
昨年8月にリリースされた、ポーター・ロビンソンにとって3作目のアルバム『SMILE! :D』を聴いていると、ずっと考えてしまうことがある。それは、「多くの楽曲に登場する「君」(代名詞は「her」)とは、いったい誰のことを指しているのだろうか?」という疑問だ。
「私は彼を治せるはず」と意気込みながら、狂気的とも思えるほどに自分に執着し(「Cheerleader」)、「僕があえて言わないこと」を自分の代わりに言ってくれる(「Perfect Pinterest Garden」)。みんなにじっと見られていても、気分を害することはなく、気にもとめない(「Mona Lisa」)。習慣や喋り方が影響を与えたことで、今ではすっかり自分に似ている(「Is There Really No Happiness Without this Feeling?」)。何より、これまで生きてきた半生を共に過ごし、最後には心から愛していることを伝える相手(「Everything to Me」)。それが『SMILE!:D』における「君」という存在だ。同作はキャリア屈指のポップに開かれた作品だが、この「君」と「僕」の関係については、全編を通して衝突したり、近づいたりと厄介なものとして描かれている。
「君」=「ポーターの意中の相手」と捉えるのは自然かもしれないが、どうにもそれ以上の何かがあるような気がしてならない。同作のセルフライナーノーツには「『SMILE!:D』には二つの顔がある」と書かれている。一つは誰も止めることのできない恥知らずなポップ・スターとしてのポーターであり、もう一人は臆病で内気な本来のポーターだ。
Photo by Shun Itaba
2月10日、東京ガーデンシアター。約2年ぶりの来日公演を実現したポーターが今回のツアーのスペシャル・ゲスト(東京、大阪公演のみ)に選んだのは、長年に渡ってお互いを深くリスペクトしながら共に歩んできた盟友・Galileo Galilei。自身も3月15日に同会場での単独公演を予定している彼らだが、現在の充実したバンドのムードを体現するかのように、オープニングを飾った「死んでくれ」を皮切りに、「あそぼ」や「ロリポップ」といった活動再開後の楽曲を中心としたセットリストで観客を瞬く間に自分たちの世界へと引き込んでいく。
特にハイライトとなっていたのはダンス・ミュージックの要素を大胆に取り入れた「SPIN!」(最新作『MANSTER』収録)で、そのポップに突き抜けたサウンドからはポーターの影響を確かに感じ取ることができる。一方で、ポーターもまた、『SMILE!:D』の制作において彼らからの影響を公言しており(「Easier to Love You」のMVの監督を務めたのは、「サークルゲーム」のMVを手掛けた村田朋泰だ)、両者の繋がりがそれぞれの旅路における変化や成長を強く後押ししているのだ。コラボver.でも知られる「サークルゲーム」では「Something Comforting」のフレーズを取り入れるという粋なサプライズも飛び出し、45分のステージは、今この瞬間を心から楽しんでいるかのような解放感に満ちた「星を落とす」で見事に幕を降ろした。
Galileo Galilei(Photo by Shun Itaba)
Galileo Galilei(Photo by Shun Itaba)
充足感に満ちたGalileo Galileiのパフォーマンスを経て、会場全体に心地良い渇望感が満ちていく。ナット・キング・コールやリリー・アレンといった「Smile」縛りのBGMが流れる中で、さまざまな方向からポーターへの声援が聞こえてくる。やがて20時を迎え、遂にステージに現れたのは、ルーズソックスとスカートを身にまとい、オーバーサイズのジャケットを羽織って、髪を少しだけ肩のほうまで下げた、あまりにもキュートな(より踏み込んだ言い方をすると「ガーリー」な)ポーターの姿だった。バックバンドに演奏を任せて、ステージ上を飛び跳ねながらハンドマイクで「Knock Yourself Out XD」を歌うポーターの姿はあまりにもキラキラしていて、10年前のソニックマニア(初来日公演)で初めて彼のパフォーマンスを見た時に感じた、巨大なステージの奥に隠れるシャイな少年の面影は、もはやほとんど残っていない。
Photo by Shun Itaba
Photo by Shun Itaba
楽曲の持つ雄大なサウンドスケープがバンドの演奏によって見事に増幅され、圧倒的な解放感が会場全体を包み込んでいく。瞬く間にポジティブなムードが広がっていき、アイコニックな「Bitch, Im Taylor Swift(ビッチ、僕はテイラー・スウィフトだ)」のラインは「待ってました」と言わんばかりの大合唱だ。ポップな曲調とは裏腹に赤裸々なリリックが次々と放たれていき、観客も「Tell me a sad story(悲しい物語を教えて)」とシンガロングで応戦していく。
