パンデミックに戦争、フェイクニュースに気候変動。社会不安が次々と押し寄せる中で、あなたはどうやって不安と向きあっていますか? 弁護士にして元米国ファーストレディという華々しいキャリアに恵まれたミシェル・オバマ氏さえ、実は物心ついた頃から「周りとちがう」「浮いている」と感じ、たびたび壁にぶつかってきたそう。社会の荒波と対峙してきたそんな彼女が、どうやって不安を克服してきたのか。北米275万部のベストセラー『心に、光を。 不確実な時代を生き抜く』(KADOKAWA)が9月26日に発売されたのを記念して、本書の一部を抜粋してご紹介します。

  • 『心に、光を。 不確実な時代を生き抜く』(KADOKAWA) 2,640円


歩くことが困難だった父

わたしが子どものころ、いつからか父はステッキでバランスをとりながら歩くようになった。いつシカゴのサウスサイドの家にステッキが姿を現したのか、はっきりとは憶えていないけれど、たぶん四歳か五歳のときだと思う。気がつくとそこにあった。細くて頑丈で、色の濃いなめらかな木のステッキは、多発性硬化症への初期の対処法だった。父は左足を引きずって歩くようになっていた。ゆっくりと、ひそやかに、おそらく正式な診断を下されるずっと前から、多発性硬化症は父の身体をむしばんでいて、中枢神経系を侵食し、毎日の仕事をこなす父の両脚を弱らせていた。父は市の浄水場で働いていて、母とともに家庭を切り盛りし、いい子をふたり育てようとしていた。

ステッキの助けを借りて、父は階段をのぼってアパートメントへ帰ってきたり、階段をおりて街へ出かけたりした。夜にはステッキをリクライニングチェアの肘ひじ掛けに立てかけて、そのことは忘れたみたいにテレビでスポーツを見たり、ステレオでジャズを聴いたり、わたしを膝にのせて学校での一日を尋ねたりした。ステッキの曲がった柄に、先端についた黒いゴムに、床に倒れたときのうつろな音に、わたしは心を奪われた。父の身になったらどんな感じなのか知りたくて、ときどきそれを使ってみた。父の動きをまねながら、足を引きずってリビングを歩きまわろうとした。でもわたしは小さすぎたし、ステッキは大きすぎたから、結局はごっこ遊びの小道具にしかならなかった。

  • 8p Obama-Robinson Family Archive の厚意により提供 サウスサイドの暑い夏に、涼をとるのを手伝ってくれる父。

家族はステッキを何かの象徴として見ていたわけではない。それはただの道具で、キッチンの道具である母のフライ返しや、壊れた屋根やカーテンレールをなおしにくる祖父がいつも使うハンマーと同じだった。実用的で身を守ってくれて、必要なときに頼れるもの。

みんな認めたがらなかったけれど、父の健康状態は少しずつ悪化していた。父の身体は、自分自身をひそかに攻撃していた。父はそれを知っていた。母も知っていた。兄のクレイグとわたしはまだ子どもだったけれど、子どもは馬鹿じゃない。だから、父がまだ裏庭でキャッチボールをしてくれていても、ピアノの発表会やリトルリーグの試合を見にきていても、わたしたちにもわかっていた。父の病気のために家族は無力になり、前よりも無防備になっている。それをわたしたちも理解しはじめていた。緊急事態が起こったら、父がすばやく行動して火事や侵入者からみんなを守るのはむずかしいだろう。人生は思いのままにならないことを、わたしたちは学びつつあった。

それにステッキは、ときどき父を支えられなかった。歩幅の判断を誤ったり、敷物のふくらみに足をとられたりして、父は不意によろめいて転んだ。空中で父の身体が止まって見えるその一瞬、見たくないものがぜんぶ見えるー父の弱さ、わたしたちの無力さ、この先の不確かさといっそうつらい時間。

大人の男性が床に倒れる音は、まるで雷みたいだ──その音はけっして忘れられない。小さなアパートメントが地震のように揺れて、みんなが助けに駆けつける。「フレイザー、気をつけて!」母が言う。そのことばで、いま起こったことが取り消せるとでもいうかのように。クレイグとわたしは小さな身体で父を助け起こし、飛んでいったステッキとめがねを大急ぎで回収する。すばやく立ちあがらせれば、父が転ぶ場面を消し去れるとでもいうかのように。この問題をなんとかできるとでもいうかのように。こういうときには不安と恐怖を覚えた。わたしたちが失うものと、たやすくそれを失いかねないことに気づいて。

障害を笑いとばした父から学んだこと

たいてい父はすべてを笑いとばし、転んだことを軽く受け流して、笑顔になったり冗談を言ったりしてもかまわないように振る舞った。家族のあいだでは暗黙の了解があるようだった。こういう瞬間は忘れなければならない。わが家では、笑いもまたうまく役立つ道具だった。 

大人になったいま、多発性硬化症についてわたしが理解しているのはこんなことだ。世界中で何百万もの人がこの病気にかかっている。免疫系に悪さをし、味方を敵と、自分を他人と勘ちがいさせて、身体のなかから攻撃を仕掛けさせる。軸索という神経線維から、それを保護する覆いを剝ぎ取り、繊細な線維をむき出しにして、中枢神経系を混乱させる。

