見据え、ランニングコストをなるべく圧縮したいと考えていました」と高橋さんは語る。
NTT東日本は2001年から現在に至るまで、20年以上にも渡りデマンド交通システムを提供してきた実績を持つ。
同社が共和町に提案したのが、スムーズな交通システムの運行をサポートするクラウド型サービス「お出かけデマンド」を導入した計画だった。
「お出かけデマンド」は電話予約に加えて、Webアプリからの予約が可能。
アプリはブラウザベースのためインストールも不要で、「簡易なシステムであるため、導入・運用のコストを低く抑えることができます」とNTT東日本・地域基盤ビジネスグループの田中美羽さんは話す。
さらに同社が強みだと語るのは、北海道に拠点を持っているということ。
「弊社は北海道に支店を持っています。万が一何かが起こった際も、近い距離でサポートができるという点を、プロポーザルでは強みとしてアピールさせていただきました」と語る。
コストパフォーマンス、盤石なサポート体制は、選定に至る大きな理由となった。
システム導入で最も効果的だったのが、当日予約が可能になったこと。予約アプリ同様、オペレーターアプリもブラウザ上で動作するもので、操作方法も簡単だ。予約管理がシステム導入によってスムーズになったことで、乗車希望時間の30分前までの予約受付が可能になった。
さらに、複数人からの同時予約を受けた際は、AIが最適ルートを自動計算し、ドライバーアプリへと送迎ルート情報を配信する。
引き続き運行業務を担うことになった、みらいケア・サポートの後志事業所・所長の中村卓也さんは「オペレーターアプリは操作が簡単で使いやすく、予約管理の効率も大幅に向上しました。AIで自動計算されたルートをベースに、運行業者として長く地域に根ざした我々の感覚を合わせて、より効率的なルートと時間設定が可能になりました」と、話す。
AIと同社の経験値の融合で、より柔軟かつ効率的な運行計画を実現できているという。
システム導入による業務効率化によって、共和町が自前で行ったデマンド交通よりも、乗降場が大幅に増加。
町内の病院を網羅するだけではなく、子育て支援センターやドラッグストア、郵便局、さらには岩内町の病院なども対応可能となり、より暮らしに寄り添った運行計画の実現が叶った。
NTT東日本は、より多くの人に利用してもらおうと住民周知にも注力した。
実証運行を2024年10月から2025年1月と定め、事前に毎月開催される老人会に足を運び、チラシを配布。
9月に入ってからは、町内の老人クラブや子育て支援センターを対象に、10回以上にも及ぶ住民説明会を実施。
「住民一人ひとりの声を大切にし、実証運行の概要説明や具体的な予約方法の案内に加え、希望する乗降場所のヒアリングも行いました」と田中さんは語る。
利用者数が飛躍的に増加、本格運行を目指す
2024年10月から2025年1月に行われた共和町予約型運行バスの実証。料金は町内であれば300円、町外は500円という比較的安価な設定だ。
「2023年に共和町が自前で行った予約運行型バスの延べ利用者数は30名で、1日1人未満の利用に留まりました。今回は4ケ月間の延べ利用者数が1,500人弱。1日に平均すると20人で、12月以降に利用者数がさらに伸び、最後の1月は500件以上の予約がありました」と、高橋さん。
1度使った方の多くはリピーターになる傾向があり、さらにその便利さを周囲の友人に伝えるなど口コミ効果もあったという。
利用者も高齢者のみならず、子育て世代が子どもを病院に連れて行く際に利用したり、冬休み期間中は中学生が部活動に行く際に利用したりするなど、年齢層も拡大。
「やはり、当日予約が可能になったことが利用拡大の大きな要因だと思います。町民の皆さんからも、非常にありがたいサービスだという声を多く頂きました。また、私たちも運行業務を通じて、共和町の道をより深く覚えることができ、町民の皆さまとの信頼関係も育むことができて、会社としても価値ある試みでした」と、中村さんも語る。
NTT東日本では、システム導入から2ケ月後に町内でワークショップを開催。実際に利用してみた感想を、直接聞く機会を設けた。
「ずっと継続してほしい」、「玄関先から玄関先まで送迎してもらえるのがありがたい」、「80年生きてきてこれほどありがたいものはない」、「停留所で待つ必要がないのがストレスフリー」、「料金が安い。これ以上下げる必要はない」、「予約型運行バスがある限り、共和町にずっと住み続けたい」など、ワークショップでは多くの肯定的な声を聞くことができた。
「町民の皆さまからの声は非常に嬉しいものが多く、我々もただシステムを導入しただけではなく、町民の皆さまと一緒に地域の課題解決に取り組むことができているということを改めて実感することができました」と田中さん。
「町長にも、非常に助かっているという旨の町民の方の声が直接届いていると聞きました」と高橋さんも手応えを感じたと言う。
住民からもっとも多く寄せられた声は、利用の継続。その声に応えて、共和町は運行期間を3月まで延長することを決めた。
「目的地追加の希望や、施設間移動など、要望や課題はまだまだあります。現在は実証試験という形での運行ではありますが、本格運行も視野に、課題整理を行い継続していきたいと検討中です」と高橋さんは明かす。
NTT東日本のデマンド交通システム導入により、共和町の地域公共交通は大きく進化し、利用者数も大幅に拡大した。
住民にとって、移動手段の確保はより良い暮らしを送るための要。本格運行を目指し、さらなる利便性向上が期待される。