超絶キュートな姿で魅了しながら(ハート型のアクセサリーに至るまで、その可愛さは隅々まで抜かりない)、痛快な言葉を大声で歌い上げ、会場全体を盛大に盛り上げる人物の姿を見て確信したのは、きっとこの人物こそが、誰も止めることのできない恥知らずなポップ・スターとしての「もう一人のポーター・ロビンソン」、つまり、「君」の正体だということだ。
『SMILE! :D』
葛藤が生み出す強烈なエネルギー
この日のライブは3部構成(+アンコール)となっており、最初を飾るのは『SMILE! :D』のセクションである。軽快なギターリフが響くインディー・ポップ調の「Perfect Pinterest Garden」や、ピッチ加工された「Kitsune Maison!」のシャウトが痛快な「Kitsune Maison Freestyle」など、同作に収録された楽曲が、ポーターがギターボーカルを務めるバンドセットで次々と披露されていく。ボトムの効いたヘヴィなサウンドが炸裂した「Mona Lisa」では、アルバムのジャケットにも描かれていた巨大な”ポーター・ロビンソンバルーン”が会場内に何個も放たれていき、その光景はさながらポップ・アーティストのコンサートと見紛うほどだ(楽曲を終えて風船をステージへと戻した時に、なかなか戻ってこない自身の風船を見ながら「こいつは厄介なんだ」と呟いていたのが印象的だった)。
セクションの序盤はまるでガレージで演奏しているかのような(良い意味での)荒々しさに微笑ましさを感じることも多かったのだが、『SMILE!:D』がただ楽しいだけの作品ではないように、後半になるにつれてシリアスな表情を見せる場面が増えていく。MCでGalileo Galileiへの感謝を語り、「彼らに影響を受けて書いた曲」として披露された「Easier To Love You」では、楽曲の後半で凄まじいオルタナティブ・ロックの轟音とポーターの絶唱が響き渡り、圧倒的なサウンドスケープが会場を埋め尽くす中でアコギを高く掲げるその姿に、目が釘付けになってしまう。
Photo by Shun Itaba
Photo by Shun Itaba
Photo by Shun Itaba
「誰も止めることのできない、恥知らずなポップ・スター」とは、内面に秘めた理想的な自分自身の姿、いつかはなってみたいと憧れている「IF」の自分の投影に他ならない。この日のステージに登場したのは、まさにそんな自分を(臆病で内気なもう一人の自分に引っ張られながらも)全面に出した、今まで人に見せてこなかった「自分の中にいる憧れの、外の世界へと飛び出そうとするポーター・ロビンソン」なのではないだろうか。
だが、それは別人ではなく、あくまでもポーター・ロビンソンという人物の中にある、いくつもの側面のうちの一つに他ならない。だからこそ、このセクションの最後を飾った「Russian Roulette」で、トドメとばかりに客席へと放たれた大量の紙吹雪の中で、「i wanna live i dont want die / i wanna try to change one more time(僕は生きたい、死にたくない/もう一度 変わろうとしたい)」と切実に歌い上げるポーターの姿は、まさに同作の世界観やテーマを象徴していたように思う。どれだけ理想の自分になろうとしても、どこかで内面にある本来の自分が顔を出し、時には衝突してしまう。だが、それが一体となった時にこそ、本人すら驚くほどの強烈なエネルギーが生まれる。
Photo by Shun Itaba
『Nurture』
開放的なムード、尾崎雄貴との共演も
転換を経て、再びステージにライトが照らされると、そこには先ほどまでは置かれていなかった、お馴染みのピアノが設置されていた。ステージに戻ってきたポーターは、先ほどまで着ていたジャケットを脱ぎ、少しだけシンプルになった服装で、感情の赴くままに「Wind Tempos」の旋律を奏でていく。直感的でありながらもピュアで美しい音色を紡ぐことに没頭するその姿は、先ほどまでよりもずっと、私たちが慣れ親しんできたポーターに近いものだ。
誰もが息を呑むかのようにその光景を見つめていたが、「Musician」のイントロが鳴り響くと、会場は一気にダンス・パーティーへと突入する。どこまでも広がっていくかのような爽やかなサウンドスケープがバンドによって幾重にも増幅されて会場中を包みこんでいく。この流れが示すように、ここから先は、2021年にリリースされた2ndアルバム『Nurture』のセクションとなる。