多発性硬化症のせいで痛みを感じていても、父はそれを口にしなかった。障害のせいで自尊心を失って元気をなくしていても、めったにそれを表に出さなかった。わたしたちが近くにいないときにー浄水場で、るいは理髪店に出入りするときにー転んだことがあるのか、わたしにはわからないけれど、ときたま転んでいてもおかしくない。ともかく、何年もの月日が流れていった。父は職場へ行き、家に帰ってきて、いつも笑顔だった。ひょっとしたらそれは、ある種の現実逃避だったのかもしれない。あるいは、父が人生の指針に選んだ掟だったのかもしれない。“転ぶ、起きあがる、すすみつづける”

いまはわかる。父の障害のおかげで、わたしは人生の早い時期に大切なことを学んだ。よそ者でいるのはどんな感じか。自分ではどうしようもない何かを抱えてこの世界で生きるのはどんな気持ちか。くよくよ悩んでいなくても、ほかの人とのちがいはいつもそこにある。

わたしの家族はほかとのちがいを抱えていた。ほかの家族がどうやら心配していないことを心配していた。ほかの人には必要なさそうな用心をしていた。外に出かけたら、障害物を頭のなかで判断し、父に求められるエネルギーを計算する。そのうえで駐車場を歩いたり、クレイグのバスケットボールの試合で観客席へ向かったりした。距離と高さの測り方もちがった。階段、凍った歩道、高い縁石の見方もちがう。公園や博物館は、疲れた身体を休められるベンチがいくつあるかが大切。行く先々でリスクを考えて、父にとって少しでも効率よく動ける方法を探した。わたしたちは一歩一歩、慎重に歩みをすすめた。

病気が進行して道具が役に立たなくなると、ほかのものを探した──ステッキの代わりに前腕支持型杖(ロフストランド・クラッチ)を二本使うようになり、それもやがて電動カートと特別装備のバンに代わる。そのバンにはレバーと油圧機器がたくさんついていて、不自由になった父の身体を補った。

父はこういうものが大好きだった? 問題をぜんぶ解決してくれると思っていた? ぜんぜん。でも、それらを必要としていた? もちろん、確実に。道具はそのためにある。バランスを保って立っていられるようにしてくれて、不確かな状況でうまく生きられるようにしてくれる。絶え間ない変化に対処し、人生が手に負えないと感じるときに乗りこえられるように手助けしてくれる。前へすすみつづけられるようにしてくれる。たとえ不便な思いをしていても。神経線維がむき出しの状態で暮らしていても。

ずっとわたしは、こんなことをたくさん考えてきた──わたしたちは何を背負っているのか。不確かな状況に直面したとき、何が支えてくれるのか。どうやって道具を見つけて、それに頼るのか‐混沌とした時代に生きているときにはとくに。ほかと〝ちがう〞存在である意味も考えてきた。とても多くの人が、ほかとちがうという感覚と格闘していて、わたしはそれに衝撃を受けてきた。それに、どんな世界に暮らしたいか、だれを信頼するのか、だれを高く評価してだれを置き去りにするのかをめぐるより大きな議論のなかで、〝ちがい〞の理解がいまも中心的な位置を占めていることにも。

こういうことはもちろん複雑な問題で、その答えも複雑だ。それに「ほかとちがうこと」には、いろいろな定義がありうる。でも、ほかとのちがいを感じている人のために言っておきたい。普通の人に見えない、あるいは普通の人が見ようとしない障害物でいっぱいの世界で生き抜くのはたいへんだ。ほかとちがうと、まわりの人とは異なる地図を手に、異なる困難を抱えて移動しているように感じる。ときには、そもそも地図を持っていないように感じる。ほかとのちがいは、あなた自身よりも先に部屋に入っていくことも多い。人はあなたを見る前にちがいを見る。だから、その先入観を乗りこえるという課題が生まれる。乗りこえるという作業は、当然疲弊する。

その結果、わたしの家族のように用心深くなる──ただ生きのびるために。エネルギーを守る方法と、一歩一歩、慎重に歩む方法を見つけだす。それにこの中心には、頭がくらくらするようなパラドクスがある。ほかとちがう存在でいると慎重にならざるをえないのに、それと同時に大胆になることも求められるのだ。


「ニューヨークタイムズ」「USA トゥデイ」のベストセラー第1位、「TIME」の2022年必読本100冊のうちの1冊に選ばれた、元米国ファーストレディ、ミシェル・オバマ氏による自己啓発書がいよいよ邦訳出版。物心ついた頃から「周りとちがう」「浮いている」と感じ、子育てや友人作りの壁にぶつかり、講演会前には不安に襲われてきた──。社会の荒波と対峙してきた彼女が、どうやって不安を克服してきたか。大きな社会問題を前に、無力感に負けないためには。多忙な生活の中での家族の守り方、大舞台のふるまい方、不安の多い世界で安心を築くための心の持ち方など、自分らしく生きるヒントが満載の一冊は、 Amazonで好評発売中です。