各社の報道によると、1月30日にJR東海の丹羽俊介社長が静岡県の鈴木康友知事を訪ね、面会したという。会談の中で丹羽社長は、リニア中央新幹線の開業後、東海道新幹線の静岡駅と浜松駅に停車する「ひかり」を1時間あたり1本から2本にする方針を示した。現在の「ひかり」は一部を除き静岡駅と浜松駅の両方に停車しているため、「ひかり」の停車本数がほぼ倍増となりそうだ。

  • 静岡県内を走行する東海道・山陽新幹線N700系

JR東海が進めているリニア中央新幹線において、静岡県は通過する自治体の中で唯一、駅が設置されない。設置されたとしても、南アルプス山中のトンネル内となり、利用される見込みがない。これが「静岡県に利点のないリニア中央新幹線が、静岡県の自然を破壊する」という県民感情を生んでしまった。大井川の水資源問題や南アルプスの環境問題でこじれた背景もそこにあると筆者は考える。JR東海が理詰めで説明しても、静岡県としては受け入れがたい。静岡県はJR東海に対する不信感も手伝って慎重になっているからだ。

「ひかり」が増えたからといって、水問題や環境問題が解決するわけではない。静岡県の鈴木知事も、会談後の会見でそのことに言及しており、JR東海の丹羽社長も承知しているだろう。しかし、課題解決のための議論で、互いに相手への好印象を持つことは重要。これで議事の進行が円滑になり、より良い解決案につながることも期待できる。

JR東海はそのために、リニア中央新幹線と静岡県の利点を表明していた。「東海道新幹線で『のぞみ』の客がリニア中央新幹線に移行する。『のぞみ』の運行本数が減り、代わりに『ひかり』と『こだま』を増やし、静岡県内で東海道新幹線をもっと便利にする」という主旨で、これは静岡県内にある東海道新幹線の各駅で掲示されている。

  • JR東海が静岡駅コンコースに設置したボード。中央下部に「リニア中央新幹線で静岡県内の『ひかり』と『こだま』が増える」と説明している(筆者撮影写真を加工)

ただし、JR東海は「ひかり」と「こだま」の具体的な増便数を明らかにしなかった。これは単純な理由で、リニア開業時の東海道新幹線の需要予測が未知だったからだろう。

東海道新幹線に限らず、鉄道のダイヤ改正は実施の1年前から着手し、実際の利用者数や沿線企業の従業員、集客施設の有無など反映される。少子高齢化というマイナス要素もあれば、訪日外国人が増えるというプラス要素もある。数年先のダイヤを示して約束すれば、それを反故にするおそれがあり、沿線自治体との関係を悪化させてしまう。

しかし、静岡県としては「リニア開業後のメリット」を具体的に知りたい。静岡県には大井川の水利問題や南アルプスの環境問題に影響しない沿岸部の都市がある。こちらの経済効果を予測して民間の投資を呼び込みたい。だからこそJR東海に具体的な施策を求めていた。

JR東海にとって、具体的な「ひかり」「こだま」の増便数を示さない理由として、駆け引きもあったのではないかと筆者は感じている。前静岡県知事の川勝平太氏は言質を取って相手に切り込むタイプだったから、「増便できるなら先に実施して静岡県に貢献してほしい」などと言い出しかねない。うっかりリップサービスできない相手だった。

そこで、国土交通省が間に入り、2023年10月に「リニア中央新幹線開業に伴う東海道新幹線利便性向上等のポテンシャルについて」という調査結果をまとめた。静岡県内の新幹線各駅で「ひかり」「こだま」を合わせた停車回数が1.5倍になると、利便性が大きく向上するという内容だった。

この調査結果は、「ダイヤを検討したら1.5倍になる」ではなく、「1.5倍にしたら静岡県に大きなメリットがある」という内容である。つまり、国交省がJR東海に対して、「このくらいはやってあげなさい」と示したともいえる。

今回の会談で、丹羽社長が「ひかり停車数を2倍」と具体的に言及できた理由として、需要予測が進み、東海道新幹線の新ダイヤの格子がまとまりつつあることと、鈴木康友知事に代わったことで、静岡県との対話が円滑になったことが考えられる。すべてのダイヤについては伝えられないが、「ひかりの増発」は実施可能なめどが立ったということだろう。今後、JR東海と静岡県の対話が円滑に進むことを期待したい。

迷走した「ひかり」停車駅、かつて「ひだま」と揶揄されたことも

現在、東海道新幹線の列車は「のぞみ」「ひかり」「こだま」の3種類。最速達列車の「のぞみ」は、東京~新大阪間の途中停車駅を品川駅、新横浜駅、名古屋駅、京都駅で固定している。「こだま」は途中の各駅に停車する。この2種類に対して「ひかり」は中途半端に見えるかもしれない。