Photo by Shun Itaba
Photo by Shun Itaba
とはいえ、「Nurture Live Tour」(2021-2023年)の頃のように、『SMILE!:D』から離れ、同作の世界を再訪するのかというと、決してそうではなく、そこにいるのはあくまでも今のポーターに他ならない。その変化を最も象徴していたのは、心地よいシンセ・ポップの原曲から一変して、疾走感のあるエイトビートのバンド・サウンドへと生まれ変わった「Get A Wish」だろう。キレのあるキャッチーなギターリフや、流麗なアルペジオで魅了するBメロでグッと溜め、サビで一気に爆発するような楽曲展開など、そのアレンジは隅々までASIAN KUNG-FU GENERATIONやKANA-BOONといったJ-ROCKのキラーチューンを想起させる(のちにポーター自身もMCで明言していた)。観客も間奏で掛け声を入れたり、Bメロで拍手をしたりとJ-ROCK式に演奏を盛り上げ、再びギターボーカルとなったポーターも、力強くコードをかき鳴らしながらその熱狂に応えていく。
他にも、重厚なロック・アンサンブルと4つ打ちのアッパーなサビのコントラストで魅了する「Something Comforting」や、圧倒的なヘヴィネスの中で膝をついて絶唱するポーターの姿に圧倒される「Unfold」、開放的なムードと力強さに満ちた「Trying To Feel Alive」など、穏やかで内省的な作風だった『Nurture』が今のポーターを起点にして次々と外側へ開かれていく。その光景はまるで、『SMILE!:D』の「外へ向かうポーター」が、デジタルの草原でひとり横たわる「内気なポーター」の手を取って、二人で自由に『Nurture』の世界で遊んでいるかのようだった。
Photo by Shun Itaba
Photo by Shun Itaba
思えば、『Nurture』は作風自体は穏やかではありつつも、それは『Worlds』(2014年)の成功に起因するクリエイターとしてのプレッシャーと、うつ病との長い戦いの果てに辿り着いた「無理せず、自分らしくいられる場所」の投影でもあった(それは同時期のパンデミック期間中に開催されたバーチャル・フェスティバル「Second Sky」にも通ずるものがある)。リラックスしていると同時に、どこか孤独で達観しているようにも見える。そこにいるのは「内気なポーター」に他ならず、そんな彼にもう一人の自分と、バンドという仲間たちが、今、外の世界に出るために手を差し伸べているのだ。
その仲間には、きっとGalileo Galileiも含まれるのだろう。『Nurture』セクションの最後にピアノを弾きながらおもむろに「青い栞」のイントロをなぞりはじめたポーターは、一度は自分で歌ってみようとしたものの、「難しい!」と笑い、尾崎雄貴をステージへと呼んだ。ポーターのピアノ演奏をバックに、尾崎が優しくも力強い歌声で「青い栞」を歌い上げる。その光景をバンドメンバーが座ってリラックスした表情で見つめ、会場全体に親密なムードが広がっていく。思い出すだけでも胸がいっぱいになってしまうようなあの光景は、きっと、あの頃のポーターが心の底から求めていたものだったのではないだろうか。
『Worlds』
10年という年月を経た再訪の旅
『SMILE!:D』、『Nurture』と続けば、最後のセクションがいったい何をフィーチャーするのか、この会場に集まった人のほとんどが予想できていただろう。それでも、10年前の「Worlds Tour」と同じように「Sea of Voices」が鳴り響いた瞬間の、悲鳴にも似た観客の熱狂は圧倒的だった(演出自体も当時のツアーを意識したものになっていたように思う)。「Divinity」「Fresh Static Snow」と現在のキャリアを確立するきっかけとなった初期の名曲が次々と放たれ、エモーショナルなエレクトロ・ポップの海に会場全体がどこまでも深く浸っていく。
Photo by Shun Itaba
J-ROCK化した「Get A Wish」を筆頭に、ほとんどの楽曲に大きなアレンジが施されていた『Nurture』セクションと比較すると、『Worlds』セクションではバンドアレンジではありつつも、かなり原曲に忠実なアレンジに仕上がっていたのが印象的だ(特に「Fresh Static Snow」はギターフレーズが生演奏に置き換わったことで、ソリッドなロックとしての魅力を開花していた)。『SMILE!:D』セクションではギターを、『Nurture』セクションではピアノとギターを中心に演奏していたポーターは、ここではまるで光の球体が並んでいるかのような幻想的な形の電子楽器(球体を叩くと割り当てられた音が鳴る)をメインに操作し、まるで音と戯れるかのように楽曲を披露していた(見方によっては、ポーター自身も絶大な影響を受けた音ゲーを遊んでいるような光景にも見えるだろう)。
『Worlds』といえば、どの楽曲にも強い孤独感が詰まっていて、「誰かと繋がりたい」という切実な想いが圧倒的なダンス・ミュージックのエネルギーへと変換されているかのような作品となっていたが、長い時を経て、「外へ向かう自分」として再びこの世界を再訪したポーターは、まるで当時の自分に優しく寄り添い、一緒に音を楽しみながら、少しずつそこにあるエネルギーを引き出そうとしているように見えた。それはまさに、『SMILE!:D』で無理矢理にでも殻を破った今のポーターだからこそできることであり、10年という年月でさまざまな経験を重ねてきたからこそ辿り着けた場所なのだろう。「Worlds Tour」では本編の最後を飾る別れの曲として披露されていた「Goodbye to a World」が、この日は新たな世界へ向かうための区切りであるかのように聴こえた。
Photo by Shun Itaba
Photo by Shun Itaba
『Worlds』セクションの最後を飾るのは、キャリアの初期を代表する名曲「Sad Machine」。10年前に観た時には、まるで孤独が限界を迎え、泣き叫んでいるかのように聞こえたこの曲が、光と音と自由に戯れるポーターや、圧倒的なサウンドスケープを満面の笑顔で描いていくバンドメンバーの手によって、これまでのどのライブでも聴いたことがないほどに圧倒的な解放感とポジティブなエネルギーをもって鳴り響く。それは間違いなく、あれからずっとポーターの表現を追いかけていたファンにとって、最も感動的な光景だった。
Photo by Shun Itaba
アンコール
外の世界へと足を踏み出すために
10年以上に渡る再訪の旅を終えて、すっかり充足感に満ちた会場だが、ポーターへの声援が止まることはない(むしろセクションを終えるごとに歓声は増すばかりだ)。アンコールの1曲目を飾ったのは、2016年の名曲「SHELTER」。この楽曲が披露されるというだけでも相当にスペシャルだが、何よりも感動的だったのは、スクリーン上にミュージック・ビデオのアニメ作品に登場していた少女・凛が現れ、画面内の彼女の動きに呼応するように(前述の)電子楽器が光り、彼女の手によってイントロが奏でられたということだろう。それはまるで9年ぶりの再会のようで、今も物語が続いているという事実に、思わず胸が熱くなってしまった。
だが、今のポーターはこれまでのようにライブを感傷的に終わらせるような人物ではない。(MVを再現するように)手作り感満載の悪魔の羽を背負ったポーターによる「これで最後だから、もしエネルギーが残っていたら、全部吐き出して!」と誘う声とともに、エモ・ポップ・パンクの新たなクラシックとなった「Cheerleader」が遂に放たれた。「この瞬間を待っていた!」と言わんばかりに会場の盛り上がりは最大のピークを迎え、あまりにも圧倒的なポップの洪水に飲み込まれながら、観客が一体となって「Its not fair(こんなの不公平だ)」と大合唱する。ステージからは視界を完全に覆ってしまうくらいに凄まじい量の紙吹雪が放たれ、いつまでも離れることのできない「君」と「僕」の二人を全力で祝福する。随分と複雑だし、相当に倒錯しているが、だからこそこの曲は最高にポップで、圧倒的なエネルギーに満ち溢れている。会場が壊れんばかりの凄まじい熱狂は、そんな想いを誰もが抱えているのだということを、確かに証明していた。
Photo by Shun Itaba
2025年を迎えて1カ月以上が経ったが、外の世界へと足を踏み出すために、これほど勇気を必要とする時期は、もしかしたら無かったかもしれない。実際、『SMILE!:D』やこの日のステージにいたポーターは開き直って外へ出ようとする自分と、内気で臆病な自分の戦いに思いっきり巻き込まれているし、きっとどこかで無理をしている。だけど、少なくとも前よりは良くなっているし、確かにポジティブなエネルギーが生まれていて、過去の自分自身に寄り添うことができている。今回の『SMILE!:D』ツアーは、自前の羽をつけたポーターがどこまで飛べるのかを試す場であり、そんな無茶をする今の自分を祝うパーティーでもあったのではないだろうか。それは勿論、同じように無理をして生きる私たちを祝う場でもあるだろう。そして、これから先も、私たちはもがきながら生きていくのだ。
Photo by Shun Itaba
Photo by Shun Itaba
ポーター・ロビンソン セトリプレイリスト