日中時間帯の「ひかり」は、新横浜~名古屋間で途中の静岡駅や浜松駅などに停車する列車と、途中の小田原駅または豊橋駅のみ停車する列車がおもに走っている。早朝・夜間にも静岡駅や浜松駅を通過する列車がある。恥ずかしながら筆者も、「ひかりはすべて静岡に停車する」と思い込み、たまたま乗り合わせた「ひかり」が静岡駅を通過すると知って、あわてて小田原駅で降り、後続の「こだま」に乗り換え、待ち合わせ時刻に遅れたことがある。

「のぞみ」が登場するまで、「ひかり」は東海道新幹線の看板列車だった。それがいまでは「停車駅を確かめないと乗れない」列車になった。しかし、再び「ひかり」に光が当たりそうだ。そもそも「ひかり」はどんな列車だったのか。

  • 東海道新幹線の列車ごとの運行本数の推移。年度内を対象とした1日平均本数のため、特定の日を反映させたものではない。枠外のAとBは筆者の予想。Aは「ひかり」を2倍にしたときの比率、Bは「こだま」を1時間あたり1本増発したときの比率(JR東海資料等から筆者作成)

「ひかり」と「こだま」は1964年の東海道新幹線開業時に登場した。「こだま」は各駅に停車する列車、「ひかり」は速達型の列車として運行された。当時、東京~新大阪間で「ひかり」の途中停車駅は名古屋駅と京都駅のみだった。その後、1972年に上下3本の「ひかり」が米原に停車。北陸本線の特急列車に接続し、北陸方面の需要に応えるためだった。北陸新幹線が敦賀駅まで延伸開業した現在も、東京~敦賀間は「ひかり」と特急「しらさぎ」の乗継ぎが早く、運賃も安い。

同じく1972年、山陽新幹線が岡山駅まで開業する。キャッチフレーズは「ひかりは西へ」。山陽新幹線内の「ひかり」は、「新大阪~岡山間ノンストップ」「新神戸駅・姫路駅停車タイプ」「山陽新幹線内各駅停車」の3種類になった。

1975年、山陽新幹線が博多駅まで開業。東京~新大阪間で途中の米原駅に停車する「ひかり」のうち、上下1本ずつ新横浜駅と静岡駅に停車するようになった。1980年、「ひかり」の一部列車が小田原駅、浜松駅、豊橋駅、岐阜羽島駅に停車。これは「こだま」の大幅減便に対する見返りと考えることもできる。このあたりから、「ひかり」の停車駅は一定とは言えなくなり、停車駅の多い「ひかり」は「ひかり」と「こだま」をミックスした「ひだま」と揶揄(やゆ)されるようになった。

「のぞみ」誕生と「ひかり」減便、そして復活へ

東海道新幹線の開業以来、「ひかり」は増結と増発を続けた。開業時に12両編成だった「ひかり」は、わずか5年後に16両編成となる。運行本数も当初は1日あたり28本だったが、1992年までに1日あたり189本となった。しかし、その1992年がピークだった。この年から「のぞみ」が走り始めた。

1993年の「ひかり」は1日あたり158本となり、前年より34本も減った。その34本がそのまま「のぞみ」となった。これ以降、「のぞみ」は運行本数を増やし、対照的に「ひかり」は減っていく。2003年に品川駅が開業し、最高速度270km/h運転が始まると、「ひかり」と「のぞみ」の運行本数が逆転した。後に静岡駅と浜松駅に停車する「ひかり」は1時間あたり1本、「こだま」は1時間あたり2本となり、これが現在まで続いている。増発列車はすべて「のぞみ」として運転される。

静岡県にとって、県内の駅に停車しない「のぞみ」の増発は面白くなかっただろう。2002年には、静岡県議会で県内を通過する「のぞみ」と「ひかり」に通行税を課すべきだという意見が出て話題となったほどだった。

もっとも、全国的に見れば県の代表駅に停車する特急列車が1時間に上下1本ずつという事例も多いから、「ひかり」と「こだま」合わせて上下とも3本以上の列車が停車している静岡駅や浜松駅が冷遇されているとは言いがたい面もある。

リニア中央新幹線が開業すると、静岡駅と浜松駅に停車する「ひかり」は1時間あたり2本になる。筆者の予想では、早朝・深夜は増発というより、いままで静岡駅や浜松駅を通過していた「ひかり」を停車させる形態になるかもしれない。そして「ひかり」が増える分だけ「のぞみ」が減る。対象となる列車は東京~新大阪間の「のぞみ」になるだろう。

リニア中央新幹線が新大阪駅まで開業すれば、「こだま」の増便があるかもしれない。一方、「のぞみ」は山陽新幹線直通列車の役割になると予想する。リニア中央新幹線の開業だけでなく、そのときに東海道新幹線のダイヤがどうなるかも楽しみになってきた。